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第12話 好きになる人

「なるほど……今はLGBTQプラスっていう言い方なのね」

 亜里沙がスマホで何やら調べている。

 あたしは大学で日向の一番近くにいながら、彼のことを何も理解していなかった。世の中にどういう人がいるのか、そしてうっかり差別的な発言をしないように気をつけないとね……


 そしてそれを受け入れて日向とは良い友人関係でいたい。友人として日向の近くにいたい、そのぐらい亜里沙にとって日向は大切な存在となっていた。

 思えば、亜里沙の長い話に対して何も言わずずっと聞いてくれていたのは日向ぐらいだった。これからも話を聞いてもらいたい、じゃなくて今度は自分が日向の話を……聞けるなら聞きたいところだが……


「そうだ」

 亜里沙は思い立って大学の帰りに怜のバー「ルパン」に1人で入った。

「いらっしゃいませ、どうぞカウンターへ」

 奥に怜がいる。

「いらっしゃい、元気にしてるか?」

「どうにか元気はあるわよ。ねぇ、お任せであたしに合いそうなカクテル作ってくれますか?」

「かしこまりました」


 ピンク色のカクテルが亜里沙の前に置かれた。

「可愛い色……ありがとうございます」

 亜里沙がカクテルを口にする。

 美味しい……この人、本当にお客さんのことよく見てるのね……

「あの……あたし……最近大学でLGBTQプラスっていうのを知ったんです」と亜里沙が話し出す。

「そうか」と怜。


「これまで周りにそんな人いなかったから全然知らなかった……だけどもしかしたら、あたしが知らないだけで今まで会った人の中にはそういう人もいたかもしれない……」

「色々な人間がいるからな」

「そういう人がいた場合、どうすればいいと思いますか?」

 亜里沙が怜に尋ねた。


「君はよく考えてるんだな。そういう人達を理解したいという気持ちが伝わってくるよ」

「いえ……最近知ったばかりですし……」


「ああいう括りがあるが気にしすぎないで、目の前にいる人を一人の人間として尊重することかな」

「一人の人間……確かにそうですね」

「気にする人もいるし、気にせずにオープンにしている人もいる。世間の理解を得るためにああいった括りを作っているんだろう。それで救われる者もいるが……中には一括りにされて微妙な気持ちになる人だっているかもしれないな」


「そうですね……みんな違ってみんないいって言いますものね」

「数え出すとアルファベットの数じゃ足りないぐらいだ。結局のところ、誰一人として同じ人はいないということかな」


 怜さん……この人を好きになる日向の気持ちが少し分かる気がする。何にもとらわれない、何でも受け入れてくれそうな大人のおじさん。職業柄そうなのかもしれないけれど、それでもこの人には……言葉で表せないような魅力がある。

「じゃあ……怜さんは、どういう人を好きになるのですか?」と亜里沙が言う。

「そうだな……フフ……素直で放っておけないような人だろうか」

「日向みたいな……?」


 一瞬、怜の表情が変わったが、

「……確かにあいつはどこか放っておけない感じかもな」と言った。

 あたしはよく日向に自分の話を聞いてもらってたけど……怜さんにとって日向は素直で放っておけない人なのね。

「じゃあ、あたしには……どういう人が合うと思いますか?」


「何か思い悩んでいるようだな」

「これまであたしは……自分ばかり喋っていることが多くて、相手の話も聞かなきゃ駄目だって友人にも言われて……だけど、ついつい自分の話をしたくなっちゃうし……」


「フフ……自分の話をしたい人なんてごまんといるぞ。遠慮して何も話せないままでは、相手だって心配するんじゃないか?」

「そうかも……」

「君の話を聞きたい人だってどこかにいるはずだ。少なくとも、俺はどんな客の話でも聞くからな」

「それで鬱陶しくなったりしないの?」

「俺も人間だからな。全員と相性が合うわけではないが、この仕事をするにあたって様々な人から多くの話を聞けるのは……楽しみでもあるから」


 亜里沙は怜と話すことができ、心が落ち着いていく感じがした。今まで親以外でこんな年上の人にここまでの話をしたことなんてなかった。

……あたしはこのままでもいいんだって思える、自信を与えてくれるような人だ。



「いらっしゃいませ」という声と共に日向が現れた。

「亜里沙! 来てたんだね」

「お疲れ様、日向。課題進んでる?」

「もう少しかかりそうだよ。あ、怜さん、いつものお願いしていい?」

「はいよ」


「亜里沙、怜さんと……何か話してたの?」

「色々と相談に乗ってもらったわ、さすが大人の男性ね、日向」

「えっ……亜里沙……怜さんに何を相談したの?」

「秘密」

「……だよね。解決できた?」

「まぁね、とっても頼りになるってことが分かったわ」

「……」


 日向の前にいつものノンアルコールのカクテルが置かれた時、日向はジッと怜の方を見た。まるで拗ねている少年である。

 分かりやすく嫉妬している日向を見て、亜里沙はクスっと笑った。

「怜さんはどういう人を好きになるんですかっていうのは聞いちゃったわよ」と亜里沙。

「え? 何て言ってたの? 何て? 何て?」と必死になる日向を見て亜里沙も怜も笑いが止まらなかった。


「自分で聞きなさいよ、というかこんなに通ってたら分かってんでしょ? 日向ったら……じゃあ、あたし明日早いからこれで。怜さん、また……来ますね」

 そう言って亜里沙は帰っていった。


「怜さん……亜里沙と何喋ってたの?」

「色々だな」

「……怜さんのこと頼りになるって言ってたね」

「彼女だけじゃない、ここには色々な悩みを抱える人が来るからな」

「そうだね……僕だってそうだったよね」


 明らかに嫉妬しているひなも見ていて楽しいな、と怜が思う。

「じゃあ、僕からも聞くけど……怜さんはどういう人を好きになるんですか?」

「え?」

 ここでそれを聞くのか……? よっぽど亜里沙と俺の会話が気になるんだな。


「……素直で放っておけないような人」

「そうか……素直で放っておけない人になれば……怜さんはもっと僕のこと、見てくれるんだよね?」

 いや、ひなのことを言ったのだが……と怜は思いながら、

「そういうことになるな」と言った。

 ひなが、さらに素直でさらに放っておけない人になったら……どうなるのだろうか? と考える怜。


「はぁ……疲れちゃった」

「さっき言っていた、大学の課題が大変なのか?」

「うん、それもあるけど……」

 日向が怜を見つめる。

「疲れちゃったから2階に行っていい?」

 いつもよりだいぶ早い2階行きである。



 2階に行った日向が言う。

「僕……怜さんと一緒にソファに座ったら疲れがマシになるかも」

 そういうことで2人でソファに座る。日向が怜の肩に頭を乗せた。

「僕……嫉妬しちゃったな。怜さんが亜里沙の相談に乗ってたって聞いて」

「やっぱりな」

「ええ? 分かってたの?」

「分かりやすくて……嬉しかったさ」


「本当?」

「教えてやるよ、俺がどういう人を好きになるかって……一言でいうと」

「一言でいうと?」

「……」

「……」

「ひな」


 怜にそう言われ、抱き寄せられた。

「ちゃんと答えたぞ? そういうお前はどういう人を好きになるんだ?」

「……」

「……」

「怜さん」


 2人は甘い口付けを交わした。

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