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勇者の故郷へ

 勇者を追い、いくつかの街や村を滅ぼした。

 山間に籠った勇者もあぶり出した。


 もういいだろう。


 元々はビュルの発案だった。

「勇者を徹底的に追いつめて、心を折ってみてはどうでしょうか?」

 勇者は生者の味方だ。

 自身を犠牲にしてでも、他の人を守ろうとするのだろう。

 ならば、勇者だけは生かして、周りの生者を徹底的に排除していく。


 ストーンバックを貸してくれた山の精や、他国の間者も味方してくれた。

 偶然とは思えないタイミングに、何か力の働きを感じる。

 誰かの意志が絡んでいるような…そんな気がした。

 勇者とは、時と場合によっては恨まれるものなのだな。

 俺を筆頭に…な。


 仕上げるのならば、そろそろだろう。

 ヤツは最終的に「ここ」に帰ってくるはずだ。

 今の俺ならば、生者に溶け込めるだろう。

 冒険者の証も運よく手に入れている。

 待っているぞ、勇者マーティン。




 …

 マーティンは、限界だった。

 守りたい人を一人も守る事ができず、最後に立ち寄った街では「災厄を呼ぶ者」と言われ、街に入る事も叶わなかった。

 逃げ込んだ山は焼かれ、もういっそのこと、楽になってしまいたい。そんな考えも頭をよぎる。

「マート。あなたを待っている人がいる。だから、お願い。私の為にも生きて」

 フィーンのその言葉を聞き、両親の姿が浮かんでしまった。

「僕が故郷に帰ってしまったら、村に災厄が及ぶかもしれない」

「マート。いえ、光の勇者マーティン。でも、休養も必要よ。私が守る」

 フィーンの言葉に、マーティンの足は自然と故郷に向かっていた。


 満足に食事を取ることもできなくなってしまっていた。

 やせ細った体だったが、移動している商人から馬を購入することができた。

 商人の護衛なども考えたが、もう気力がなかった。


 村はいつもどおりだった。

「マーティン!おかえり」

 両親も村の人々も、暖かく迎えてくれた。

 マーティンは、自宅に入ると、崩れ落ちるように眠りについた。

 …




「勇者は無事に帰郷できたようですね」

 俺は切り立った崖の上から、遥か遠くに見える勇者がいる村を見下ろす。

「ああ…ビュル、ヒャルマー。力を貸してくれ」

「ケイ様の望むがままに」

 俺の仮初の肉体に、力が漲っていくのを感じる。

 商人から奪った、身を隠すローブを纏う。

 遠目でなくても、人間に見えるはずだ。

「しばし、休息せよ、勇者よ。絶望を知る為にな」

 俺の体は、怒りで全身が燃え上がるような感覚に覆われていた。




 数日後


「俺は銀級冒険者の『フック』と言う。元勇者であるマーティン殿にお会いしたい」

 革の手袋で、首元の冒険者証を村の入口で見せる。

 眼前の生者に対し、震える体を抑える。

「アンタ、マートに何の用だ?」

 村の警護をしているらしい若者は、いぶかし気に俺と冒険者証を見る。

「勇者マーティンは光魔法の達人と聞いて、教えを乞いたい。武器はここで預けようか?」

 俺は背中にしょっているロングソードを外して、若者に押し付ける。

 剣など使わんが、この為に持ってきていた。

 正真正銘の銀級冒険者である「フック」の持ち物だ。

 持ち主はもういないが。


 若者は剣を受け取った。そして「ついてこい」と案内してくれた。

 家のドアをノックして「こんにちは」と声をかけると、中から女が顔を出した。

「この人は冒険者で、マートに会いたいみたいだ。起きてるかな」

 女は俺を家の中に入れた。


 勇者の家は、この村の中でまったく目立たない。

 狩猟を生業にする村のようで、家の外で獣やモンスターの革を干している家が多く、この家も例外ではない。

 勇者でも、給料はそれほどよくなかったのか。


 テーブルに案内され、椅子に座る。

 奥の部屋から、ヤツは出てきた。

 俺の視界は、揺らめく炎のように、真っ赤にゆらぐ。

 俺は椅子から立ち上がり、右手を胸に当て頭を下げる。

「光の勇者マーティン様。突然の訪問、失礼します」

 勇者は目を見開き固まっている。


 ふわりと空気が動く。

 どこから飛んできたのか、光の妖精が俺と勇者の間にいる。

「どうしましょうか。少し、外を歩きながらお話しを伺っても?」

 俺は席を立ち、外に出る。無手の勇者は無言でついてきていた。


「村の外、人の来ない所に行くか。一度、お前の話も聞いておこう」

 そうして、村を出て近くの河原まで歩いた。その間、勇者や妖精は何か言っていたが、俺は振り返らず、返事すらしなかった。

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