俺の呼びかけに答えるように、わずかに地面が揺れた。
数か所から迫る地響きと共に、周囲の地面が揺れ出す。
俺の周囲には、三体のストーンバックが走り寄ってきていた。
勇者は目を泳がせて、口を開いている。
「さて、勇者様。なんだったか。『今、ここで、俺を倒す』だったか」
俺の周りに来たストーンバックだったが、三体中の二体は既に好き勝手に暴れ、周囲の建物を瓦礫の山にしている。
一体は俺の隣で佇んでいる。
その一体の体を叩きながら勇者を見つめる。
「はじめようか。俺から手は出さないぞ」
「そ、そんな…」
勇者は愕然とした表情で固まってしまった。
空気の読めない兵士が、俺に向かって盾を突き出し、突進してきた。
軽く後ろに下がって躱し、足をかけると勢いよく転倒した。
怒りに震える体で、倒れた兵士を見る。
俺が動く前に、倒れた兵士はストーンバックに頭を掴みあげられ、宙に浮いて足をばたつかせている。
カタカタと顎が動く。
「くっく。ほらほら、勇者様。早く仲間を助けないと。急げば間に合うかもしれんぞ」
「うあああああ。お前がああああ言うなああああ」
勇者は兵士を摘まみ上げているストーンバックと戦いだしたが、摘ままれた兵士はもう動いていない。赤くない。
俺の背後で暴れまわっているストーンバックが、瓦礫を投げ出した。
兵士か住民かわからないが、地面に赤い花が咲き乱れだした。
カタカタ…
「おお、勇者様!あちらはよろしいので?」
その方向を指さす。
地響きや、建物が崩壊する轟音が響き渡る。
俺の声は聞こえていないかもしれない。
だが、気分が良い。
逃げ惑う赤い影は、着実に数を減らしている。
そして、勇者は、実にいい顔で戦っている。
まったく目の前の戦いに集中できていない。
飛んできた瓦礫や、飛び交う破片を回避したが、バランスを崩した。
そこへ、ストーンバックの体当たりが炸裂した。
ゴロゴロとものすごい速度で転がり、倒壊した建物の壁に当たって止まった。
ストーンバックは勇者を攻撃したのではなく、その向こうまで地響きを立てて走り去った。
「おお、大丈夫か?」
俺は死んでしまったのではないかと思ったが、赤いから大丈夫だろう。
やはり、ストーンバックの制御は不可能だな。
勇者の周りを飛ぶ光の粒が青い光を発している。
握りつぶしたい衝動に駆られる左腕を右手で制する。
「勇者よ。もうほとんどの生者はこの街にはいないぞ」
そう言って観察する。
そろそろ意識が戻っているだろう。
「ああ、生者はいないが死者はたくさんいる」
一拍の間を置く。呻いている。聞こえているな。
「お前のせいで、人がたくさん死んだぞ。お前のせいで」
「…ちがう…僕のせいじゃ…違う」
うつ伏せに倒れているが、勇者は小さな声で答えた。
「いいや、違わない。お前のせいだ。お前がここにきたからではないか?どうだ?」
俺はこみ上げる怒りに、拳に力が入り震える。
今すぐに、叩き殺したい。
しかし
まだだ
まだ終わる時ではない。
「勇者マーティン。名前をおぼえた。また会おう」
俺は背を向けて立ち去った。