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勇者を追い都市へ

 ※交叉都市に逃げた勇者を追う、スケルトンの視点に戻ります


 勇者は、あの大きな街に入ったようだ。

 ストーンバックに囲まれて、悲痛ないい顔をして逃げ去ったが、まだまだ元気なようで安心した。


 ふらつく足元で街に入った勇者は、兵士に連行されていた。

 兵士の詰所にいたようだが、そこから移動し、どうやら、大きな屋敷に匿われているようだ。


 さすがに、俺一人の力では、あの都市を陥落させるのは無理だろう。

 兵士も多いし、ディクトの神殿もいくつかあるようだ。


 どうするか。


 以前、カールと共に襲撃を掛ける前にやったように、病気や毒を撒き散らすのはどうだろうか。

「植物を使用するのでしたら、わたくしの出番では」

 ビュルに聞いてみると、そんな回答だった。

「持続的に効果があり、生者を中毒にする効能のあるものがございます。ケイ様のお考えとは、少し違うとは思いますが」


 水辺や、ジメジメした場所に生えるキノコのようで、直射日光を嫌い、水面に向かい胞子を放つ種類のようだ。

 胞子は弱い毒性を含んでいるが、身体の弱体化や死に至るような効果はない。徐々に脳を蝕み、幻覚や幻聴の症状を見せ、「気分がよくなる」効果で中毒になるとの説明を受けた。


 他にも、毒シダや、根に毒をもつような植物もあるが、キノコの成長速度は条件さえあえば圧倒的だと言う。


 数日、監視をしていたが、勇者に動きはなさそうだ。

 俺は、夜陰に紛れ街に侵入し、ビュルのキノコを試すことにした。

 生者と違い、眠らない俺には、時間はいくらでもある。


 井戸に潜り、街中にある用水路に沈み、下水施設にも潜んだ。

 街の外から川の水を引き、街中に分散させて、使用した水を下流に流す、見事な水道システムがそこにはあった。

「井戸の中の空洞部分や、用水路の暗渠などをめぐりましょう」

 呼吸を必要としない俺の体は、水中に潜み、右腕に宿るキノコの胞子を撒いていった。


 二日程度で水際などに小さなキノコが生えていたことを確認した。

 それと同時に、街に引いている川の底を歩き、上下流から街への出入りルートを発見できた。


 井戸の底で潜んでいると、街の生者たちが井戸の周りで会話をしている事が多い事に気付く。

 赤く映る生者に怒りを感じるが、やつらは深く暗い井戸の内部に俺がいることに気づくことはない。

 俺は生者のいない隙に地上に上がり、数か所の井戸の周辺の地面や建物に「災いを呼ぶ元勇者」「災厄を運ぶものが街にいる」と落書きをする。


 住人たちは、すぐに井戸端会議をはじめ、その話題で盛り上がる。

 わずか半日で、街中では大きな噂になっていた。

 そして、生えたばかりの小さなキノコは、芽を出した翌日には胞子を飛ばしだした。その井戸の周りでは、予想していない「ここの井戸水がうまい」と言った噂も広まっている。実に愚かだ。


 実験的に街中で、同時多発的に火災を起こしたり、出入りする馬車を襲った。

 偶然居合わせた街人や兵士を殺してしまう事もあったが、死体は街の外の森に隠した。

 森まで運べば、ビュルの力で植物の苗床として、簡単に隠蔽できた。


 不穏な噂を流し、不可解な事件が起こり、街中は疑心暗鬼にでもなってくれればよい。

 警備に隙ができれば、要人を消していこう。

 そう思っていたのだが、街の様子は俺の予想を超えていた。


 元々が不穏だったのか、街中では小規模な暴動が起きていた。

 そして、キノコの効果か、暴動に乗じて暴れる者も増えていた。


「くっく。ビュル、見事だ。キノコの影響で生者同士で争うとは」

「これらは全て、ケイ様の手腕によるもの。しかし、数人が水源を調べ始めました。如何いたしましょう?」

「もう少し潜んで様子を見よう。だが、機を見て勇者に接触する」


 こうして潜んでいると、数か所の井戸の水が浄化され、キノコが駆除されてしまった。

 だが、井戸水に依存していた生者は、余計に暴力的になった。

 そうして、街中では、もう制御不能の大規模な暴動が起きていた。

 生者同士で争い、死人を出している。

「はっはっは。偶然にしては、出来すぎているように思えるが、今か。待っていろ、勇者よ」


 俺は、勇者や妖精にばれても追いつめるつもりで、夕暮れに貴族の家に侵入した。

 屋敷の中の赤い生者にイラつくが、気配を消して勇者の部屋に侵入する。

 その体から漏れ出る青と白の光がある限り、俺はお前を見失う事はない。


 ベッドの上で、顔だけをこちらに向け、声にならない悲鳴を上げている勇者。

 その胸の上の光の粒は。勇者と俺の間で手を広げている。

 俺はベッドから距離を取り立ち止まる。

「やあ、勇者マーティン。元気そうでよかった」

 怒りに震える右手を軽く上げる。

 しかし、声は陽気に、穏やかに聞こえるように意識する。


 勇者は、痙攣するように震え出した。

 光の粒は、何かを言っているが、無視する。


「さて、勇者よ。お前が逃げ回るから、行く先々で生者が迷惑しているようだな。戦うか、まだ逃げるか、選ばせてあげよう」

 俺は怒りに震え、今にも襲いかかりそうな体を意思の力で抑えこむ。

 勇者も震えている。

 そして、小さな声で「許してください」と呟いた。


「はっはっは、許す訳ないだろう?戦わないのか?」

 もっと多くの生者を巻き込まなければ、俺の怒りも晴れないし、何より面白くない。

 まだまだ勇者には苦しんで、苦渋に満ちた顔になってもらわなければな。


 そこへ、屋敷の主人と思われる貴族風の生者が来た。

 そいつは無言で俺に殴りかかる。

 遅いし、力も弱い。

 その貧弱な拳を受け止め、勇者に向き直る。

「勇者よ。これがお前の『答え』なのか。では、やるか」


 勇者は何かを言っていたが、俺の赤い視界に、多くの動きが見えた。

 屋敷の周りに赤い生者たちが集まってきている。

 勇者ならば、全員討ち倒せるか。

 守るべき生者を、勇者自身に討たせた方が効果的か。


 そう考え、俺は立ち去る事にした。

 戦え、勇者よ。そして逃げて苦しみ彷徨え。

 俺は、お前を、逃がさない。

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