「あら、日向くんが恋……」
亜里沙から聞いた友人が言う。
「どんな人なのかしら、気になるわ」と亜里沙。
「そこのバーに通えばいいんじゃない? それに恋をしているだけで日向くんの片想いの可能性だってあるわよ?」
「あ……そっか」亜里沙が冷静になる。
「一緒に通って日向くんの片想いの相談に乗ったらいいのよ、そうすれば亜里沙のこともちょーっとは意識してくれるかも」
「なるほど……その手でいくわ!」
そう、このぐらいのことで諦めないのがこのあたし。次こそは……!
大学であたしは早速日向に声をかけた。
「ねぇ日向! あたし、あのバー気に入っちゃった♪ 今度いつ行くの? 一緒に行かない?」
「えーっと……分からないや、あそこは1人で行っても雰囲気がいいから飽きないよ」
「あぁそうなのね、だけどあたしは、日向と行きたい♪」
ちょっと甘えてみたけどどうかしら。
「そうなんだ。じゃあ行く時また連絡するよ」
「ありがとう、日向! 楽しみにしてる」
そう言ったものの、連絡なかなか来ず。
「どういうことなのよー!!!」
「亜里沙、落ち着きなさいよ」と友人に言われる。
「また尾行して偶然を装うしかないのかしら」
「やるじゃない、亜里沙。というかそのバーに拘らなくてもよくない? そこまで仲良いなら誘っちゃえばいいじゃないの。ランチでもお茶でも」
「そうね……」
一方の日向は怜のバーに来ていた。
「怜さん、亜里沙がさぁここ気に入ったって!」
「それは良かった……で?」
「いつ行くのか聞かれたけど、僕が行く日ってバラバラだから……分からないって言っちゃった」
「フッ……ハハッ」
「怜さん? 何で笑ってるの?」
「いや……お前本当に……何というか……」
鈍感すぎて可愛いのだが、と怜が思う。
「だからさ、1人で行っても飽きないよって言ったんだけど、亜里沙は来た?」
怜は来るわけないだろうが、と言いそうになるのを抑えて、
「いや、来てないな。お前と行きたかったんじゃないのか?」
「そうなの?」
「……はぁ。お前はどうしたいんだ? 彼女と」
俺みたいなおじさんよりも亜里沙という子と一緒にいた方が、将来的にも良いかもしれないのにな。そう思いながら怜は日向の方を向く。
「うーん……たまになら来てもいいけど、毎回一緒は嫌だなぁ。だって怜さん取られたくないもん」
「なっ……おい! ひな……」
「フフ……」
思った以上にひなは俺のことを……?
怜は何となく恥ずかしくなったが、それでも真っ直ぐこちらをみてくれる日向を愛おしいと思った。
※※※
「えっ日向、明日あそこのバーに行くの?」
亜里沙が驚く。
「うん、よかったら亜里沙やお友達も一緒に」
お友達も一緒に……? 2人っきりじゃないということか。そういうことなら……
亜里沙は友人に連絡する。
「チャンスじゃないの亜里沙。で? 本当に私は行く必要あるの?」
お友達も一緒にと言われ、自分1人では日向と話し辛いと思ったのか、亜里沙はいつも相談に乗ってもらっている友人を誘ったのだった。
「だって……日向にそう言われちゃったし」
「仕方ないわね、私も協力するわ。その日向くんとやらを見てみたいし」
「ありがとうーー!!」
翌日の夕方、駅前で日向と亜里沙は亜里沙の友人と待ち合わせて怜のバーへ向かった。
「亜里沙の言ったとおり、天然で不思議そうな子ね」と小声で友人が話す。
「うん。何考えてるのか分からなくて」
「今日もしかしたら、話聞けるかもよ!」
「どうかな」
そしてバー「ルパン」に入った。
店員が日向を見てすぐにカウンターへ案内する。
「おお、君か。また来てくれて嬉しいよ」と怜。
「あ……こちらはあたしの高校時代からの友人なの」
「そうか、ありがとな。さてメニューをどうぞ」
それからカクテルを飲みながら皆で話す。亜里沙の友人は日向を観察していた。
今日初めて会っただけではよく分からないけど……純粋そうな人ね。どんなタイプの子に恋をしているのかしら。そろそろ、聞いてみようかしらね。
「ねぇ日向くん、亜里沙から聞いたんだけど、好きな人がいるんですって?」
お酒が入っているとはいえ、いきなり直球すぎる質問で隣にいた亜里沙は吹き出しそうになった。
「え……分かるの?」
ひな、前の話を忘れてしまったのか……と怜は思った。
「亜里沙はこう見えていい子だから、良かったら気にかけてあげて♪ 」
「こう見えては余計よ」と亜里沙。
「気にかけるってどうするの?」と日向。
これは……全員がひなに振り回されてしまっているな……と怜が思う。だが、その素直で正直な所が彼の良いところである。
亜里沙の友人がさらに尋ねる。
「その日向くんの好きな人ってどんな人なの?」
「それは……」ノンアルコールカクテルを飲んでいるのに日向の頬が赤く染まっていく。
「本当に、その人のことが好きなのね」と亜里沙。
こんなに日向に好かれている人ってどんな人なのだろうか……自分とは全然違うタイプなのかなと亜里沙が考える。
「初めてだったんだ……僕はその人の前では甘えられるというか、ホッとするんだ。気持ちも温かくなる。ずっと一緒にいたいって思ったんだ」
日向がこんなに嬉しそうに話している。その笑顔を……亜里沙は壊したくないと思う。
「良かったじゃない、日向。そんな風に想われる人がちょっと羨ましいかも」と亜里沙。
「ふーん……じゃあもう付き合ってるってこと?」と亜里沙の友人が言う。
さらに真っ赤になった日向。その姿が可愛いらしくて怜はやっぱり彼を2階に連れて行きたくなる。
日向がちらっと怜の方を見た。僕達……付き合ってるの? という顔をしている。
おい、これはどういう流れだ……?だが、ひながこういう顔をするということは俺が何か言わねば……と怜は思い、
「付き合ってるということでいいんじゃないか? ひな」と言った。
日向がぱっと笑顔になった。そして亜里沙の友人の方を向いて頷いた。
「そうなのね」と亜里沙の友人。
亜里沙は分かってはいたものの、現実を知り俯いたままだ。そのまま亜里沙と友人が帰って行った。
「はぁ……家族公認の仲だなんて」と亜里沙。
「ねぇ、あのバーテンダーの人、本当に家族かしら?」と友人。
「家族みたいなものって言ってたわ」
「みたいなものってことは……違うんじゃない?」
亜里沙の友人は日向が怜に向けた笑顔を忘れられなかった。あんなに家族に笑顔になるだろうか。まさか……
友人は亜里沙の手を引いてバーに戻ろうとする。
「ちょっとどうしちゃったのよ?」
「亜里沙、あのバーテンダーが全て知ってるに違いないわ!」
「え?」
亜里沙とその友人がバー「ルパン」に戻った。しかしカウンターには別のバーテンダーがおり、日向もいない。
「あの、すみません。さっきいたバーテンダーの方は? 怜さんという人」
「怜さんでしたら本日はもういらっしゃいませんよ、何かございましたか?」
「ええと……聞き忘れたことがあって」
「よろしければお伝えいたしましょうか?」
「……や、やっぱり大丈夫です!」
そして2人は帰路につく。
亜里沙の友人は何となくではあるが、怜と日向がただの家族といった関係ではないと思っていた。だが確証がない。それに亜里沙のことも考えるとこれ以上の詮索もしない方が良さそうだ。
「亜里沙、いくらでも話聞くから」
「ありがとう……」
そしてその頃、日向と怜は店の2階にいた。
「嬉しかったなぁ。怜さんが付き合ってるって言ってくれて」と日向が甘えた声で言う。
「おい、そのぐらい自分で言えよ」
「だって不安だったから」
「ここまでのことしておいて、まだ不安か?」
ちょうどキスをして甘い時間を過ごしたばかりであった2人であった。
「今日だって……怜さんは亜里沙やそのお友達と楽しそうに喋っちゃって」
「連れてきたのはひなだろう?」
「一度は連れてこないと亜里沙に悪いと思って。でも……僕と怜さんの時間なのにって思っちゃった」
「俺だってひなが女子大生2人も連れてきたから……ちょっとモヤモヤしてた」
「えへ……そうなんだ」
「今からは俺達の時間だからな」
「うん……」
日向が怜に抱きついて離れない。
ずっとこうしていたい。怜さんの腕の中が一番落ち着く……