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№15 スクールデイズ

 学校に到着すると、影子はいつも通り自分の席にふんぞり返った。


 教室の隅にはこれでもかと段ボールが積まれ、黒板には文化祭まであと4日!と書かれている。偉そうに席に座っている影子のもとに、各部門の責任者たちが相談に訪れたりして、もうすぐ学園祭なんだなあと実感させられた。


 隣の席で授業の準備をしていると、ふと一ノ瀬がハルのもとへやってくる。影子のもとへ、ではなく、ハルのもととは珍しい。不機嫌そうな顔でハルを睨みつけるように見つめる一ノ瀬は、しばらく無言でいた。


「……なに?」


 たまらず尋ねると、ようやく一ノ瀬が口を開く。


「あんた、影子様のなんなの?」


「……な、なに、って?」


「影子様、私には構ってくださらないのに、あんたにばっかり構ってらっしゃるじゃん。昼ごはんもいっしょしてくださらないし……ただの親戚にしては、べったりしすぎじゃね?」


 助けを求めるように影子の方を見ると、彼女はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべてこっちを眺めている。こいつ、楽しんでやがる……!


「ただの親戚だよ。仲のいい、ただの親戚」


「うそ! じゃあこれ読んでよ! ただの親戚ならなんとも思わないはずだよね!?」


 一ノ瀬が突きだしたのは、一通の封書だった。ははあ、さては影子に渡そうとしているラブレターだな。そんなもの読まされるこっちの身にもなってくれよ……とため息をついて封書を開く。


 分厚い、とは思っていたが、枚数は20枚ほどあった。かわいいレターセットの便せんにはかなりびっしりと細かい文字が書き込まれている。目を痛めながら読み進めていくと……


 最初は良かった。どれだけ影子を慕っているか、切々と語られていた。しかしそれからだんだんと露骨な描写が目立つようになり、やがては18禁SM官能小説ばりに。


「なに読ませてんだよ!?」


 さすがに読み進めるのがいたたまれなくなって、まだ10枚ほど残っている便せんを突っ返す。一ノ瀬は鬼の首を取ったかのように鼻息を荒くして、


「ほーら! ただの親戚じゃないじゃん!」


「こんなもん、ただの親戚だからこそ過剰反応するわ! 何考えてんだ頭わいたか一ノ瀬!?」


「これでも添削した方なんだからね!? ともかく! これ影子様に渡しといて! 忘れたらボコすから!」


 そう言い残して、一ノ瀬はさーっと去っていった。げんなりと肩を落として、読みかけの手紙をそのまま影子に渡す。


「……はい、ラブレター」


「ん、どんな扇情的な描写が展開されてるかなー?」


 受け取って、ひと通り読み終えてからげらげら笑い出す影子。あんなんで爆笑できるってどんな神経してるんだ。というか、読み切るな。


「あー、面白かった。あいつエンターテナーの才能あんじゃね? アンタも読む?」


「やだよ!」


 即座に否定して机に突っ伏す。寝たふりをしている間に授業が始まり、ラブレターのことは意識のかなたに消えていった。


 そして昼休みの時間がやってくる。作戦会議だ。


 学食へ行き、影子はきつねうどんを、ハルはナポリタンをトレイに乗せて席を探す。辺りをうろうろしていると、いつも通り友達たちといっしょに笑いながら食器を返しに行く途中の倫城先輩と鉢合った。


「あ……」


「おーう、塚本。どした? そんなぽかんとして」


 昨日、ASSB本部ビルに入っていく姿を思い出す。あれはたしかに先輩だった。


 何の用事があったんですか? と尋ねたいのは山々だったが、こっちも事情持ちだ、本部ビルにいたことを、そして『影』との関わりも話さなくてはならなくなるので、気軽には聞けない。


「いえ……昨日、なにしてました? 街で先輩に似たひとを見かけたもので」


 代わりに当たり障りのない疑問を投げかけると、倫城先輩は目をぱちぱちさせた。


「家でベンキョー。ほら、俺もいちお受験生だからさ。見かけたのは他人の空似じゃね?」


 爽やかな笑顔で答える先輩だったが、直感的に嘘だと悟る。


 先輩は、なにかを隠している。


「じゃな、塚本ー。転校生にもヨロシクー」


 手を振って去っていく先輩の背中を見つめながら、『あいつには関わるな』と言った影子の言葉を思い出す。


 彼女は、本能的になにかを察知していたのかもしれない。


「おい、なにやってんだよノロマ! 席発見したから食うぞ!」


 げし、後ろから蹴られてナポリタンを取り落しそうになる。涙目で訴えかけるが、影子はにやにや笑うばかりだ。


 空席について食事をしたあと、サーバーのお茶を飲みながら作戦会議を始める。


 昨日逆柳と話し合った内容を伝えると、影子は、ふーん、と他人事のように鼻を鳴らした。


「どーもなぁ……そういう小細工は苦手なんだよなぁ……ま、あのオッサンが好きそうな悪だくみだよな」


「万全の手を尽くしたいんだよ。逆柳としても、僕たちとしても、失敗は許されないから。一回きりの大作戦なんだよ」


「たいそう身構えていらっしゃるねぇ。ビビってる、って言ってもいいかな? そんなに肩ひじ張る必要ねえよ、リラックスリラックス」


「君は気楽でいいよなあ……そんなに楽しみ?」


「そりゃあもう!」


 快哉を上げて、影子は赤い笑みを口元いっぱいに浮かべた。


「前回は油断してああなっちまったけどな、今度はそうはいかねえ……粉微塵にぶっ潰して、影の海へと還してやる……!」


「そのあるじの確保が最優先事項だからね? 忘れないでよ?」


「その辺はあのオッサンが上手くやんだろ。アタシの出る幕じゃねえ」


 他人事だなあ、とため息をついてお茶を飲む。あ、茶柱。


「『影の王国』……影子、こころ当たりはあるか?」


 ふと尋ねてみると、意外にも影子はふてくされたように黙り込んだ。


 それから、吐き捨てるように言葉を返す。


「……べっつにぃ」


「なにかある反応だろそれは」


「ねえっつってんだろ!」


 また机の下で脛を蹴られる。大変痛い。ふるふる震えていると、影子は食器を持って先に立ち上がった。


「ともかく! あの腐れ『影』をブチのめしゃいいんだろ? アタシの仕事はそれだけだ。あとはお好きにどーぞ」


 そのまま、ひとりで先に行ってしまった。


 影子は『影の王国』がなんなのかを知っているのかもしれない。


 しかし、それを聞き出すのは容易なことではないようだ。それに、今でなくとも、一週間後になれば何かしらの情報は手に入る。


 作戦が成功すれば、の話だが。


 ……今は余計なことは考えずに、一週間後の作戦を遂行することだけ考えよう。


 もやもやしたものをたくさん胸に抱えたまま、影子の後を追って食器を片づけに行った。


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