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第49話 ご褒美

 広樹の家に来た凪。

「すごい……お洒落……」

 モノトーンで綺麗に整頓されたお洒落な部屋。家具のセンスも良く、まるでどこかのモデルルームのよう。だけど生活感はあって、いつもの広樹が纏っているあのいい香りがするような……心地よい部屋であった。


「まぁ座って。ゆっくりしていってな」

 そう言われて凪は黒いソファに座る。

 よく分からないけど、このソファもすごくいいブランド物のような気がする……


 そしてお茶をいただいて休憩した後、凪が言う。

「ヒロさん……今日のシャツにこのズボン合わせるといいのかな?」

「そうだな」

「じゃあ履いてみる」


 凪が目の前で着替えるので、広樹はちょっと目を逸らして別の方を向いていた。同じ男性なのに恥ずかしいのは何故だろうか……

「ヒロさん、どう?」

「おお、似合うな。そのボトムスにこのシャツも合うから」と今日買ったシャツも取り出す。

「じゃあ上のシャツをこれに変えたらいいんだね……ヒロさん……手伝ってほしいな……」


「ええ?」と広樹が驚く。

 自分で着れるだろうとは思ったがこれは……本当に着せ替え人形になりたいっていう表情のような気が……

「じゃあ……はい、それ脱いで……」


 シャツを脱がせるなんて、はたから見れば恋人同士がこれからそうする、ということではないか。色白で綺麗な腕が見え、少し触れるだけで気持ちが抑えられなくなる。

 インナーはそのままで、その上から今日買ったシャツを着せるはずなのに進まない。むしろ全て脱がせてしまいたい。


「俺、どうしたんだろうな……着替えを手伝うつもりが……」と広樹が戸惑う。

 そんな広樹を見て凪は、

「いいよ、ヒロさん……そのために来たんだから」と言った。しかも万歳をして待っている。なので、ゆっくりとインナーを脱がせると凪が、

「ヒロさん……」と言いながら抱きついてきた。

 すべすべの肌……愛おしい……その心地良さに触れながら……広樹は凪と唇を重ねた。そして凪の綺麗な顔立ちがさらに綺麗に見えて、広樹は夢中で凪にキスを繰り返した。


 凪は頬を赤らめ、瞳を潤ませながら言う。

「ひ……ヒロさん……好き」

「凪くん……俺も……好きだよ」

「ねぇ、凪って呼んで……僕のこと」

「それじゃあ……凪……」


 呼び捨てにされたのが嬉しかったようで、凪が広樹にまた笑顔を向ける。こんな至近距離でこの笑顔……広樹は再び凪の唇を塞ぐ。凪は幸せそうな表情になり、2人はそのまま身体を重ねるのであった。



※※※



 数日後、

「いらっしゃいませ」という声とともに凪が広樹と腕を組んでやって来た。

 先に来ていた拓海が驚く。広樹と腕を組んでいる上に、凪の服のトーンが明るいものとなっており洗練されたファッションである。


「おい……凪……まさかヒロさんと……?」

「……そういうことだよ」

「早くないか……?」

「そうかな? だって好きになったんだから仕方ないだろう? 僕から見れば……拓海が遅すぎると思うけど」

「……どうすればそうなるんだよ」

 拓海が少し羨ましそうに見ている。


「簡単なことだよ。好きですっていうオーラを出しておけばいいんだから」

「そんなに簡単にできれば苦労しないって……」

「今日は翔くんはいないんだね」

「ああ、1人でボーッとしたい時にもここに来るんだよ」

「それでも翔くん誘いなって」

「そう言われても……」


 そして怜も、広樹と凪は両想いかもしれないとは思っていたものの、本当に付き合うことになったと聞いてやはり驚いていた。

「おい怜、お前だって日向くんがいるじゃないか」と広樹。

「まぁそうだが……ショッピングモール、楽しめたか?」

「そりゃあもう……楽しかったさ。そこでその……色々あってな、付き合うことになった」

 凪が隣で嬉しそうに広樹を見つめている。


「お幸せにな。凪くん、困ったことがあれば俺からヒロに言うから」

「はい!」

「おい凪、返事良すぎないか?」と広樹が言うが、凪がニコニコしていたので……可愛いから許してしまった。



 そして、

「いらっしゃいませ」という声とともに日向も来た。すぐに凪のファッションに気づいた日向。

「わぁー凪くんお洒落……ショッピングモール行ってきたの?」

「うん、ヒロさんが……選んでくれたんだ。日向くんは映画楽しかった?」

「楽しかったよ、面白くてあっという間に時間が過ぎちゃった、ね、怜さん♪」

「ああ、そうだな」


 凪のお洒落なファッションに気づいた日向であったが、日向も怜にプレゼントされたシャツを着ていた。

「あ……それは……うちのブランドだね?」広樹が気づく。

「怜さんがプレゼントしてくれたんだ……」

「似合っているよ、日向くん」と凪も言う。


「凪くんは……全身ヒロさんにコーディネートしてもらったの?」と日向が尋ねる。

「うん……」凪が少し赤くなっている。広樹に着替えさせてもらう時のことを思い出しているようだ。

「いいなぁ、僕もヒロさんにコーディネートしてもらいたいな」

「え?」 凪と広樹が同時に声をあげる。

「あれ? 僕何かおかしいこと言った?」と日向。


 凪と広樹の中ではコーディネートしてもらう→着替えさせてもらう→そしてそのまま……の流れだったので、2人とも恥ずかしそうにしている。

 もちろんこの2人の間でしかこんなことはしないので、普通に服を選ぶぐらいなら構わなさそうではあるが……少し凪が微妙そうな顔をしている。


「凪……妬いてる?」と広樹が小声で言う。

「……そうかも」と凪。


 その様子に気づいた怜が、日向に言う。

「ひな、俺がコーディネートしてやろうか?」

「え……怜さん……何で?」

 ひな……やっぱりお前は鈍感だな(でも可愛い)……この2人の仲睦まじい雰囲気を見て、まだ分からないか……

 とりあえず、俺のやり方で……

「ひな、ヒロも最近忙しいみたいだからさ、その……代わりにご褒美あげるから」


 日向がぱっと笑顔になった。尻尾を振っている犬バージョンのひな、出来た。と思う怜である。

「怜さんのご褒美……? ご褒美……」

「はい、サービス」

 ピンク色の甘い香りがする……ローズカクテル(日向専用でノンアルコール)である。


 前に怜が日向のために作ったもので「愛している」「抑えきれない理性」という意味があり、甘酸っぱい香りとその意味合いに酔いしれながら……これを飲んだ日には2人でどれだけ愛し合っていたか。

 一時期、家でも作っていたものの、これを飲むとお互い「抑えきれない理性」となるようで、確実に寝不足になるためしばらく控えていた。だが、このタイミングで久々のローズカクテルの登場に日向は一気に顔が熱くなっていくのを感じた。


「あれ、日向くん大人しくなったな」と広樹。もう大丈夫だから、と目で合図を送る怜であった。

「怜さん……今日は……そういうこと?」

 日向が甘えた表情になる。

「そういうこと」と怜に言われ、日向は嬉しそうにローズカクテルを口にした。甘酸っぱい……怜さんが「お前を愛しているということだ」と言ってくれたのを思い出す……


「へぇ……日向くんはそうなるんだ」と凪が言う。

「分かりやすいな」と拓海。

「拓海だってわかりやすいよ? あ、でも翔くんにはもっとアプローチしないとずっと親友止まりだよ?」

「おい……俺達には俺達のペースってものがあるんだから」

「俺『達』かぁ……まぁいいんじゃない?」


 同性愛だなんて無縁だと思ってたのに、翔に対する気持ちはやはりそういうことなのだろうか……そしてこのバーに2組も同性同士のカップルが普通にいる。皆幸せそうだ、羨ましいと思ってしまうのは……自分にもそういう想いがあるからなのだろうか。


 凪が話す。

「拓海、僕はこれで良かったって思ってる。ヒロさんと出逢えて、怜さんや日向くんとも知りあえて、ちゃんと自分に向き合うことができた。だから……拓海も素直になりなよ」

「凪……」


 素直な日向や凪。それに比べると一緒にいる時間は長いものの、翔への気持ちを伝えられていない自分。だけど「親友」という言葉で出来るだけ長い間、翔の近くにいたいとも思う。


「ま、拓海のペースで頑張れば? 翔くんが誰かに取られないうちにね」と凪。

 そう言ったと思えば、広樹に対してはニコニコと笑顔を見せており、「ヒロさん……」と甘えている。

 凪って……こんな奴だっけ? 

 そう思いながら拓海はカクテルを飲んでふぅと息をついた。



※※※



 凪と広樹が仲良く帰っていき、拓海も帰った後、閉店の時間となった。従業員も帰ったが日向が残っている。

「ひな、久々のローズカクテルだったな」

「怜さん……怜さん……」

 店の奥で抱き合いながら口付けを交わす2人。すでに日向の顔がほてっている。

「ひな……続きは家で」

「……はーい」


 こうして2人も家に帰って行った。

 そしていつも通り、プラス甘酸っぱいローズカクテルの味を思い出しながら……2人は一晩中、何度も求め合っていた。

「ローズカクテル……また欲しいな、怜さん……」と言いながら日向は怜と唇を重ねていた。



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