俺はルーの洞窟にいた。
立ちすくむ俺を取り囲むように、数人が周囲にいる。
ルーとドロシー。ギドと、もう一人。
あれは、アルと呼ばれていた者か。
俺が垣間見た、若々しさは無く、禿げ上がった壮年に
見えるが、その赤い姿は黒い輪郭を纏っている。
ギドもアルも赤い生者だが、怒りは湧かなかった。
「なんとか連れ出せたが、どうしようか」
アルの問いにギドが俺を見た。
「聖女に何かされた可能性は高い。精神汚染などは影響を受けないだろうが、様子を見よう」
アルとギドは、その場で会話を始めた。
身振り手振りを交え、俺を伺いながら何かよくわからない言葉を話している。
ルーが眼前にいた。
「もうワシにはお前を掌握できん。聖女の庇護か。どうする。ワシと戦うか。それとも、生者のように取引するかね?」
「ビュル、ヒャルマー」
俺は、声を出さずに、思考するように彼らに話しかける。
返事はない。
右腕は、左腕と同じ単なる白い骨。そして、頭の中身に重さは感じない。
そうか、お前たちは、いないのだな。
俺はルーに問う。
「取引、とは、なんだ?」
ルーは黄色い目を見開き、黄色い歯を見せて笑う。
「取引、お前の知識、聖女の記憶。お前の望みを叶えるぞ。例えば…」
ルーは首を回し、ギドたちを見る。そして笑う。
「かっかっか。奴らを討つのなら、力を貸す。どうじゃ?」
ギドとアルは会話をやめ、こちらを見た。
しかし、身構えもせずに、二人が二人とも、俺に向かい微笑んだ。
俺には、何の感情もなかった。
「かっか。そうか。ならば戦うか」
ルーは黄色い歯を見せて再度笑う。
「エッジは、お前と戦いたかった」
俺は、目を閉じた。瞼など無い。
しかし、視界が閉じる。
空虚な静寂が広がる。
あの時、カールが首だけになって、俺に見せた景色--
墓地の中で、エッジと並び立つ自分を思い描く。しかし、その視界には何も映らない。
何も動かず、何も語らない。ただ、無限に続く静けさと、それを支配する空気だけがある。
「これがカールが求めたものか――」
俺はその思いを抱えたまま、深い無の中に沈み込む。
「かっかっか。ならば!」
ルーの声がかすかに聞こえる。
俺は己の意識に集中する。
そして、ゆっくりと振り返り、エッジを見た。
「お前は、どう思う?」
エッジは無言で視線を合わせる。
ケイはその視線を受けて、ようやく答える。
「俺は、もう全てを終わらせる」
その言葉に、エッジはただ静かに頷く。
ケイは深く息を吸い、静かに目を開ける。
呼吸器官などない。
その目には何の迷いもなかった。カールの思いが、今、自分の中に流れ込んできているのを感じる。
「終わらせる」と、心の中で呟く。
聖女も、ギドも、アルも――何もかもを。
彼が見た静寂の中では、ただそれだけが重要だった。
「あ、いや、待て」
ルーの手を叩く音に目と耳が向く。
ギド達は、周囲を見回している。
「まさか。やるぞ、ドロシー」
ルーとドロシーはしゃがみこみ、地面を押さえている。
ギドとアルも、おなじような姿勢をとっている。
「ルー、見つかったのか?」
「かっかっか」
ギドの問いかけにルーは笑う。
「ケイを通さずでも、見つけられたとでも言うのか。ケイ、こちらを見よ」
俺はルーの黄色い目を覗き込んだ。
ルーは俺ではない、誰かに話しかけている。
「やるのか、今、ここで。よいぞ。今度こそ、決着を」