休日の朝は日向も怜も起きるのが遅い。しばらくベッドで寄り添いながら過ごすためなかなか起き上がれない。だがその時間が幸せである。怜が起きたら日向が抱きついていたことも何度もある。
「ひな……いつまでそうしてるんだよ」
「……ずっと」
「おい……」
そう言いながらも怜は日向の髪を優しく撫でてくれる。ゆっくりと2人のペースで時間が流れていく。
街中は夕方になるとイルミネーションの光に包まれていた。今はクリスマスシーズンでありイルミネーション通りは恋人達が行き交っている。そこにいる日向と怜の2人。
「ここ……初めてきた」と日向。
自分には縁のない場所だと思っていたのだ。光り輝くイルミネーションにただただ驚いている。
「俺もこんな所は来ないからな」と怜。
それでも2人で見に行きたいと話していたので今日ここにやってきた。
「ひな」と怜が腕を差し出す。
「え……」
「恥ずかしがることなんてないさ。俺はひなと……」
日向が嬉しそうに怜と腕を組んだ。
「怜さん、寒いけどあったかいね」
「フフ……」
自分達も恋人同士。こうやって歩いてもいいのだ。嬉しすぎてイルミネーションをあまり見ることができていない。
「あ!」と日向が言う。
「どうした? ひな」
「クリスマスといえばプレゼントだよね? 僕、怜さんに何も用意してなかった……」
「気にしなくていいぞ」
「そう? じゃあ……僕、新しいキーケース欲しくて、その……怜さんもお揃いで……」
「確かに新しいのが欲しいな、見に行こうか」
そしてデパートで2人はお互いへのクリスマスプレゼントということで、同じキーケースを買った。ここに同じ鍵をつけるのが楽しみである。イルミネーションを見ながら日向が言う。
「1人で見ても綺麗かもしれないけど……誰かと一緒だともっと綺麗に見える」
「不思議なもんだな」
「怜さん……これからも……僕と一緒にいてくれる?」
「もちろん」
どうしてだろうか。日向は楽しいことがあると翌日が来てしまうことが辛く感じてしまう。まだ不安が完全になくなったわけではない。先のことを考えたって仕方ないことはわかっているが……
日向が言う。
「怜さん、僕はいつも考えてしまうんだ。この幸せがいつまで続くのかなって。暇だからそういうことを考えるんだろうって言われたこともある。だけど、これまでこんなこと……恋人っていう人とこんなに長い間過ごしたことがなかったから……今、怜さんとこうして一緒にいるのが、まだ少し信じられなくて」
日向が怜の腕から離れず、ぎゅっとくっついたままである。
「ひな、多かれ少なかれ……皆、不安を抱えているものさ。明日のことを考えてしまう気持ちもわかるが、先のことなんて誰にもわからない。それでいいんだよ。そういうものだからな。こういう時、俺の場合は……何も考えずにただ、ひなのことを見ていたい」
「怜さん……」
「ひな……」
「うぅ……駄目だな、僕は。また……泣いてしまいそうだ」
「それなら俺も駄目だな。また……抱き締めたくなってしまう」
「じゃあ泣く……って思ったら、ちょっと落ち着いたかも」
「ハハハ……」
「もう怜さん笑わないでよ……」
「『じゃあ泣く』って宣言するものなのかと思って」
「こうしてもらいたいだけだよ、不安な時は」と日向が言って怜にぎゅっと抱きつく。
「いつでもどうぞ」と怜も言って日向をぎゅっと抱き締める。
「……」
「……」
「……あのね怜さん」
「ん?」
「いつもこんな僕のことを……受け入れてくれる怜さんが……大好きなんだ」
「俺だって……こんな自分を頼ってくれるひなが大好きだ」
イルミネーション通りの端の方で2人は抱き合い口付けを交わした。外でこんなことをするのは初めてであるが、イルミネーションの光が2人の仲を見守るように優しく輝いており、恥ずかしさはいつの間にかどこかにいってしまったようだ。
※※※
日向は冬休みにも怜のバーのアルバイトをすることとなった。ようやく慣れてきたようで、頼もしい。そこに亜里沙と景子が来てくれた。
「日向くん、いつものお願いね」と景子。
「いつもの……はい! かしこまりました。怜さん、いつもの」
「おい、いつものって何だよ……フフ」
「あ、言ってみたかっただけです……」
「ちょっと景子ったら……日向をからかうのやめなさいよ」と亜里沙。
「あぁ憧れるわね。あの『いつもの』って言うの」
「じゃあ、そのぐらい通ってもらえたら分かるかもしれないな」と怜。
「しっかり常連客を逃がさないようにしているの、さすがだわ怜さん」と景子。
「日向もバイト慣れてきたみたいね」と亜里沙。
「うん、だって怜さんがね……」
「ひな、向こうのテーブル」
「あ、はい……」
明らかに自分の話をされそうだったので、日向に別のテーブルに行ってもらう怜である。
年末の慌しさもある中で、こうしてお店に来てもらって少しでもゆっくりできれば。そんなことを怜が言っていたなと思いながら、日向は客の対応をしていた。
そのような中、明るい茶髪で洗練された雰囲気の大学生が、自分の彼女を連れて怜のバー「ルパン」の前で立ち止まる。
「
「ちょっと入っていいかい?」
そう言って2人はバーに入った。
「いらっしゃいませ。お2人様ですね。どうぞカウンターへ」と日向。
翔と彼女がカウンター席に座る。すぐに景子が亜里沙に小声で言った。
「あの人、カッコイイわね……」
「ほんとだ、彼女も綺麗」と亜里沙。
「こちらメニューです」と日向。
「ありがとう……君、名前は?」と翔が言う。
「日向です」
「……可愛いね」
「え?」
驚く日向。振り向く彼女。そして亜里沙と景子もフリーズしてしまった。
「ようこそいらっしゃいました、こちら本日のおすすめです」と怜が翔と彼女に別のメニューを見せる。微妙な空気をどうにかしたかったようだ。
「あなたは……怜さんですか」と翔が尋ねる。
「はい」と怜が言う。
「そうですか、いいバーテンダーがいると聞いたもので」と翔。
日向は「可愛い」なんて冗談だろうと思ってはいたが、優しい声で言われたことに少しドキドキしてしまった。そしてこの人は怜のことを知っているのだ。口コミだろうか。
そして客の対応をしながら時間は過ぎていき、閉店の時刻となる。日向と怜は家に帰ってきた。
「今日来ていたあの人……怜さんのこと知ってたんだね。そういうことって多いの?」
「たまにあるぐらいだな、それよりも俺は……あの客が明らかにひなに好意を持っていたようにしか……見えなくて」
「え? 確かにいきなり『可愛い』とか言われたけど……彼女さんもいたよ」
「俺の思い違いだと良いのだが……」
「もしかして……嫉妬してる?」
「……そうみたいだ」
日向の頬が染まっていく。嬉しさと恥ずかしさで俯いてしまった。
「今夜はひな……寝かさないから」
「ええっ?」
怜が日向をこれでもかというぐらい、きつく抱き締めている。
「やだな怜さん……僕は……」
その唇は怜に塞がれてしまう。日向は怜に身を任せて甘い時間を過ごした。
僕から離れないで……怜さん。
絶対に離さない……ひな。
バーを出た後すぐに彼女と解散し、自宅に帰った翔が呟いた。
「怜……間違いない……やっと見つけた……父さんだ……」