森の中から、勇者の逃げ込んだ街の城壁を伺う。
まだ日の出直後だが、城門付近は多くの人が行き来している。
あれが正門か。
いや、正門だろうと裏門だろうと関係ない。
「おい、いけるか?」
数日前から付き従っているストーンバックに声を掛ける。
何故か、まったく不明なのだが、その数は四体に増えていた。
意思の疎通は、取れない。
一応、努力はした。
数度にわたり、全ての個体に、握った苔むした石を手渡した。
会話も試みた。
俺からも、ビュルからも。
まともな返答など、一度もなかった。
しかし、敵対することはなく、皆大人しくついてきている。
だが、一体はこの場でただの石積になっているように見えるが、実際には、どうかわからない。
「ケイ様、わたくしと同時に指示を出してみましょう」
「うむ…では、ストーンバックよ。この一体は残れ。他はあの城門に突撃せよ」
一体のストーンバックに触れながら、俺とビュルは声を重ねて命令した。
…
…
…
動きはない。
まあ、行くか。
俺についてくるだけでも、生者や勇者にとっては十分なプレッシャーなはずだ。
俺は城門に向け、ゆっくりと歩き出す。
この町に来て何日たったのか、わからない。
遠くから街の状況は監視していた。
数度、勇者の姿を見た。
遠目だが、たまに笑顔のような表情を見せている姿に、怒りを感じたが、それでいい。
他の兵士と談笑するがいい。
油断し、安心するがいい。
「ここは安全だ」と心の底から信じるがいい。
お前の地獄は、まだ始まったばかりだ。
「ほーう」
決意を新たに歩き出す俺の背後で、一体のストーンバックが低音の声を上げた。
そして四足歩行のゴリラのような姿勢で、走り出した。
街へではない。
森の奥深くへ。
俺はもう気にせずに前を向き直り、歩き出す。
「ケイ様…あれは…」
「もういい。俺は一人でもやる」
「わたくしは、常にケイ様と共にあります」
「…そうだな、ビュル。いくぞ」
背後から、ついてくるストーンバックの一体が近寄って、話しかけてきた。
「お、お、あ、あれ」
何を言っているのかは理解できないが、城門に向け走り出す。
ものすごいスピードで走りだす。
城門の方へ一直線に走るストーンバックは、そのまま城門の門ではなく門柱に体当たりして崩壊させた。
街からの警戒を知らせるラッパや鐘の音が響き渡り、風に乗った怒声などもわずかに聞こえる。
「予定通りではないが、他の門へまわろう。残りはついてこい。これたらでいい…」
俺は振り返らずに歩き出した。
警鐘やラッパが街中に鳴り響く。
兵舎の一角に、マーティンは座っていた。
「これは…」
兵舎内の兵士たちは、慌ただしく動いている。
飛び交う会話などから「街にモンスターが襲撃をしている」と情報を整理する。
どうやら、スケルトンやドライアドではない岩のようなモンスターのようだ。
兵舎の一室を借りているマーティンは自室に戻り、戦闘準備に取り掛かる。
鎧兜をしっかりと装着し、回復用のポーションや、強化剤、魔法の小瓶なども持参する。
外で隊列を整え、出陣する兵士の小隊の後に続く。
城門内で暴れている、大きな岩石を確認した。
「ストーンバックだ!戦うな!住民の退避を優先するんだ!」
小隊にそう声をかけてから、自身は岩石に向かって走る。
俺は城壁に登った。そこから勇者とストーンバックの戦いを見守る。
さすがは勇者だ。
自身に強化魔法か、風魔法か何かで俊敏に動き、ストーンバックの攻撃をうまく回避して翻弄している。
そして、光る剣戟と、光の魔法はジワジワとストーンバックを削り砕いている。
戦闘範囲に入らないように、周囲の兵士に大声で叫び、戦場を誘導しようとするが、ストーンバックの奔放な動きに翻弄されているようだ。
そろそろか
両手両足が大きく損傷したストーンバックの機動力はほぼない。
死ぬのか、倒しきれるのかは不明だが、もう脅威ではなくなっている。
俺は勇者に向かって歩き出した。
骨の手を拍手のように打ち鳴らしながら、勇者に向かい、ゆっくりと歩いてゆく。
勇者は俺の接近に気付いていたようで、僅かにいる周囲の兵士たちに「逃げろ」と告げている。自身は身構え、逃げないようだ。
「さすがは勇者様だ。ストーンバックを一人で倒してしまうとは。無傷ではないようだが」
俺は十メートル程の距離を開け立ち止まる。
勇者の盾はひしゃげ、鎧も擦り傷だらけでへこんでいた。
俺は、ゆっくりと街を見渡す。
ストーンバックに崩されている建物も多く、粉塵が舞っている。
ストーンバックの残骸のような石積もある。
「勇者様は逃げなくてもいいのかね?」
勇者は無言で、右手だけで剣を握り、左手を刃に添えている。
ここ、街の中ではビュルも枯れ葉の体を作ることができないようだった。
そして、ここに来るまでにビュルには「手を出すな。俺も出さない」と告げていた。
「ある合図」でストーンバックを呼び寄せられるような手ごたえを掴んでいた。
うまくいくかは不明だが、試すのは面白そうだ。
勇者の持つ剣は、白い光に包まれる。
強い光だが、外に放たれていると言うよりも、その刀身の内側に光を吸い込んでいるように見える。
勇者はまっすぐに俺を見つめる。
「今、ここで、お前を倒す」
正眼に構えた勇者は一歩踏み出した。
眼前に赤く揺らぐ勇者から、白い光が溢れだす。
「怖いな、応援を呼ぼう」
俺は低い声で「ぼーぼー」と叫んだ。
遠くから地響きが聞こえる。
一か所ではないその振動に、俺は顎がカクカクとなる。
「さて、勇者様は『何体』まで勝てるのかな?」