とうとうやってきた学園祭当日。
初夏にふさわしい快晴となったお祭り日和には、近隣住民や他校の生徒など、数多くの客が集まってごった返していた。
そんな晴れの日、教室前には準備を済ませたクラスメイト達が一糸乱れぬ隊列を作って並んでいた。
「総員各自、準備はいいか!?」
隊列の最前列にいる影子が拡声器でクラスメイト達に檄を飛ばす。
『おおおおおおお!!』
「バッカかてめえら! 口でクソ垂れる前と後にサーをつけろ!」
『サー! イエッサー!』
「いいか、ここは死地だと思え! どいつもこいつもここで死ぬんだよ! その覚悟はあるか!?」
『サー! イエッサー!』
「いいだろうクソ野郎ども、ロックンロールパーティーといこうぜ! 愚民どもを恐怖の坩堝に突き落とせ! てめえらは地獄の鬼だ! 悪鬼羅刹だ!」
『おおおおおおおお! サー! イエッサー!』
一斉にときの声を上げる2年C組の集団を、他のクラスの面々が怪訝そうな顔で見ている。ひとりだけシラフのハルは非常に恥ずかしい思いをした。これでは軍隊だ、ネイビーシールズだ。
クラスは完全に影子の支配下に置かれていた。
「総員各自、配置につく……前に!」
こほん、影子がひとつ咳払いをする。今度は拡声器を通さず、いたずら小僧のようににやりと笑って、
「……円陣とか組んどく?」
組みたいんだ、円陣。隊列を作っていたクラスメイト達に緩んだ空気が流れる。くすくすと笑いながら列をほどき、それぞれが円になるように配置を変える。ハルも流されるようにして円の一部となり、隣のクラスメイトと肩を組んだ。
影子がいる。
一ノ瀬も、椎名君も、高橋君もいる。
たとえ今日限りであってもいい、自分たちはチームだ。
がっちり肩を組み合った一団は、影子の音頭で声を上げる。
「二年C組、学園祭のテッペン取りに行くぞ!」
『応!!』
「それでは、散開!」
そして、影子の声で各々が自分の持ち場へと散っていった。
とはいえ、開店の準備が終われば、お化け役と受付役の順番ではないメンバーは好きに遊びに行くのだが。
「なあ、影子……」
「んん、なんだよ?」
控えめに語りかけたハルに向かって、今日一日お化け屋敷に張り付いて影を操る予定の影子は、大きく伸びをしながら応じる。
「あんまり無理するなよ?」
「この程度、無理の内にも入らねえよ。影子様をナメんな」
心配するハルをよそに、事もなげに言う。
とはいえ、一日中絶え間なく影を操るのだ、まだダメージが残っているであろう影子にとってはキツいような気がする。
「それよか、使いっぱヨロー。とりまお好み焼きとタコ焼きとクレープと豚汁と……あ、きつねうどん忘れんなよ!?」
本人が大丈夫と言っているのだから、要らぬ心配というものだろう。それだけ食欲があれば健康体だ。
「はいはい」
「ぜってー忘れんなよ!? 忘れたらタイキックだかんな!」
タイキックは勘弁してほしい。おそろしや、と肩をすくめて、ハルも準備に取り掛かった。
会場をセッティングして、お化け役に特殊メイクを施して、お釣りや割引券を用意して……そうこうしているうちに、校内にアナウンスが流れた。
『お待たせしました、ただいまより、学園祭開幕です!』
外で待たされていた客たちが校内に入り込んでくる。お化け屋敷にもちらほらとだが客が入っていくのが見えた。
とはいえ、学園祭をいっしょに回る友達も、ましてや恋人もいないハルは、ただひとりでその辺をぶらついているだけだ。中学時代から学校行事の類は欠席していたもので、こういうときの過ごし方が分からない。
とりあえず校庭に出てみると、各クラスの出店でにぎわっていた。あちこちで風船があがり、客引きの声が賑わしい。メイド喫茶に焼きそば屋、今川焼まで売っている。
さんさんと降り注ぐ陽光の元、たくさんのひとびとが学園祭を楽しんでいた。
しかし、どうにもひとりっきりではつまらない。
影子がいないからだ、とふと思い、その思いを消すように首を横に振る。
「ええい、僕はただの食糧調達係だ……!」
別に無理をして楽しむ必要はない。
たしか、お好み焼きにたこ焼きだったな……と辺りを見渡し、店を発見する。ついでにそばめしと焼き鳥も買って、影子に頼まれた使い走りをひと通り済ませた。きつねうどんも忘れずに。
教室に戻れば、お化け屋敷は盛況だった。教室内からはときおり悲鳴が聞こえ、それがいい集客効果となって他の客を呼んでいる。
お疲れ、と受付係に挨拶をして教室に入り、大量の食糧を抱えて裏通路から影子のもとへ向かった。
影子は床に手を突いて、にやにや笑いながらのぞき窓から客の様子をうかがいつつ影を操っている。
「お疲れー。買ってきたよ」
「んん、ご苦労! パワーは使わねえけど精度要るんだな、これ。マジ神経使うわー。早速腹減ったし」
ハルから手渡された食料を受け取ると、影子は端からそれらを平らげていった。
「無理してないか?」
「んぐんぐ……してねえし。お、そばめしまであんの? 学園祭ってのは色々あんだな」
そばめしをかっこみながらも、影子はときおり影を操り客たちを脅かしている。
本当は影子も学園祭を楽しみたかっただろうに、つきっきりでお化け屋敷を運営して、大変だろう。その分その主人である自分が楽しめればいいのだが、そうもいかない。急に影子をいたわる気持ちが芽生えて、きつねうどんを差し出してやる。
「んっ! これはこれは……伸びた麺といい、ちょっと濁ったスープといい、薄っぺらなお揚げといい、なかなかの出来栄え……」
すっかりきつねうどん評論家と化した影子は、割り箸を割って一口麺をすする。おお♪と感嘆の声を上げると、熱心にお揚げと麺をむさぼり始めた。
「うまいか、影子?」
「ん、うんめえ♡ こりゃスープまでいっちゃうなー」
ずずーとスープをすすって、容器を空にする影子。よほどお気に召したらしい。
あとはクレープを一瞬で平らげて、影子の昼食は終わりだ。
「はーあ、食った食った! これで午後も踏ん張れるってもんだ」
「四時まであと三時間、くれぐれも無理はすんなよ?」
「わぁってるって。ったく、アンタはオカンかっつーの……」
ふと、影子の声が途切れる。どうした?と聞くより前に、しっ、と口元を遮られた。
「……よりにもよってこんな日に、獲物が現れるたぁな」
「獲物って……『ノラカゲ』か!?」
「ん。例の龍のやつじゃねえ、フツーの『ノラカゲ』だ。今、教室内に入ってきた」
『影』は光のもとの影を好むというが、この教室はまさしく格好のフィールドだ。影に引かれてやってきたのか、ひとに引かれてやってきたのか、『ノラカゲ』が現れる条件を充分に満たしている。
「ど、どうするんだよ!? このままじゃ客やクラスのみんなが……!」
「どーするって? 完膚なきまでにぶっ倒すに決まってんだろ」
当たり前のように答えて、赤い闘いの笑みを浮かべる影子。今にも飛び出しそうな彼女を必死で押さえて、
「ぶっ倒すって、それじゃあクラスのみんなに君の正体がバレちゃうだろ!?」
「ん、別にイんじゃね?」
「よくない!! 『影』が学校になんて通えるか! これから先、高校生活をエンジョイしたいなら、とにかくバレないようにしないと!」
「っかー、めんどくせ……」
大げさなしかめっ面をして、影子は頭を抱えた。
影子が『影』だとバレずに『ノラカゲ』を撃退する方法……
「ん、イイもんみぃっけ!」
考えている最中、影子が小道具箱の中から何かを発見した。顔にかぶったそれは、ホッケーマスクだった。ジェイソンがつけているアレだ。
「これでアタシたぁバレねえだろ!」
こーほーと息をしながら偉そうに影子が言う。ちなみに、ジェイソンは作中ではチェインソウを使わない。
「とりあえず、受付に一旦客止めるように言っとけ! アタシはその間にヤツの場所にたどり着く!」
飛び出した影子の指示に従って、受付に一旦客の出入りを止めるように言いに行く。なにかあったの?と聞く受付の女子には、段ボールが崩れたとだけ言っておいた。