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第8話 普通の恋愛

「今日行ってもいい?」

「いいぞ」


……と、嬉しそうにメールのやり取りをする日向を見た亜里沙。これは……今日彼女(?)と会うんじゃない? と女の勘が働く。

「日向、今日はこの後サークル行く?」

「ううん、今日は帰るよ」


 やっぱり会うんだわ……よし、尾行してみよう。あたしは決心した。こんなこといけないとは分かっているけれど、知りたいの。日向のことをもっと知りたくてたまらない。


 日向に見つからないように遠くから彼の後をつける。電車に乗って着いた先は……日向の家の最寄り駅だった。前に酔い潰れた日向を連れて降りた駅。

 これは普通に家に帰るだけかしら?


 しばらく様子を見ていると路地裏に入って行く。あそこは、以前に酔い潰れた日向が向かった場所。そこにある「ルパン」の看板の店に入って行った。

 ここは明らかにバーだわ。お酒の飲めない日向がどうしてこんな場所に?


 そしてあたしも思い切って「ルパン」に入ってみた。

「お一人様ですね、カウンターへどうぞ」

 結局1人だとカウンターに通され、そこで日向に見つかるのだが……

「亜里沙? どうしてここに?」と日向に聞かれる。

「えーーーーっと……そう! 前に日向が酔い潰れた時にいい雰囲気のバーがあるなーって思ってて、気になって♪ 」


「そうだったんだ、ここはノンアルコールもあるから、僕気に入ってるんだ」

 いや、最近はどこもノンアルコールあるわよ? とあたしは思いながら、

「そうなのね」と言った。


 奥からバーテンダーが出てくる。

「おや、今日は君も一緒か?」

「あ、どうも……」

 日向の父親っぽいこの人はバーテンダーだったのね。そしてあたしは普通のカクテルを飲んで、日向やバーテンダーと世間話をする。そこそこ時間が経過した。

……あれ? 誰も来なくない?

「日向は今日1人でここに?」

「うん、そうだよ」


 日向が1人でこのバーに来てノンアルコールカクテルを飲んで……それだけ?

 もう分からない! こうなったら思い切って聞くわよ?


「最近日向、嬉しそうなんです」とバーテンダーに言ってみる。

「そうか、ひなは分かりやすいからな」

「怜さん……そんなに僕分かりやすい?」

「そうだな、今だって嬉しそうにして」

「え? だって……」

 怜さんがいるんだもの、と日向は思って頬が染まる。


「あら? 日向やっぱりいいことあったんでしょう? あたし気になるなぁ♪」

「君に分かるかな?」とバーテンダーに言われる。

「そうねぇ……」

 確かめたい。でも彼女ができたんでしょう? と聞いてもしそうだと言われたら。あぁ、聞く勇気がない……


 あたしがうーんと考えている間も日向とバーテンダーは2人で笑顔で話している。うぅ……ここまで来たのにどうしたら……もういいわ、一度探ってみるわよ!

「あたしは日向が恋でもしているように見えたけど。その相手は……今日は来ないのね?」


 聞いちゃった……じっと日向を見る。

「来ないというか」日向がバーテンダーの方を向く。

「そうだな、今から来るわけではないな」とバーテンダーが言う。

 目の前にいる俺に会いに来たんだよ、ひなは……と怜は思っている。


 あたしは少々酔っていることもあり、「?」の状態。恋はしているけれど、今日ではなかったってこと? じゃあいつ会うのかしら……?


「ごめんあたし……そろそろ帰るね」

 そう言ってあたしはバーを出た。空振りかぁ……だけど、日向は誰かに恋をしているのね。

 そう思うと涙がぽろぽろと出てくる。

 あたしじゃない誰かに、日向が恋をした。

 やっぱり辛いなぁ。こういうのって。



 ※※※



 亜里沙が帰った後、怜が言う。

「あの亜里沙っていう子、明らかにお前に気があるようだが」

「え? 何で?」

「ひな、鈍感だな……」

「だって、何も言われていないもん」

「フフ……そうか、じゃあ何か言われたらどうするんだ? 付き合ってほしいとか」


「僕には一緒にいたい人がいるって言うよ」

「それでいいのか? 俺みたいなおじさんではなく、普通の恋愛をしたいとか……これまでなかったのか?」

「なかったよ。僕にとってはこれが普通の恋愛だから……ね?」

 じっと見つめる日向を見て、今すぐ2階に連れて行きたくなってしまう怜であった。


「そうか」

 何が普通かだなんて、人によって違うとは思っていても……怜は日向とこのような関係を持つことが許されるのか、少し不安に思っていた。

「怜さん……」

「ん?」

「眠い……」

「あ、そうだったな」


 日向と怜は2階に行く。

「毎回ソファじゃ疲れるだろう? ベッドを使ってくれても良いぞ」

「ありがとう……今日はそうしようかな」

「じゃあ俺は店に戻るから」

 そう怜は言ったが、日向がいつものように大きな瞳で見つめている。何かを欲しがるような瞳である。


 怜は日向をギュッと抱いて頭を撫でた。そして彼と唇を重ねる。日向は幸せそうな顔になった。

「怜さん、お店……いってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよ」

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