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第60話 バーでのひととき、そして特別な場所で

 怜がバーに復帰した。最初は短時間からとなるが、それでも常連客達は待ち望んでいたようで、カウンターが賑わっていた。

 そして時間を合わせて翔と拓海、広樹と凪も来てくれた。

「いらっしゃいませ♪」と4人をカウンターに案内する日向。

「父さん、復帰おめでとう」と翔が言う。

「リハビリが大変だ……体力が欲しい」

「分かるな、身体が追いつかなくなる。俺も今日はノンアルコールだ」と広樹。


「ヒロさん、ノンアルコールのメニューはこちらです!」と日向。

「おお、なかなか美味しそうなのがあるじゃないか」

「ヒロさん、甘過ぎるのも控えた方がいいよ」と凪。

「そうだな……嫁がそう言うなら」

「よ……嫁?」と凪が驚く。

「……言ってみたかっただけだよ、フフ……」

 あの落ち着いた凪が焦っている……と拓海は面白そうに見ていた。


「凪、いい嫁してんだな」

「やめてよ拓海……外でこんなの言ってたら変じゃないか」

「あながち悪くないって顔してる」

「いや……そんな……」と言いながらも顔が赤い凪であった。

「日向くんも怜さんの配偶者だもんな?」と拓海に言われた日向。

「ええっ……いや……それは……えーーと……あ! お客様が呼んでいますので失礼しますー!」と言いながらサッと別のテーブルに行ってしまった。


 うちの嫁みたいなの……照れていて可愛い……と広樹が凪を見つめている。

 そしてうちのひな……慌てた姿も可愛い……と怜が思いながらカクテルを準備していた。


「へぇ……嫁って呼び方、面白いね。拓海も嫁に来る?」と翔。

「は? 何で俺が嫁なんだよ。俺達は……その……そういう言い方は気にせずにだな……」

「大事なのは心で想うことだもんね、たっくん♪」

「おい! その呼び方やめろって!」


「た……たっくんて……アハハ。小さい頃そう呼ばれてたじゃん」

「凪くん、そうなのか? ちょうどいいじゃないか」と翔が調子に乗っている。

「……本当に恥ずかしいからやめてくれ……」と拓海。


 それを見て平和だな……と思う怜。普通に笑って過ごせることの有り難さを身に染みて感じていた。


「そうだ」と広樹が話し出す。

「来週、5日間海外出張なんだよ」

「えっヒロさん海外に行くの?」と凪。

 海外衣料品の輸入販売なら確かに出張はありそうだ。

「ちょっと現地を見に行かないといけなくてな」

「ヒロさん……英語話せるの?」

「そこそこだがな」


 ヒロさんが……海外に行って英語を話す姿……絶対にかっこいい……と想像している凪である。

「僕も来週インターン行ってくるんだ」

「そうか凪……お互い頑張ろうな」

「ヒロさん海外でモテそう……」

「いや、仕事だしそこまでの余裕は……」

「浮気したら嫌だからね」

「おい、本当に嫁みたいなんだが……フフ」

「テレビ電話したい」

「そうだな……時差はどのぐらいだったかな。えーと……」


 日向が戻って来た。

「ヒロさん海外出張なんだって」と翔が教えてくれる。

「すごいな……ヒロさん。凪くん、寂しくない?」とまず寂しくないかを心配する日向である。

「テレビ電話もあるし大丈夫だよ。僕もインターンあったりして……準備しないとね」

「そうだ僕も1社、もうすぐあるんだった」と日向が思い出す。


「重い嫁は嫌われるかもしれないから気をつけないとね」と、こっそり日向に話す凪である。

 嫁ってもう自分で言ってるし……


「そうだね……ハハ。僕は甘えてばかりだ」

「日向くんは許されそう」

「そうかな? 凪くんも許されるんじゃない?」

 自分達でそう言ってはいるが、実際は2人とも何でも許されて可愛がられてそう、と思う翔と拓海であった。

「よし! 僕も頑張ろ」と翔の気合いが入っている。

「いよいよかぁ……」と拓海は少し緊張してそうである。



※※※



 こうして夏休みが過ぎて行き、秋から日向達の就職活動が始まった。

 怜も徐々に体調が回復し、ようやく普段通りの食事ができるようになった。


 怜が退院して元気になれば美味しいものを食べに行きたいと2人で言っていたため、ある休日に出掛けることになった。


「お……お洒落なお店……」

 日向が店の前で驚いている。

「この店はなかなか予約が取れないけど、知り合いに頼んだら上手くいったんだ」

「怜さんすごい……」


 フルコースとなっている店は実家の家族と数回来たことはあったものの、複雑な家庭環境であったこともあり、当時の日向は料理をしっかりと味わう余裕もなかった。きっと自分には縁のない場所だと思っていたので……今回行くことが出来て、しかも大好きな怜と一緒ということで感無量である。

「怜さん……緊張してきちゃった」

「ハハ、大丈夫だよ。そこまで敷居は高くないから」

 隣にいる怜がいつも以上に格好よく見える……そのドキドキも合わさった状態で店内に入って行く。


 メニューを見てもカタカナで分からない料理がある。怜に教えてもらい、それがまた格好いいと思ってしまう日向である。

 今日で何回怜さんに惚れなおすのだろうか……そんなことを考えていたら料理が運ばれてきた。


「美味しい……こんなの初めて」

「あの実家の家族とはこういうのはなかったのか?」

「あったけど……あんまり記憶にないや。料理って内容よりも誰と食べるかで味が変わるかも」

「それもそうだな」


「だから怜さんと一緒に美味しいものを食べて、美味しいねって言えるのが嬉しいんだ」

「ひな……俺も嬉しいよ」

 この店に来るなら大切な人と……と思っていた怜。なので前から予約を入れておいた。知り合いに教えてもらったが、それでも随分待たされた。しかし自分の体調のこともあったので時期的にはちょうど良かったのかもしれない。


 ひなが目の前で美味しそうに食べて、こんな笑顔を見せてくれるなんて幸せだな……今日で何回ひなに惚れなおすのだろうか……と考えている怜であった。

 周りはやはり男女のカップルが多かったが、そんなことはもう気にならない。


 美味しい料理とデザートを味わって満足した2人である。

「怜さんありがとう、美味しかった!」

「良かったよ、ひな」

 日向が怜と腕を組んでいたら、怜に顔をじっと見られていた。

「怜さん……?」

「ひな……この後……」と怜が言う。


 店のすぐ隣に華やかなホテルがある。大体あの店で食事をしたカップルはホテルに向かっていた。


「実は……部屋を取ってある」と怜に言われる。


 てっきり自宅に帰ると思っていた日向は顔が一気に熱くなってくるのを感じた。確かにお店の場所は少し遠い場所にあるので、今から戻るとなると遅い時間となってしまう。それでもこの流れって……


「……カップルみたい」

「カップルだろうが」

「怜さん、こんな場所……いいの?」

「せっかくだから……一緒に予約してしまった。ひなとゆっくり過ごしたくてな」

「怜さん……」


 本当に今日は何回怜さんに惚れなおすのだろう……と思いながら、日向は怜とホテルに入って行った。こんな場所で男2人って目立つかな、と思い日向が周りを気にするが、それよりも怜から離れたくない気持ちで一杯になりぎゅっと腕を組んでいた。

 部屋にキングサイズのベッド、窓から見える綺麗な夜景。

「わぁ……」思わず窓の方へ行く日向。

「僕、ここまでの夜景って初めて……」

「俺も初めてだな……」


 何となく恥ずかしくなって来た日向は、

「えーと……家事しなくていいから、こういうのもいいね」とあえて現実的な話をする。

 このムードと怜さんの魅力に負けてしまいそう……


「怜さん……僕なんかがこんな場所に来ていいのかな……」

「ひなだから連れて来たんだよ、ひなと一緒にここで過ごしたかった。大切な人を連れて来ようと前から思ってたんだ」


 そう言って怜が日向を強く抱き締めた。

「うぅ……怜さん……」

 やはり日向が泣きそうになっている。

「今日は……ひなのことだけ考えてたんだからな」

「僕もだよ。怜さん……大好き」

 夜景の見える窓際で2人は唇を重ねる。いつもとは違う特別な空間でのキスは、より一層相手が素敵に見えるものである。そしてこのままずっと……あなたと一緒にいたい。


 そう思いながら、2人だけの甘くて温かい時間を過ごす日向と怜であった。



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