ある休日の昼下がり、亜里沙と友人はカフェで美味しいスイーツを堪能していた。
「はぁ〜こういう時は甘いもので満たすに限るわ」
「亜里沙、ちょっと食べ過ぎじゃない?」
「食べないとやってられないのよっ」
自分が想いを寄せていた日向に恋人がいると分かってから、亜里沙はどうにか辛い気持ちを紛らわそうとサークルに行く回数を増やしたり、ショッピングに出かけたり……そして今日はこうして友人とスイーツ三昧である。
「まぁ、家で落ち込んでいるよりはいいけどね」と友人が言い、窓の外を見た。
そこに、日向と怜が一緒に歩いているではないか。
「ちょっ……亜里沙! 日向くんと怜さんがいるんだけど」
「えっ! まぁ適当にその辺散歩してるんでしょう?」
「待って……この店入ってくる」
「うそ! やだやだ、こんなに食べているところ見られちゃ恥ずかしいわ! 店員さんにお皿下げてもらわないと!」
慌てる2人であったが、少し離れた席に日向と怜が座っており向こうからは気づかれていないようだ。
友人が言う。
「何だかあの2人、仲良すぎない?」
「日向がお兄さんみたいに慕ってるんじゃないの?」
「そうね。だけどこのカフェに男性2人でわざわざ来る?」
確かにこのカフェは、女性に人気であり周りは女性同士か男女のカップルである。
「それに前から思ってたけど、日向くんは怜さんにものすごい笑顔見せるよね」
「あ、そうね……よほど慕ってるのかしら」
「亜里沙、私はあの2人こそが……付き合ってる説あると思うんだけど」
「え? まさか……」
亜里沙と友人は日向と怜の席をじっと見ていた。
※※※
少し前に日向がバーに行った時、
「僕……怜さんと昼間出かけてみたいな」と言っていた。
「昼間か……ひなはどこ行きたい?」
「うーん……ランチして、カフェにも行って、映画見て……」
「王道のデートコースじゃないか」
「だめ?」
可愛いらしい日向にそう言われて駄目とは言えない。
そういうことで週末に日向と怜は初めて昼間に会った。怜はいつもよりラフな格好であり、それが余計に日向をドキドキさせる。だが、世の中多様性の時代とはいえ、昼間から堂々とくっついて歩くのも恥ずかしいと思った2人は、何とも言えない微妙な距離感で歩いている。
ランチはハンバーグが美味しい店に行った。
「ねぇ怜さんは……今まで恋人はいたの?」
「この年だからそりゃあ……いたさ」
「どうして別れたの?」
「気になるか?」
「……」
「価値観の違いってやつだよ、簡単に言えばな」
「そう言ってる人多いけどさぁ……価値観ってみんな違うんじゃないの?」
日向が言うと確かにそうだな、と思う怜である。
「その違いを認められなくて付き合っていけないと思った時に……別れるんだ、きっとな」
「そっかぁ……」
少ししんみりとした空気になってしまった。
「ひな……何か気になるのか?」
「怜さんのことは全部気になるよ」
「おい」
「だから……聞いちゃったんだ、ごめん」
「ひなが謝ることないさ」
「怜さんってやっぱり優しいな」
日向が笑顔になる。
その笑顔で、俺はどれだけ救われただろうか。ひながいてくれる、それだけで……嫌なことや辛いことも忘れられて、ただただ嬉しい気持ちになれる。
「そうそう、僕この近くのカフェに行きたいんだ」
「カフェ? ああ、あそこか」
「怜さんは甘いもの好き?」
「大好物だ」
「うわぁ、意外」
「そうか?」
「いっつもコーヒーブラックで飲んでそうだから」
「コーヒーは砂糖もミルクも入れるぞ」
「フフ……楽しみ」
そして日向と怜はカフェに入った。2人揃ってパフェを注文する。
「お待たせいたしました。いちごパフェと抹茶パフェになります」
店員がいちごパフェを日向の方に置こうとしたが、
「あ……僕じゃなくて……」
怜がいちご、日向が抹茶のパフェを頼んだのであった。
「あの店員、何か失礼だな」と怜。
「だって怜さん大人っぽくて抹茶感あるもん」
「抹茶『感』て何なんだ……ハハ……」
「美味しい! 怜さんと一緒だともっと美味しいや」
日向が夢中で食べていると口元にホイップクリームが付いていた。怜はそれを指で拭ってペロっと食べた。
日向が真っ赤になる。
「……どうしたひな? フフ……可愛い奴め」
「だって……急だったから……」
「美味しそうに食べるな」
「僕も……怜さんのホイップ取って食べたい」
「は?」
「口元にホイップつけてほしいな」
「こんなおじさんがつけてたら変だろう?」
「……」
「……仕方ないな」
怜は適当にホイップクリームを少し口元につけてみた。すると嬉しそうな顔をした日向がそれを拭ってパクっと食べた。
「……美味しい♪」
「やれやれ……」
そしてその一部始終を見ていた亜里沙と友人。
「……どう思う? 亜里沙」
「あれは……そういうことなのよね」
亜里沙があんなに笑った日向を見たのは初めてだった。
とても嬉しそう……あたしは日向のこと何も知らなかったのね。日向の恋の相手が男性だと分かった以上、あたしには絶対に振り向いてはくれない……もう……あたしは諦めるしかないんだ……
せめて、もう少しだけ……好きでいさせてほしかった。もう少しだけでいいから……日向に恋をしたかった。
「うぅ……」と亜里沙は涙をこぼす。
「亜里沙……いっぱい泣きなよ。これは……泣いていいと思うわ」と友人も言った。
※※※
日向と怜はパフェを食べた後に映画館に行った。
「ホラーなんて大丈夫なのか?」と怜が心配そうに言う。
「うん……怜さんとなら……」
映画が始まってすぐに日向は怜の方に手を伸ばした。そして怖いシーンになると日向はギュッと怜の手を握る。
怖いけど面白い映画。そしてやっと……怜さんと手を繋げた。本当はずっと手を繋いだり、腕を組んだりしたい。だけどやっぱり僕達は……こういう暗いところじゃないと何となく恥ずかしい。
いつか街中で堂々と腕を組んで歩ける時が来るのだろうか。
映画が終わり館内が明るくなる。
日向が手を離そうとしたが、怜が離さない。
「怜さん……?」
「俺はもういいと思うぞ、ひなは……まだ恥ずかしいか?」
「……ううん、嬉しい!」
2人は手を繋いで最後にシアターから出た。
そのあとは夕食を買って怜の部屋で一緒に食べ、2人で笑いながら過ごした。
そして日向が怜にぴたっと寄り添う。
「怜さん、また一緒に出かけてくれる?」
「もちろんだ、ひな」