夏休みとなり、日向はバー「ルパン」でアルバイトをしていた。怜はもうすぐ退院だろうか。一日がとても長く感じられる。
「いらっしゃいませ」と日向が入り口へ行くと、翔、拓海、凪の3人が来ていた。
3人をカウンターへ通す。そして別のバーテンダーがカクテルの注文を受けている。
「ひなくん……1人じゃ絶対寂しがるって思って来たんだよ」と翔。
「えっ……僕ちゃんとバイトしてるんだから。けど安心感があるかも」
「ほらやっぱり」
「怜さんはもうすぐ退院だっけ?」と凪。
「うん。そろそろだと思うんだけど……」
「退院してからもしばらくバーは休むんだろうな」と拓海。
「そうだね、少し時間がかかりそう」
「というかさ……僕一緒に来て良かったの? お二人の邪魔になってたりして」と凪がふざけたように言う。
「え? まぁ気にするなよ。ヒロさん、お酒控えているんだろ?」と拓海。
「うん……ここの雰囲気好きだから、ヒロさんと来れないのは少し残念だな。ノンアルコールはあるけど……誘惑に負けそうだからって」
「ヒロさん家に行けるならいいんじゃない? 結局さ、家が落ち着くよね。拓海……」と言いながら翔が拓海の方をじっと見つめるので、拓海は少しドキっとした。
「今日この後……ヒロさん家行こうかな」と凪。
「じゃあ拓海もこの後、僕の家に……」
「……わかったよ、翔」
「いらっしゃいませ」
亜里沙と亜里沙の彼氏であるサークルの先輩がバーにやって来た。日向がカウンターへ案内する。
「日向くん、アルバイトしているんだね」と先輩に言われ、
「はい、夏休みや冬休みに。お越しくださりありがとうございます」と日向が言う。
亜里沙が笑顔で先輩と話している。前に彼女から先輩とのことを相談されたが……
「メニューをどうぞ」と日向。
すると亜里沙が目で合図を送ってくれた。先輩に自分の事を正直に話して、うまく甘えられるようになったようだ。
「良かった、亜里沙と先輩もうまくいって」
この夏休み、みんな恋人と過ごしている。いいな、僕も早く怜さんと過ごしたい……
怜が入院しているという現実に急に戻された日向。
怜さん……今どうしてるのかな……ちゃんと食べられているのかな……客に呼ばれない時は、つい余計なことを考えてしまう。
※※※
そしてやっとその日が来た。
「怜さんが、次の水曜日に退院……!」
怜からメールが届いたのであった。
1週間と少しの入院であったが、日向にとっては長過ぎた。面会に行っても会えるのはほんの少しの時間だけ。寝る時も隣に怜がおらず1人。自分も頑張ろうと思っていたが、やはり怜のことを思い出すたびに……会いたい気持ちがどんどん大きくなっていく。
当日、日向は翔と一緒に怜の退院に付き添うため病院へ行った。
「父さん、お疲れ様」と翔。
「ああ、何とかなったよ。やっと退院だ」
日向が怜をじっと見て今にも泣きそうな顔をしている。
「れ……怜さん……」
「ひな……」
「良かった……やっと……うぅ」
「ひなくん、泣いてる?」
「いや……大丈夫」
食事や薬について看護師から説明を受けた後、会計を済ませて3人は病院を出た。
「父さん、ひなくん大学もアルバイトも頑張ってたよ。僕も頑張ってたけどね」
「そうか。ひなも翔も……心配かけたな。まだ本調子ではないが……もう大丈夫そうだ」
「無理しちゃ駄目だよ、父さん」
「まぁ気をつけるよ」
翔は怜と日向を家まで送り、自宅へ戻って行った。
約1週間半ぶりの自宅。物が片付けられて整理整頓されている。日向なりに家は綺麗にしておいたつもりであった。
「ひな……ありがとう。頑張ったんだな。本当に迷惑かけてすまなかったよ……」
怜がそう言うが日向が先ほどから大人しい。
「……そうだ怜さん、僕……これ作ってみたんだ。怜さん食べられるかな……」
温野菜や白身魚など胃に優しそうなおかずを昨日作っておいたのだった。どれも100均の調理グッズで簡単にできるものである。
「美味そうだな、ひな。ありがとう、今日の昼にいただくよ」
「良かった。怜さんの役に立てて……」
日向が前と比べて家事や料理も少しずつ出来るようになっている。頼りにはなるが……負担にはなってないだろうか。
「そうだ、怜さん……もらったお薬……ここに入れておく?」
日向が薬のケースを持ってくる。朝昼晩に分かれているものであり、これも自分で調べて買って来た。
「こんなのがあるのか……助かるよ」
日向が怜のために色々と動いている。
もう自分に甘えてばかりの彼ではないのだろうか……
「怜さん、疲れてるでしょ? ゆっくり休んでね」
そういえば病院のベッドが合わず寝不足だった……と思った怜は、
「じゃあ少し寝させてもらおうかな」と言った。
寝室に行くと日向のベッドの方に何故か自分の枕が縦向きに置かれている。これは……?
「ひな、俺の枕が……」
怜の言葉にハッと気づいた日向。毎晩心細くて怜の枕を抱いて眠っていたので、そのまま自分の場所に怜の枕が置きっぱなしになっていたのだった。
「あっ……それは……その……」
日向が顔を赤らめて言う。
「毎晩、怜さんの枕を抱いて眠っていました……」
「ひな……」
怜のいない間にしっかり頑張っていた日向であったが、夜は寂しい思いをしていたのだろう。怜は日向を強く抱き締める。
「怜さん……怜さん……」
「ひな……ごめん……俺のせいで……」
「違うよ……僕だって怜さんに頼ってばかりじゃ駄目だって思ってたんだ。でも、やっぱり怜さんがいないと……夜に怜さんが隣にいないと……寂しくて。また1人になるんじゃないかって思ってしまって……だから怜さんの枕を怜さんだって思って……」
「可愛い……ひな。そんなお前が可愛いよ……」
「枕も良かったけど……やっぱりホンモノの怜さんじゃなきゃ嫌だ……怜さんにずっと触れていたかった……」
「俺もだよ、ひな……一生懸命頑張っているひなも好きだが、俺にもっと……その……甘えてくれていいんだからな……さっき大人しかったし、お前から抱きついてこないなんて珍しいからさ。少し寂しかったんだぞ?」
「そうなの? じゃあ……怜さんの体調を優先しながら……こうさせて……」
日向が怜の背中に手を回してしがみついていた。
そして久々に唇を重ねる2人。ずっとこうしたかったんだと思いながら、ベッドでお互いを優しく包み込むように愛し合っていた。