広樹の家に来た凪。
「すごい……お洒落……」
モノトーンで綺麗に整頓されたお洒落な部屋。家具のセンスも良く、まるでどこかのモデルルームのよう。だけど生活感はあって、いつもの広樹が纏っているあのいい香りがするような……心地よい部屋であった。
「まぁ座って。ゆっくりしていってな」
そう言われて凪は黒いソファに座る。
よく分からないけど、このソファもすごくいいブランド物のような気がする……
そしてお茶をいただいて休憩した後、凪が言う。
「ヒロさん……今日のシャツにこのズボン合わせるといいのかな?」
「そうだな」
「じゃあ履いてみる」
凪が目の前で着替えるので、広樹はちょっと目を逸らして別の方を向いていた。同じ男性なのに恥ずかしいのは何故だろうか……
「ヒロさん、どう?」
「おお、似合うな。そのボトムスにこのシャツも合うから」と今日買ったシャツも取り出す。
「じゃあ上のシャツをこれに変えたらいいんだね……ヒロさん……手伝ってほしいな……」
「ええ?」と広樹が驚く。
自分で着れるだろうとは思ったがこれは……本当に着せ替え人形になりたいっていう表情のような気が……
「じゃあ……はい、それ脱いで……」
シャツを脱がせるなんて、はたから見れば恋人同士がこれからそうする、ということではないか。色白で綺麗な腕が見え、少し触れるだけで気持ちが抑えられなくなる。
インナーはそのままで、その上から今日買ったシャツを着せるはずなのに進まない。むしろ全て脱がせてしまいたい。
「俺、どうしたんだろうな……着替えを手伝うつもりが……」と広樹が戸惑う。
そんな広樹を見て凪は、
「いいよ、ヒロさん……そのために来たんだから」と言った。しかも万歳をして待っている。なので、ゆっくりとインナーを脱がせると凪が、
「ヒロさん……」と言いながら抱きついてきた。
すべすべの肌……愛おしい……その心地良さに触れながら……広樹は凪と唇を重ねた。そして凪の綺麗な顔立ちがさらに綺麗に見えて、広樹は夢中で凪にキスを繰り返した。
凪は頬を赤らめ、瞳を潤ませながら言う。
「ひ……ヒロさん……好き」
「凪くん……俺も……好きだよ」
「ねぇ、凪って呼んで……僕のこと」
「それじゃあ……凪……」
呼び捨てにされたのが嬉しかったようで、凪が広樹にまた笑顔を向ける。こんな至近距離でこの笑顔……広樹は再び凪の唇を塞ぐ。凪は幸せそうな表情になり、2人はそのまま身体を重ねるのであった。
※※※
数日後、
「いらっしゃいませ」という声とともに凪が広樹と腕を組んでやって来た。
先に来ていた拓海が驚く。広樹と腕を組んでいる上に、凪の服のトーンが明るいものとなっており洗練されたファッションである。
「おい……凪……まさかヒロさんと……?」
「……そういうことだよ」
「早くないか……?」
「そうかな? だって好きになったんだから仕方ないだろう? 僕から見れば……拓海が遅すぎると思うけど」
「……どうすればそうなるんだよ」
拓海が少し羨ましそうに見ている。
「簡単なことだよ。好きですっていうオーラを出しておけばいいんだから」
「そんなに簡単にできれば苦労しないって……」
「今日は翔くんはいないんだね」
「ああ、1人でボーッとしたい時にもここに来るんだよ」
「それでも翔くん誘いなって」
「そう言われても……」
そして怜も、広樹と凪は両想いかもしれないとは思っていたものの、本当に付き合うことになったと聞いてやはり驚いていた。
「おい怜、お前だって日向くんがいるじゃないか」と広樹。
「まぁそうだが……ショッピングモール、楽しめたか?」
「そりゃあもう……楽しかったさ。そこでその……色々あってな、付き合うことになった」
凪が隣で嬉しそうに広樹を見つめている。
「お幸せにな。凪くん、困ったことがあれば俺からヒロに言うから」
「はい!」
「おい凪、返事良すぎないか?」と広樹が言うが、凪がニコニコしていたので……可愛いから許してしまった。
そして、
「いらっしゃいませ」という声とともに日向も来た。すぐに凪のファッションに気づいた日向。
「わぁー凪くんお洒落……ショッピングモール行ってきたの?」
「うん、ヒロさんが……選んでくれたんだ。日向くんは映画楽しかった?」
「楽しかったよ、面白くてあっという間に時間が過ぎちゃった、ね、怜さん♪」
「ああ、そうだな」
凪のお洒落なファッションに気づいた日向であったが、日向も怜にプレゼントされたシャツを着ていた。
「あ……それは……うちのブランドだね?」広樹が気づく。
「怜さんがプレゼントしてくれたんだ……」
「似合っているよ、日向くん」と凪も言う。
「凪くんは……全身ヒロさんにコーディネートしてもらったの?」と日向が尋ねる。
「うん……」凪が少し赤くなっている。広樹に着替えさせてもらう時のことを思い出しているようだ。
「いいなぁ、僕もヒロさんにコーディネートしてもらいたいな」
「え?」 凪と広樹が同時に声をあげる。
「あれ? 僕何かおかしいこと言った?」と日向。
凪と広樹の中ではコーディネートしてもらう→着替えさせてもらう→そしてそのまま……の流れだったので、2人とも恥ずかしそうにしている。
もちろんこの2人の間でしかこんなことはしないので、普通に服を選ぶぐらいなら構わなさそうではあるが……少し凪が微妙そうな顔をしている。
「凪……妬いてる?」と広樹が小声で言う。
「……そうかも」と凪。
その様子に気づいた怜が、日向に言う。
「ひな、俺がコーディネートしてやろうか?」
「え……怜さん……何で?」
ひな……やっぱりお前は鈍感だな(でも可愛い)……この2人の仲睦まじい雰囲気を見て、まだ分からないか……
とりあえず、俺のやり方で……
「ひな、ヒロも最近忙しいみたいだからさ、その……代わりにご褒美あげるから」
日向がぱっと笑顔になった。尻尾を振っている犬バージョンのひな、出来た。と思う怜である。
「怜さんのご褒美……? ご褒美……」
「はい、サービス」
ピンク色の甘い香りがする……ローズカクテル(日向専用でノンアルコール)である。
前に怜が日向のために作ったもので「愛している」「抑えきれない理性」という意味があり、甘酸っぱい香りとその意味合いに酔いしれながら……これを飲んだ日には2人でどれだけ愛し合っていたか。
一時期、家でも作っていたものの、これを飲むとお互い「抑えきれない理性」となるようで、確実に寝不足になるためしばらく控えていた。だが、このタイミングで久々のローズカクテルの登場に日向は一気に顔が熱くなっていくのを感じた。
「あれ、日向くん大人しくなったな」と広樹。もう大丈夫だから、と目で合図を送る怜であった。
「怜さん……今日は……そういうこと?」
日向が甘えた表情になる。
「そういうこと」と怜に言われ、日向は嬉しそうにローズカクテルを口にした。甘酸っぱい……怜さんが「お前を愛しているということだ」と言ってくれたのを思い出す……
「へぇ……日向くんはそうなるんだ」と凪が言う。
「分かりやすいな」と拓海。
「拓海だってわかりやすいよ? あ、でも翔くんにはもっとアプローチしないとずっと親友止まりだよ?」
「おい……俺達には俺達のペースってものがあるんだから」
「俺『達』かぁ……まぁいいんじゃない?」
同性愛だなんて無縁だと思ってたのに、翔に対する気持ちはやはりそういうことなのだろうか……そしてこのバーに2組も同性同士のカップルが普通にいる。皆幸せそうだ、羨ましいと思ってしまうのは……自分にもそういう想いがあるからなのだろうか。
凪が話す。
「拓海、僕はこれで良かったって思ってる。ヒロさんと出逢えて、怜さんや日向くんとも知りあえて、ちゃんと自分に向き合うことができた。だから……拓海も素直になりなよ」
「凪……」
素直な日向や凪。それに比べると一緒にいる時間は長いものの、翔への気持ちを伝えられていない自分。だけど「親友」という言葉で出来るだけ長い間、翔の近くにいたいとも思う。
「ま、拓海のペースで頑張れば? 翔くんが誰かに取られないうちにね」と凪。
そう言ったと思えば、広樹に対してはニコニコと笑顔を見せており、「ヒロさん……」と甘えている。
凪って……こんな奴だっけ?
そう思いながら拓海はカクテルを飲んでふぅと息をついた。
※※※
凪と広樹が仲良く帰っていき、拓海も帰った後、閉店の時間となった。従業員も帰ったが日向が残っている。
「ひな、久々のローズカクテルだったな」
「怜さん……怜さん……」
店の奥で抱き合いながら口付けを交わす2人。すでに日向の顔がほてっている。
「ひな……続きは家で」
「……はーい」
こうして2人も家に帰って行った。
そしていつも通り、プラス甘酸っぱいローズカクテルの味を思い出しながら……2人は一晩中、何度も求め合っていた。
「ローズカクテル……また欲しいな、怜さん……」と言いながら日向は怜と唇を重ねていた。