「おはよ、ひな」
怜が日向の抱き枕状態になっているため、身動きが取れない。怜は日向の髪を撫でる。ひながここにいると安心する……自分も病室で1人、どれだけ心細かったことか。
「怜さん……早く会いたい……」
寝ぼけているのか日向がそう言っている。
「おい、もう俺はここにいるぞ?……フフ」
「……ん? あ……怜さん……おはよう」
「おはよ」
「……何か言ってくれてた?」
「ひなが早く会いたいって言うから、ここにいるって言った」
「えっ……!」
そんな事言ってたなんて……恥ずかし過ぎる……。
日向は布団を頭まで被って隠れた。
「ひな、顔が見えない」
「僕……毎日、寝言でそう言ってたのかな」
「俺だって早く会いたかったから、きっと同じさ」
ちらっと日向が布団から顔を出す。目の前に怜さんが……いる。
「怜さんがいる……怜さんが……」
そう言って日向はまた怜に抱きつくのであった。
怜はまだ一度に少しずつしか食べられないため、日向がおかずを小分けにしている。
「怜さんと一緒……」と余韻に浸っている日向。
「フフ……そんな新鮮な気持ちがいつまで続くかな」
「あ……嬉しくてつい。そうだ怜さん、仕事はいつ頃から出来そうなの?」
「そうだな……あと2週間ぐらいは様子を見ようかと」
「じゃあ、それまでゆっくりできるね」
「今までこんなに休んだことなかったからな……何をしようか。とりあえず軽い運動かな」
「あんまり無理しないでね、怜さん」
「そうだな」
「あのさ、一緒に面白いテレビ見たい」
「夏休みだしな」
「それと一緒にキッチンに立って料理したい」
「ほう……」
「あとは一緒にカードゲームするのもいいな」
「けっこうやること多いな……」
「けど一番は……」
そう言って日向が怜をソファまで連れて行って隣に座る。
「こうやってぼーっとしたい」
日向がぴったりとくっついており、怜の顔を見つめている。
「ソファが好きだな、ひなは……」と怜が言い、日向にキスをした。
※※※
怜の退院から数日後、広樹と凪が家に来てくれた。
「お邪魔します」
「ヒロさん、凪くん、こんにちは。どうぞ」と日向。
「これ、ちょっとしたものだが退院祝いだ」と広樹はノンアルコールのお洒落な飲み物を持って来てくれた。
「僕からもこれを持ってきました」と凪はおかずの入ったタッパーを取り出す。
「2人ともありがとう、こんなに……」と怜。
「調子はどうなんだ?」と広樹。
「少しずつだが食べられているよ。こんなにゆっくりしてて良いものか……ハハ」
「休める時に休まないとな。リフレッシュ休暇ってのが必要だったんだよ、怜は」
「リフレッシュ休暇って、実際にあるの?」と凪が尋ねる。
「あまり聞かないな……ちなみにうちにはないな。普通の休職制度は大体どの会社にもありそうだが」
「怜さん、自分のバーだとなかなか休もうって思えないよね……」と日向が言う。
「様々な働き方が出来るように工夫している企業も多いが、なかなか理想通りにはいかないからな。そういえば最近の就活生は、仕事と家庭の両立が出来るかといった質問もしてくるぞ」と広樹。
「女子はそういうの気にしてそうだよね、僕だって気になるけど」と凪。
もし怜のように広樹が急に入院することがあれば、時短等が取れるのかと思った凪である(広樹の前では言えないけれど)。
「仕事と家庭の両立……」と日向が呟く。
家庭って……僕達の場合はそういうことだから……つまり……配偶者ってことで……
日向が怜に自分を「配偶者のようなもの」と言ったことを思い出した日向は俯く。そして頬が染まっていく。結婚という形に囚われたくはないが、これからも一緒にいるってことは……
「フフ……ひな、さっきから顔が赤いぞ。何考えてたんだ?」と怜に聞かれる。
「仕事と……家庭についてです……」
「家庭……分かるよ日向くん」と凪も言う。
「おい、これから何にでもなれる君達が家庭だなんて……俺たちのことは気にしなくていいんだから。まずは自分のやりたいことを優先するんだ」と広樹が言う。
「ヒロさん……」
怜も話す。
「ひなも……まずは自分のことを考えてほしい……もしも妹の
「それは……菜穂には自分のなりたいものになってほしいって思う」
「俺も同じ気持ちだ。家庭との両立はどうにかなるだろう。俺だって今はこうなっているが、まだまだ元気なんだ。仕事人生は長い。悔いのないようにしてほしいんだよ、ひな……」
「わかったよ怜さん……僕、ちゃんと考える」
「僕も頑張るから、ヒロさん」と凪。
広樹と怜がホッとしたような表情となった。
「あとは全員、健康第一だな!」と広樹。
「ヒロさん……アルコールちゃんと控えてる?」
「な、凪……もちろんさ……ハハ」
「怪しい……」
「……嫁みたいなこと言うんだな」
「え……」
今度は凪の顔が赤くなっている。
「フフ……うちも似たようなものかも。なぁ、ひな」と怜に言われ、
「怜さん……恥ずかしい……」と言う日向であった。
嫁という言い方は置いといて、恋人以上の仲になったということで……日向は(どこかの少女漫画のような表現となるが)ドキドキが止まらない。
そして広樹と凪が帰って行った。
日向は早速、凪の作ってきたおかずを取り分ける。
「はい怜さん、このぐらいで食べられそう?」
「うん」
「あとは……お粥がいいかなぁ」
そう言いながらお粥を作ることのできる調理グッズを出していると、
「……本当に嫁みたいだな」と怜が言った。
「れ……怜さん……」と言いながら日向が怜の方を見つめる。
さっきから色々と恥ずかしいんだけど……
「可愛い……ひな」
怜が日向を抱き寄せている。
怜さんがそんなことするから……食事の支度に時間かかっちゃう……けど……いいかな……なんて。
2人ならゆったりと流れる時間さえ愛おしい……そう思った日向と怜であった。