そして広樹とショッピングモールに行く日。凪はファミリーセールで広樹に選んでもらったペールブルーのシャツを着て待ち合わせ場所へ向かった。着心地が良くて気分も前向きになっている。
不思議だ……まるで本当にこのシャツのような……爽やかな自分になれるような気がする。
「おはよう、凪くん」
「おはようございます、ヒロさん」
凪がペールブルーのシャツを着ているのを見た広樹。
すごく……いい。それしか言えない。とにかく……いい。
「凪くん、シャツがとても似合っているよ。君にぴったりだな、良かったよ」
「本当ですか……? 僕もこれを着ると明るくなれるような気がして」
凪が嬉しそうに広樹に笑った。
その笑顔……最高だ……可愛い……今日はあと何回その笑顔を見せてくれるのだろうか……と広樹は思う。
「ヒロさんも……素敵です……いつも……お洒落だなと思っているのですが……今日も格好いいです……」
凪がうっとりとした表情になる。
「そんなに褒めてもらえると照れるな、よし行こうか」
広樹は紳士服に関しては詳しいため、凪に合いそうな店を選んでくれた。
「気に入らなければ遠慮せずに言ってくれていいんだよ」と広樹は言うが、
「そんなことないです……ヒロさんの選んでくれる店なら……」と凪は広樹についていく。
春夏に着ることのできそうな服を選んで、試着する。広樹の選ぶ服にハズレはない(と凪は思っている)。ちょうどいい値段で着回しもできて、かつお洒落なデザイン。
試着するたびに凪が嬉しそうに笑う姿を見て、広樹はかなりドキドキしていた。
可愛い……こんな笑顔見せられたらもう……だけど彼は大学生。ここは落ち着かなければ……
ランチをしながら凪が言う。
「ヒロさんのおかげで、またいい買い物ができました……お忙しいのに……こんな僕に付き合っていただいて……ありがとうございます」
「いや、いいんだよ。俺も凪くんの服を選ぶのが楽しくてさ。つい……色々まわっちゃったな。疲れてないか?」
「大丈夫です……ああ、着るのが楽しみだなぁ」
そう言って凪が笑顔を見せる。広樹は凪の笑顔にどんどん癒されていくのを感じた。
「凪くんの笑顔を見ていると……この仕事やってて良かったって思うよ。それだけじゃない……君の笑った顔……ずっと見ていたい……」
「ヒロさん……」
「……あ! 悪い……変なこと言ってしまったかな。気に入った服を着て、君が幸せでいられるなら嬉しいよ」
「僕は……今とっても幸せです……ヒロさんと一緒にいられて……」
俺と一緒にいられて幸せ……? まさか。俺、普通におじさんなのだが……どういう意味に取ればいいんだ……
だが……俺だって君の笑った顔を見ていると幸せなんだよな……
「凪くんなら、きっとこの先……いい出会いが待っているよ。あ、もしかしてもう彼女とかいたかな? きっとみんな惚れ惚れするぞ」
「ヒロさん……僕は……」
凪が俯いてしまった。
俺、何か変なこと言ったか?
「あの……僕……」
凪が何か言いたそうにしている。
だがこの店だと何だかゆっくり話せなさそうだと思った広樹は、
「店、変えるか?」と言った。
そして落ち着いた喫茶店に来た2人。
凪の表情が固い。さっきまで笑ってくれていたのに、どうしたものか。
「……何か俺、凪くんの気になること言ってしまったかな?」と広樹が言う。
「ち、違うんです……ヒロさんは悪くないです……」
「そうか……何かあったのか? 俺で良ければ話を聞くぐらいはできるけど……」
「こんな話……ヒロさんにして良いのかわからないのですが……僕は……女の子が苦手なんです」
そうなのか。こんなに綺麗な顔立ちをしていて割とモテる方だろうと思っていたのに。
「だから……彼女とかもういいかなって」
それでさっき俺が「彼女」と言ったことを気にしていたのか。
「そうだったのか……色々あったんだな」
「僕は……期待はずれだと言われたこともあって……全然気が利かないし、頼りにもならない……男としてはもう……」
凪が辛そうである。そんな風には全然見えなかったのに……今風の大学生だと思っていた。それにあんな笑顔見たら……誰だって好きになりそうなのに。
「凪くん。男として、とかいう考えもあるかもしれないけど……俺は君が期待外れだなんて思ったことはない。俺の会社のファミリーセールに来てくれるし、俺が選んだ服を喜んで着てくれる。そしてあんなに素敵な笑顔を見せられたら……君に夢中になってしまうじゃないか。俺は凪くんは……会うたびにますます好きになる、そんな人だと思っているよ」
好き……ヒロさんが僕を……?
凪は恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。
「ヒロさん……そんな……僕だって……ヒロさんに会えたから……ヒロさんに服を選んでもらえたから……ヒロさんだから良かったんだ……」
広樹が考えている……これはどういう状況だ? 今時の大学生が、俺みたいなおじさんに向かってこんなに真剣になってくれている……ここからどうすればいいんだ?
「ヒロさんは……僕じゃだめですか……? 僕はこれからも……ヒロさんに服を選んでもらって……こうやって一緒に出かけたいんです……」
何なら「貴方色に染まりたいです」とでも言いたいが……さすがに引かれるかもしれないから今は言わないでおこうかな……と思った凪である。
「凪くん……そんなこと言ってもらえるなんて思ってなかった。嬉しいよ……俺ももしかしたら似たようなものかもしれないが……話してもいいかい?」
「はい……!」
「俺は職業柄、人の服を選ぶのが好きでね。その人の新しい魅力を見つけることができた時には、喜びを感じるんだ。きっと相手も同じように喜んでいると思って、よくショッピングモールには行ったさ。ただ……ある時言われたんだよな」
「……何と言われたのですか?」
「私はあなたの着せ替え人形じゃない、とな」
凪が驚いている。
「そうだったのですね……ヒロさんでもそんなこと言われるんだ……」
「女性が全員そうなのかどうかはわからないけれど……そういうこともあって独身、フリーってわけさ」
「僕は……嬉しいので……ヒロさんに選んでもらった服なら何でも嬉しいから」
凪が広樹に笑顔を見せる。
だめだ……そこまで言ってくれて、そんな可愛い笑顔されたら……俺は凪くんのこと……本気になってしまうじゃないか。
そして帰り道、2人はショッピングモール前の静かな並木道を歩いている。
ペールブルーのシャツを着た凪が並木道を歩いていると、雑誌に載りそうなぐらいに魅力的である。
こんな素敵な子を……俺は好きになってしまって良いのか……
凪が立ち止まった。そして広樹の腕をつかむ。
「凪くん……?」
「僕は……ヒロさんの着せ替え人形になってもいいです……というか……そうなりたい……」
凪の言葉に広樹が驚く。
「ええっ……いや……無理しなくていいんだぞ? 昔の話だからな?」
「無理なんてしていません……僕の本心です。初めて見た時から……ヒロさんのことずっと気になってて……そして格好いいヒロさんに服を選んでもらって嬉しすぎて……僕……もう……ヒロさんの色に染まりたい……」
凪がそう言って広樹に抱きついた。
「な……凪くん……俺だいぶ年離れてるんだけど……」
「日向くんだって怜さんと付き合ってるじゃないですか……いや、そうじゃなくても……僕には……ヒロさんが必要なんです……」
これって……本当にいいのか? 広樹が迷っている。だけど……俺の気持ちは……君の笑顔をこれからもずっと見ていたいということ。
「俺も……凪くんのこと……必要かも……どうしよう……」
「本当?」
凪が広樹を見て笑顔になった。広樹はそれを見て決心したようだ。
「凪くん……可愛い……君の笑顔をずっと見ていたい……だから俺でいいのなら……」
「ヒロさん……! 僕はヒロさんがいいんです……」
熱い抱擁を交わしている2人。そして、凪が言う。
「ヒロさん……今日買った服……着てみたくなったな……どういう風に合わせるのがいい? 教えて……」
「な、凪くん……そうだな……」
凪がじっと広樹を見つめている。めちゃくちゃ見られている。これって……そういうことで合ってるのか?
「じゃあ……うちに来るか?」
広樹にそう言われ、凪は笑顔で頷いた。