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第10話 父と母

 日向が時々、怜のバーの2階で一晩過ごすようになってからも、母親の留美や義理の父の耕造は気にも留めなかった。高校生の時ぐらいから、日向が家族と夕食を取ることはほとんどなかったからである。


 実の娘の菜穂を可愛がる耕造達にとって、日向はいてもいなくても同じような存在であった。ただ、次期社長候補だからと学費などは払ってくれるため、そこに関しては有り難く思っている日向であった。(社長にはなりたくないが)


 耕造や留美にとってそこそこ良い大学に入ることが出来て、なおかつ自分達に反発せず、言うことを聞く日向は利用しやすかった。(正確に言えば力で言うことを聞かせたようなものであるが) 日向を次期社長として某取引先のお嬢さんと結婚させておけば、会社は将来安泰だと考えていた。

 あの子は自分達の駒。この先も思いのまま。



 若くして日向を産んだ留美は20代の一番良い時期(と自分で思っている)を子育ての時間に取られてしまったと感じていた。もともと美貌には自信がある。自分だってもっと楽しみたかった。悔しさと母親になりきれない自分……そんな留美が耕造と恋に落ちた頃は幸せの絶頂だった。


 耕造のためなら、ということで日向のことがどんどん後回しになっていく。それでもこの気持ちは止められなかった。やがて菜穂を妊娠し、今は家族3人で幸せに暮らしている……そんな自分に酔っていた。


 それでも日向は息子である。留美は何となく最近の日向の様子が前と違うような気がしていた。緊張がほぐれているような雰囲気である。


 何かあったのかしら。まぁいい、私には関係のないこと。何かあれば夫がうまく言ってくれるわね。今日も出かけていったわね。また帰って来ないつもりかしら。


 高校生の時も家にいないことがあったため、そこまで気にならないが……最近は嬉しそうに出かけていくのだ。何かあったのか? 彼女でもできたのだろうか? いや、あの日向に限って、大してコミュニケーションも取れない日向に‥‥彼女なんてできるわけがない。


 母親がそう思っていることも知らず、日向は怜のバーに向かって行った。



 ※※※



 結婚して一人前と言われていたあの頃、昔からある有名企業の社長であるにも関わらず、独身だった耕造は周りから変わり者扱いされていた。あの年で結婚できないのは訳があるに違いないと。


 実際、この年になると要求する女性の水準がますます高くなり、結婚なんてできないと半ば諦めていた。

 そんな中で出逢ったのが留美だった。自分よりも一回り以上年下であり、美しく話も合う。そして未亡人で小さな子どもがいるとのこと。


 夫に先立たれたシングルマザーを受け入れたとなれば自分の評判も上がるに違いない。そう思って彼女との結婚を決めた。正直子どもは好きではなかったが、彼女との間に菜穂を授かった。そして自分の子どもはこんなに可愛いのかと初めて思った。

 ただ、世間的にはシングルマザーを受け入れたということで、留美の息子である日向にも最低限のことはしてやらねばならない。


 代々男性が社長ということもあり、血の繋がりはないが、流れとしては日向が次期社長になるであろう。そして自分は会長にでもなって経営権は握っておきたいものだ。

何よりも……留美と菜穂の2人を幸せにしたい、その気持ちでいっぱいであった。


「パパ」菜穂が来た。

「どうした? 菜穂」

「……やっぱりいいや」


 最近菜穂は思春期に入ったのだろうか。あまり話すことがないような……まぁ留美が適当に相手してくれるであろう。


「お兄ちゃん今日もいない……どこに行ったのかな。パパにお兄ちゃんの話するとまた怒られそうだから、聞けないや」

 菜穂が自室で呟いていた。



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