「なるほど、お前は聖女に逆らって勇者をクビになったのか。はっはっは」
河原で向かい合って勇者の話を聞いた。
マートはずっと俯いていたが、跪いた。
「お願いだ。家族と村だけは、やめてくれ。僕の命で済むのなら、ここで殺してくれ。自殺しろと命じてくれ」
俺は悩む振りをする。
許す訳はない。
「そうだな。何の準備も無しで、俺が来ると思うか?」
マートは泣きながら、地面に這いつくばり俺の足首を掴む。
細い指だな。
「お願い…します。許してください」
勇者の体から光の粒が飛び出し、俺の顔の前で羽ばたいている。
「ビュル様!お願いします!もうマートを…」
俺は手で光の粒を払う。
「コイツを黙らせろ、勇者」
「…フィーン。戻るんだ」
「…マート。わかったわ」
光の粒は勇者の髪の中に消えた。
しばし沈黙の後に、俺はある提案をする。
「勇者マーティン。許してほしいか?」
勇者は弱々しい細い指で俺の足首を掴んだまま、顔を上げた。
涙で濡れた顔をグシャグシャにして、数度頷いて
「はい。許してください」
そうはっきりと言った。
「ならば、条件はひとつ。聖女を討て」
マーティンは固まっている。
「どうした?許してほしいのだろう?」
「し、しかし、聖女に反乱を企てれば、両親も村も…」
俺は勇者の顔を蹴り上げた。
一本の歯が折れたようだ。
そのまま、頭を踏み砕こうとする体を、なんとか自制心で止める。
「俺が手を貸す。村は守ってやる。お前の武装も取り返してやる。それならば、どうだ」
輝きを失っていた勇者の目に、一瞬光が宿った。
「…少し考えさせてもらえないか」
「いいだろう。村に戻るか」
俺たちは、村に戻った。
戻る途中で、勇者は走り出した。
その背中は小さかった。
「くっくっく。何の準備も無い訳がないだろう」
村は地面から伸びる木や竹、木の根やつる草で、ジャングルのようなあり様だった。
石積の家屋ですら、植物の力の前では無力だった。
それでも、血濡れた草をかき分け、勇者は村に入っていった。
自宅の前で崩れている勇者にゆっくりと追いつく。
周囲の草木が急速に土に潜り、五メートルほどの円形の場ができた。
「くっく。あの時に、即答していれば、こうならなかったかもしれないな」
勇者は振り返りもせず、声も聞こえていないようだった。
光の粒が飛び出してきた。
「ビュル様、なぜこのような事を…」
俺はゆっくりと勇者の正面に回る。
光の粒はついてくる。
勇者の視界に入るようにしゃがみこむ。
その、目の前で光の粒を握りつぶす。
黒いモヤが一瞬、俺の目の前で燃え上がる。
手を広げて、黒くなった粒を見せる。
俺は妖精の屍を勇者の前に投げ捨てる。
勇者はそれを両手で拾い上げた。
「フィーン?う、嘘だろ…なあ、フィーン」
「ビュル、勇者の武器を」
一本のつる草が伸びてきた。その先には一本の剣が絡まっている。
俺はそれを受け取ると、勇者に手渡した。
勇者は崩れ落ち、嗚咽している。
「剣を取れ。戦え」
勇者に反応はない。
真正面から勇者を蹴り上げる。
「うっ」っと呻き、仰向けに倒れた。
致命傷にならないように、力は抑えた。大丈夫なはずだ。
無理やり剣を握らせる。
「立て、戦え」
「うわああああああああああ」
勇者はがむしゃらに剣を振り回す。
単に腕の力で振り回す、俺の剣術と同じだ。
俺は簡単に躱し、勇者の手首を掴んで剣を止める。
そして、腹を蹴る。
勇者は、あっさりと剣を手放し、倒れた。
弱いな。そして、勇者の体が軽い。
「僕だって、あんなことしたくなかったんだ。全部キアラが、聖女の命令でやっただけなんだ。なのに、なんで僕ばっかり…」
倒れて静かに泣く勇者に、俺は剣を無理やり握らせる。
「立て、戦え」
勇者は剣を握った。
そして、寝たまま、小さな声で呟く。
「もう、殺してくれ…殺してください」
「ダメだ。立て、戦え」
俺は勇者の襟首を掴み、無理やり立ち上がらせる。
勇者は力なく、剣を一度だけ振った。
そして、倒れた。
「立て、戦え」「…立て、戦え」
「はは、ははは」
勇者の顔は泣いているが、出てくる声は明るい笑い声だった。