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第64話 変わらない気持ち

 1月からの3ヶ月間はあっという間に過ぎるものである。夏から頑張ってきた甲斐もあって日向は3月に就活を終えることが出来た。


 幼少期に誰かと遊んだ記憶がほとんどない日向は、年の離れた妹の菜穂と接することで、子ども達をはじめ様々な人に遊びの楽しさを伝えたいと考えていた。

 そして自分のような寂しさのある子ども達を元気づけたいという思いもあり、おもちゃ等を販売するエンターテイメント業界の企業への就職が決まった。


 その企業は前から気になっていたが正直内定をもらえる自信がなかったので、決まった時には喜びよりも驚きの方が大きかった。

「おめでとう、ひな」

「怜さん……!」

 帰宅した怜に飛びつく日向であった。怜が日向の頭を撫でている。


 日向が悩んでいた時に「どこかに必ずあると思う。ひなに合う場所が」と怜が言ってくれたことを思い出す。

 あの時も優しく励ましてくれた怜さん。怜さんがそばにいてくれたからここまで来れたんだ……


 そして夕食を済ませてソファに一緒に座っている2人。

「はぁ……僕があの企業に受かるなんて思ってなかった」

「ひなは昔から菜穂ちゃんのことを考えていたから、その気持ちが伝わったんだろうな」

「そうなのかな……」

「あとは……誰だってひなが欲しくなるからな。俺もひなが欲しい」

「え?」

「……あ、つい」


 自分で言っておきながら顔を赤くする怜である。

「僕も怜さんからご褒美ほしいな……」

 日向はそう言って怜と唇を重ねる。


「……何が欲しい?」

「……怜さん」

「……この甘えん坊が」

「……先に欲しいって言ったの怜さんだよ?」

「……ローズカクテル作ろうか」

「……うん」


 甘酸っぱいローズカクテル(ノンアルコール)を飲んで頬を染める日向。

「ノンアルコールなのに顔が赤いぞ? ひな」

「怜さん……ローズカクテルの意味、教えて?」

「知ってるだろう?」

「……」

 その言葉を待っている日向である。


「……愛しているよ、ひな」

「僕も……あ……あいして……」

 言い終わる前に怜に唇を塞がれてしまう。日向も怜の背中に手を回す。今夜はたくさん愛されたいと思いながら……



※※※



 亜里沙も就職が決まった。景子がご馳走すると言ってくれたので、久々に2人は会うことができた。

「おめでとう! 亜里沙」

「ありがとう……ホッとしたわ」

「早いわね。最近は早めに就活が終わるとは聞くけど、亜里沙はいつも恋に勉強に頑張ってるから」

「恋はそんなに頑張ってない……」

「あら、何かあった?」

「何も」

「何もなくて困ってるってこと? 刺激が欲しいとか?」


「ちょっと……日向にも同じこと言われたんだけど」

「え? あの日向くんが? まぁあの怜さんが相手だから、相当刺激的なんでしょうね♡」

「ハハ……景子ったら」

 やっぱり景子のテンションは元気が出るな、と思う亜里沙である。


「景子は……あと3年?」

「そうね。どうにかなってるわ、今のところは」

「実習もあるの?」

「4年からね。その前に大事な試験もあるし……はぁ」


「すごいな……医学部」


 景子はこう見えて医大生である。「こう見えては余計よ」という声が聞こえてきそうであるが、医者になることは景子の小さい頃からの夢。大好きだった祖父を早くになくしたことがきっかけでもある。


「私、もう恋愛どころじゃない……しばらく推し活も封印よ。けど怜さんは見たいかも」

「怜さんのお店、ランチ始めたのよ。ほら」

 亜里沙が自分で撮影したランチプレートの写真を見せる。

「キャーお洒落で美味しそう! 怜さんもいるの?」

「うん、バーテンダーの服じゃないのよ」

「それ絶対格好いいやつだわ……」

「うん、センス良くていい感じだった」

「怜さんにいつか会えることを願いながら……試験を頑張るわ」

「うん、応援してるね」



※※※



 日向たちが4年になって少し経った頃……翔、拓海、そして凪も就活を終えた。

 怜と広樹がお祝いすると言ってくれたので、ある週末の夕方に広樹御用達の店(個室)に6人が集まった。さすが広樹といった感じの雰囲気の良いお店である。


「4人ともおめでとう! 今日は俺たちの奢りだ。好きなもの頼んでいいからな」と広樹。

「ありがとうございます、ノンアルコールあるかな」と日向がメニューを見ている。

「俺、ビール!」と拓海が勢いよく言っている。

「僕も!」と翔。凪もビールを注文している。


「ビールが羨ましい……」とアルコールを控えている広樹が言う。

「たまにならいいんじゃない?」と凪。

「じゃあ一杯だけ」

「俺も一杯だけ」と怜も言う。


 乾杯して皆が就活の苦労話などで盛り上がっている。

「え、翔くんと拓海くん、同じ会社に?」と日向。

 附属高校時代からの仲であった2人は大学も同じで就職先も同じであった。

「うちの大学のOBがいる所があってそこに就職する人も結構いるんだよ。けどたまたまだったんだ、第一希望が翔と被ってた」と拓海。

「……ここまで来ると運命だね、拓海」と翔が拓海を見つめている。

「本当にずっと一緒なんだ……」と凪も驚きである。


「卒業まで何かしておいた方がいいかな?」と日向が言う。

「単位取れていたらもう、遊ぶしかないな」と広樹。

「そうだな、社会人になると最初は息つく暇もないよ」と怜も言う。

「よし! じゃあ拓海とどこか旅行したい」と翔。

「旅行? どこがいいかな……」


 それを聞いた凪が、

「僕も夏休みとかにヒロさんとどこか行きたい……」と言っている。

「旅行か……俺のとっておきの場所があるな」

「え? 連れて行ってくれるの?」

「凪だけにな……」


「うわ、すごい気になる……」と日向。

「日向くん、ついて来ないでね……ハハ」と凪に言われてしまった。

「いいもん、怜さんにおねだりするから」

 時間が過ぎていくのは意外と早いもの。あっという間に卒業となりそうである。4人は残りの学生生活も楽しもうと思っていた。



※※※



 そして大学卒業を間近に迎えた頃、家に帰った怜の手には紙袋が。

「ひな、これ就職祝い」

「えっ……怜さんありがとう!」

 2人でソファに座って紙袋の中を見る。箱の中には腕時計が入っていた。

「わぁ、こんなに良いもの……嬉しい! 会社につけていくね」

「ひなが社会人か……」


 思えば初めて会った時の日向は中学生であった。

 大学2年で再会してからも日向は家庭環境や将来のことで苦しい時期があったが……それを乗り越えて自分で希望する企業の内定を掴み取った。

 これからは社会人として自立していくのかと思うと、喜ばしい反面、少し寂しさを感じるような……


「怜さんどうしたの?」

「いや……何だかひなが中学生だった時のことを思い出してな、もう社会人なのかと考えると早いなと」

「あの時、怜さんに出逢えなければ今の僕はなかった。ここまで来れたのは怜さんのおかげ。僕はいつも怜さんに頼ってばかりだったけど、これからは社会人として僕も頑張るから」


「ひな……」

 怜が日向をぐっと抱き寄せた。

「え……怜さん?」

「あの頃からお前のことをずっと守っていきたいって思ってたんだ。だから……これからも頼っていいんだぞ」

「うん。ありがとう」

「駄目だな俺は。ひなはこれから社会人として出発するというのに……どうしても寂しく感じてしまう。娘を嫁に出す気分だ……」


「ハハ……娘って。社会人になっても僕の怜さんへの気持ちは変わらないから。これからもずっと怜さんのことが大好きで、怜さんのことばかり考えちゃって、怜さん助けてーって泣いちゃうかもしれないけど……いい?」

「いいに決まってるだろ。俺だって……ひなのことが大好きなんだからな」

「うん……」


 いよいよ社会人。扉を開けた先には何が待っているのだろう。忙しくて大変なことだらけで、苦労することもあるかもしれない。それでもきっと仕事にやりがいを感じることだってあるはずだ。


 嬉しい時も悲しい時も僕にはいつだって怜さんがいてくれる……怜さん、これからも僕のこと……よろしくね。



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