綿飴のような軽さとドライアイスのような浮遊感のある霞掛かった背景、どこまでも高い太陽は雲の遥か彼方上空にあるかもしれない仙境を想像させる。遠く仙人たちと天女たちのおしゃべりさえ聞こえてきそうなほど静まり返った大自然……。捥ぎった桃の甘さが漂う香りを想像するだけで桃源郷への想いが膨らむ。
沅江の水は淀みなく流れていく、武陵群峰が隆起する。
石段の脇には太く天に向かってそびえ立つ古木、蛇行した小道を通って竹林を抜けた先の境内、亭台碑坊……その雰囲気はそう、まるで仙境のようであった。
「すごい大迫力だなぁ」
素直な僕の感想ではあったが僕の心は満ちていかない。
歴史ある武陵桃原、そして桃花渓には桃の木が広がっていたが、桃源郷などおとぎ話に過ぎないことが良く分かった。
それは人工物……観光名所でしかなかったからだ。
迷った漁師が桃の木で囲まれた穴を進むイメージのような入場口、整えられた遊歩道、舟遊びまでできるようになっている。
分かってはいたはずだった。なぜなら『桃源郷』は二度と誰も立ち帰れることのできない場所のはずだったのだから。