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第50話 誰かを大事だと思うこと

 翔と拓海のゼミの授業、2回目。

 前回、体調不良で休みだった学生が1人、自己紹介をしていた。その顔を見て翔が驚く。


 葉月はづき……!

 彼女とは附属高校時代に付き合ったことがある翔。珍しく1年弱続いた仲であった(翔にとっては長い方である)。そして、そのことをもちろん知っている拓海も翔の方をちらちらと見ていた。


 授業が終わった後に葉月が翔のところにやってきた。

「翔、久しぶりね! まさかゼミが一緒だなんて」

「そうだね、驚いたよ。また会えるなんて」

 周りの女子達がヒソヒソと話している。翔の元カノだと分かるのにそこまでの時間はかからなかった。

「あれからも色々聞いたわよ、相変わらず長続きしないのね。しかも最近は……フリーなんですって?」


 な……なんという言い方するんだ、と思った拓海。思わず俺とは長い付き合いなんです! と言いそうになってしまった。

「僕なりに決めたんだよ。これからはちゃんと考えてから行動するってね」と翔が言っている。

「ふふ……それは楽しみだわ」と言って葉月は去って行った。


「まさか元カノと同じゼミなんて……」と翔が呟く。

「葉月ちゃんか……変わらないな」と拓海。

 翔と同じような明るさのある女子……彼女と付き合っていた頃が一番安定していたような気がするが、確か葉月は他に好きな人ができたんだっけ……その時も翔は、「ちょうど飽きてきた頃だったから別にいい」と言っていたような。


「拓海ー! 行くよ」

 翔に呼ばれたので、拓海が慌てて鞄を持って向かう。



 その日の夕方、怜のバーに来た拓海。

 隣で相変わらず仲良さそうにしている凪と広樹を見ながら、カクテルを飲んでいる。

 そして広樹が怜と話している隙に拓海が凪に言った。

「ゼミに翔の元カノがいた」

「へぇ……で?」

「何かモヤモヤしていて……」

「ふふ……」と凪が笑う。


 拓海はもともと翔が女子と付き合っていても何とも思っていなかった。だが、同じ男子である日向に翔が夢中になったのがきっかけで翔への気持ちに気づいた。なのに今度は女子である元カノが翔の近くにいると思うと……複雑な気持ちになる。これって翔を男女問わず、誰にも取られたくないってことか……?


「そういうことになるね、だから拓海は遅いって言ったじゃん。早く行動起こさないと」と凪に言われた。

「どうすれば……凪先生」

「先生って……今思ったことそのまま翔くんに伝えたらいいんじゃないの?」

「そうか……でもタイミングが……」

「ここに呼び出して僕達から言おうか?」

「……いや、それはいいから」



 すると、「いらっしゃいませ」という声とともに、翔が現れた。そして……隣にいるのは葉月であった。

「すごい……こんなにお洒落なバーがあるなんて。さすが翔ね」と葉月。

「お、拓海。来てたのか。何か葉月がついてきてしまって」

「ちょっと、ついて来るって言い方……もう翔ったら」


 どう見たって……翔は俺なんかより、葉月といる方がお似合いではないか……?


 凪が気づいたようで、

「大丈夫?」と気にかけてくれた。

「大丈夫じゃないかも……」

 ズーンとした空気の拓海。もう帰ろうかと思っていた。


「いらっしゃい、メニューをどうぞ」と怜が翔と葉月にメニューを見せる。

「翔、何がおすすめ?」

「これにしようかな……」

「じゃあ、私も同じのにしようかな」


 拓海は2人の会話を聞いているとやはり耐えられなくなったようで、

「翔、凪……先に帰るよ」と言って帰ってしまった。

「拓海……」と翔が拓海を目で追っている。

 どうしてだろう。このバーで拓海が隣にいないのは……何だか慣れない。


 そして、「いらっしゃいませ」という声とともに今度は日向がやってきた。

「怜さん! 今日ね、ゼミでね……」と怜と早速話している。


 そして日向が思い出したかのように言った。

「あのさぁ、僕やっぱりヒロさんにコーディネートしてもらいたい」

 ひな……覚えていたのか……と怜が思う。

「そうか、日向くん。そこまで言ってくれるならと言いたいところだけど……どうする? 凪……」と広樹が凪の方を見る。

「ええと……じゃあ店に行くだけなら」

「ん? 店に行くだけだよ?」と日向。

 その続きがあるんだよ……と凪と広樹が思い出して恥ずかしそうにしている。


 怜が言う。

「じゃあ……俺も一緒に行こうか? その方がいいだろう? ヒロも凪くんも」

「え? 怜さんも一緒に来てくれるの? やったー」日向が喜んでいる。

「ハハ……ダブルデートだな」と広樹。

「ダブル……デート……え?」

 日向がようやく広樹と凪の関係に気づいたようだ。

「日向くんがヒロさん誘うから、ちょっと嫉妬しちゃったじゃん」と凪が言う。

「凪くん……そうだったんだ……あ、ほんとだ。よく見たらお似合いだね」

「じゃあ、いつにしようか」と広樹がスケジュール帳を開く。


 その様子を見ていた葉月が驚いて翔に言う。

「嘘……男同士で……? 何か嫌……変わった人が多いのね、ここって」

「え……」

 葉月に言われて翔は考えていた。


 ここのバーに来る人は皆、優しくて(特にひなくんが最初可愛かったし)、どんな話でも受け入れてくれる。もちろん同性愛だなんて最初は驚くが、本人達の幸せそうな様子を見ればそれもありなんだと思う。

 だけど、中にはそれを嫌がる人だっているはずだ。自分は日向を好きになったし、怜と日向、そして広樹と凪を見てきたから慣れてはいるものの……葉月にとっては珍しいことだったようだ。


 別に構わない。考え方は人それぞれである。だが……葉月の今の言い方は……受け入れられない。「変わった人」だなんて……

「葉月……そんな言い方……やめろよ」と翔が言う。

「え? だっておかしいじゃないの。同性同士なんて、ああいうのは漫画の世界だけでしょう? 実際にいるなんて……」

「誰かを大事だって思うのに……好きだって思うのに……男も女も関係ないんだよ……!」

「翔……?」


 翔が立ち上がって言う。

「あの……ヒロさん、僕と拓海もご一緒していいでしょうか?」

「おっ……君も服を選んで欲しいのか?」

「それもあるんですが……みんなで出かけるって楽しそうだなと思って……」

「そうか、いいよな? みんな」と広樹が言う。

「うん! 翔くんも行こうよ」と日向。

「ありがとう」


 葉月が気づく。

「まさか……翔って……」

 自分が一番、翔とは長い間付き合えたこともあって、ちょっと周りに自慢していたこともあった。だから、ひょっとしたら翔はまた自分の所に戻ってくるかも、とほんの少しだけ期待していた。無理そうだなとは思っていたが、そういうことだったなんて……それなら今、フリーというのも分かる……


「翔、悪かったわ。私には理解不能だけど、言い方は気にしないと駄目ね……」

「葉月……」

「……もう帰るね、またゼミで」

 そう言って葉月は帰って行った。



 そして……葉月と入れ違うように拓海がバーに入ってきた。

 さっきは逃げて帰ったみたいでおかしかったよな……一応葉月ちゃんも同じゼミだし。

 そう思いながらカウンター席を見ると葉月がいない。翔や日向がワイワイと話していた。

「拓海……! 戻ってきたのか」

「翔、葉月ちゃんは?」

「…………帰った」

「そう……」

「それよりさ、この土曜日空いてる? ヒロさん達とみんなで出かけようって話になって」

「え? 空いてるけど……」

「じゃあ決まりだな!」

 翔が笑顔になった。


「凪……どうなってんの?」と拓海が凪に尋ねる。

「フフ……良かったね。翔くんと一緒に……トリプルデートだ」

「デ、デートって……」拓海が焦っている。

「大丈夫だよ、ヒロさんが服を選んでくれる話になって、じゃあみんなで行こうってなったんだ」

「そ……そうか……」

 拓海は何だかよく分からなかったが、翔と一緒に出かけられることは嬉しく思った。

 それに翔もいつも以上に明るい……拓海は当日が楽しみになってきたのであった。



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