「アナタが、LiLi……」
変身してLiLiとなった歌折を見、LaLaはその青い瞳を大きく見開いた。変身したことで、澄んだ色となった目と目が交わる。LaLaは海のような静けさと透明さ、LiLiはいっそう極まった星空のような煌めきの瞳。
にこ、とLiLiが破顔する。
「LaLa、私も一緒に戦うよ。それを貸してくれる?」
「これにゃ?」
LaLaが持っていた刻印つきの剣。アイツの力で操られるのでは? と疑問符を浮かべるLaLaだが、LiLiを信じて渡す。
LiLiは受け取ると、LiLiパクトに触れた。ぽーん、と軽やかな一音が鳴ると、LiLiの手にきらきらとした白い光が纏わる。
「LiLiパクト、ON!
「……!」
何かを察知したのか、甲冑たちがLiLiを狙って切りかかってくるが、LiLiの呪文に呼応した剣がそれらを全て弾く。妖しくマゼンタに光っていた紋章は、青い光に書き換えられていた。
「LaLa、もう大丈夫。これ使って」
「何したのにゃ?」
「……モード
シオリが驚いたような声を上げる。LaLaは何のことかさっぱりだが、LiLiから受け取った剣を突き出す。その剣はぐさりと甲冑を貫いた。
甲冑の中はがらんどうであるため、当然手応えなどないのだが、LaLaは何が変わったのかわかった。
本来の使い手ではないLaLaを、この剣は拒まない。
その証拠に、甲冑が一体だけ、ほんの刹那、硬直する。動揺したのだ。薔薇を啄む魔女の紋を介して、甲冑や剣を操っていた騎士が。
(LiLiの言葉の通りなら、コイツが!)
LaLaはがらんどうの甲冑を切り払うと、僅かに硬直した個体に肉薄。ほんの僅かな硬直で、もう他の個体と変わらない動きに戻っているが、一瞬の隙を見逃すほど、LaLaは甘くない。
伊達や酔狂で変身なんてしないのだ。変身によって高められた身体能力を活かし、一度の踏み切りで一気に距離を詰め、袈裟斬り一閃!
その甲冑はどうにか自分の剣を割り込ませて直撃を避けたが、LaLaのパワーに勝てず、後方に飛び退くことで威力をどうにか殺した。
けれど、その甲冑の肩には傷跡ができた。他の甲冑にはないものだ。
「終ワラズノ騎士! 逃がさないにゃ!!」
敵の本体。その甲冑に追い縋り、トドメを刺そうとするLaLa。けれど、その体は強く後方へ引かれる。
LaLaの「にゃ!?」という驚きもお構い無しに、強引に彼女を引き寄せたのはシオリだ。LaLaが何か問うより先に、ナニカが通りすぎていった。
戦車というにはポップなデザイン。トラックというには物々しさのある車のようなもの。でかでかとグリムローズの刻印が押されている。
「にゃ! アイツ、車とかも動かせるにゃ!?」
刻印があればなんでもありなのかにゃ、と悲鳴のように叫ぶLaLaをよそに、疾風のごとく車両は去っていく。少し目を放した隙に、影も形も見えなくなった。あれだけの存在感を放っていたというのに。本体を含めた甲冑たちも姿を消している。
シオリが神妙な面持ちで呟く。
「アレはたぶん、ムセイの力じゃなくて……」
言いかけ、いや、と首を振る。
「アイツらは去ったけど、安全とは限らない。一旦中に入ろう。話はそれからだ」
☆彡 ☆彡 ☆彡
「いやぁ、危なかったねー、はーすきゅん♪」
グリムローズの刻印が押された車の中。派手な黄緑色の髪をした青年が肩に傷のついた甲冑に語りかける。甲冑は微動だにしない。ただ、ぼそりと声がした。
「由比歌折の捕縛に失敗した。何なりと罰を」
「そんなことしないよ。ボクはただ、キミを助けに来たのさ」
けらけらと青年は笑う。笑い声に合わせてぴょこぴょこと癖の強い髪が跳ねる。笑うと顔が幼く見え、青年というより少年のようだ。左頬の真ん中にぽつんとついたほくろが、表情変化に応じて動く。それもあり、この青年の表情は忙しない印象があった。
目元は遮光ゴーグルに覆われていて伺えないが、声色は明るい。少々胡散臭くも感じるくらい、甲冑の騎士に対して親しげだ。
甲冑の騎士の声色は、低く固いままだが。
「何故。貴方はグリムローズ幹部、俺のような下級構成員をただ助けるわけがない」
「下級構成員なんてとんでもない! キミは『終ワラズノ騎士ハスク』グリムローズ幹部で帰ってこない『フィア』に次ぐ幹部候補として名高い上級戦闘員だ。ボクだけじゃない。幹部はみーんなキミを買っているんだよ? 刻印のある物質を操るその能力は、グリムローズ最強といっても過言じゃない」
青年の口元が弓なりに笑みを浮かべる。甲冑の騎士は沈黙した。青年の服の袖から、グリムローズの刻印が垣間見える。
騎士の視線がソレに注がれている気がしたのか、青年はうっそりと口元を歪める。愉悦。その刻印は眼前の騎士による支配の証だというのに、青年の顔に滲むのは悦びだ。
「この刻印が刻まれているコト、ボクは誉にさえ思っているんだよ? 他の幹部は知らないケド。キミのような優秀な人材に、命を預ける。これはボクらなりのキミへの信頼の証さ」
すっと青年は芝居がかった仕草で騎士に手を差し出す。まるで「Shall We Dance?」と誘うかのように。
袖がずり、とずれ、その白すぎる肌に刻まれた刻印が露になる。マゼンタの光を湛える魔女と薔薇。
兜により顔の全てを覆われた騎士の表情は欠片としてわからない。ただ、短く息を飲む音がした。差し伸べられた手をじっと見つめる視線はある。決して取ることはしないが。
「今回の失敗はキミが原因じゃないさ。ボクはちゃんと『見ていた』から証言してあげる。マァ、由比歌折の捕縛の他に仕事を増やすことになるケド……これもまた一興だ」
騎士が手を取らないことを気にせず、青年は甲冑の肩にぽんと手を置く。耳打ちするように唇を寄せると、甲冑にさらりと癖の強い黄緑がかかった。
「期待してるよ。ハスク」
——手を取らずとも、彼らは共犯者だ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
リサイクルショップ「リバーサイド」の休憩スペースで、変身を解いた歌折とララ、お茶を淹れたシオリがソファに腰掛けていた。
お茶汲みやお菓子を配る都合からか、シオリの椅子にかける座面面積は極端に少ない。歌折がそのことを気にかけ始めたとき、ララが「もっと落ち着くにゃ!」と強制的にシオリを背もたれまで引き込んだ。
うわ、というシオリの声に被せるように、ごっと痛そうな打撲音がした。勢い余ったシオリが後ろの壁に頭を打ち付けたらしい。
「にゃっ!? ごめんにゃ」
「ったく、馬鹿力だなぁ。これもアンデッドガールの特性か……?」
顎に手を当て、考え込みそうになるシオリであったが、いけないいけないと頭を振る。戸惑いを隠せない歌折と目を合わせ、ごめんな、と困り顔をした。
「私は大丈夫、だけど……怪我、ないですか?」
「ヘーキヘーキ。オレ、これでも普通より体が頑丈なんだ。魔法少女に選ばれる程度には」
「へえ、魔法少女に……魔法少女!?」
思わずシオリにぐい、と顔を寄せる歌折。遮光ゴーグルの向こうで、シオリの目が歪む。
そろそろと、預かったままだった歌折のサングラスを差し出した。
「ごめん、これかけてくんね? やっぱこう……ホンモノが目の前にいるの、神々しすぎて目が潰れそう」
「え? ああ、うん。うん?」
目が潰れるは大袈裟じゃないかな、と思いつつ、こういうシャイなファンの存在も認知している歌折はサングラスをかけた。シオリがようやくこちらを見る。
脇でララがニヤニヤしていた。シオリの肩を小突く。
「よかったにゃ~、シオリン。憧れのカオリンだにゃ~?」
「シオリンって呼ぶな! カオリンと語感被ってんだろ」
(気にするとこそこなんだ)
距離の近い二人のやりとりをぼんやりと眺める歌折。シオリは反撃とばかりにララに言い返す。
「そんなこと言って、ララは気づいてねーのかよ! 由比歌折=ゆいぴゃだからな? お前の推しも目の前にいんの!!」
「にゃっ!? にゃんですって!?!?!?」
いやーーーーー!! と叫びたくなる歌折。思わず顔を両手で覆った。頑張って隠していたのに、「カオリン=ゆいぴゃ」がおもいっきりバレている!!
どうしようどうしようどうしよう!! と目をぐるぐる回しながら、歌折はどうにか蚊の鳴くような声を絞り出す。
「あ、あの……私がゆいぴゃってことは……その……」
「ぁっ……す、すまん、バーチャルアイドルの
よかったぁ、と歌折が胸を撫で下ろす中、言葉尻を汲み取ったララが「ほんとにゆいぴゃにゃ!?」と驚愕する口に、シオリは卓上の饅頭を押し込んだ。包み紙がついたままだ。
「べぽっ、せめて紙は取ってにゃ……」
「急いでたんだよ。それで、由比歌折。話さなきゃならんことはたくさんあるが、あんたの疑問から解決してくよ。何かあるか?」
しゅんとしながら包みを剥くララをさておき、シオリが真剣な眼差しで歌折に問いかける。
正直、疑問というか、ツッコミどころしかない状況なのだが……まず、直近の疑問を解決しようと口にした。
「あの、シオリさんが魔法少女に選ばれたって、どういう……? さっきの『LiLi』っていうのには、変身できないんですよね?」
「ああ、それ聞く? まあ、コイツの紹介にもなるしな」
「むにゃ。もはや懐かしい話にゃ」
饅頭をもぐもぐしながら、話の矛先を向けられたララはチャーミングに敬礼ポーズ。
「ララは第四〇三銀河のシュテルヒェンフルス星雲から来たララ・エインエンゲル! 魔法少女に変身して、世界を救ってくれる女の子を探しに、この星まで来たのにゃ☆」
「で、ララが持ってきた変身アイテムパクってできたのがさっきの『LiLiパクト』な」
……。
…………。
……………………。
情報量が多い!!