「危ない!」
声を上げ、三人をまとめて押し倒す。不意を突かれた隊員たちは簡単に倒れてくれた。
そして、その頭上の空を猛スピードで龍の『影』が泳ぎ抜けていく。
うしろから攻撃を仕掛けても、『曳光弾』は当たらなかった。『無影灯』の当たらないところまで泳ぎ着いた『影』は、廃工場跡地の向こう側、路地の角を曲がって消えていく。
『……無駄だろうが、何人か追ってくれ』
インカムから苦々しい逆柳の声が聞こえる。『猟犬部隊』はなにごともなかったかのように数名が『影』の後を追った。
『さて。作戦は見事に失敗したわけだが……』
逆柳の声に責めるような色はない。
だが、それが逆に辛かった。
……自分のせいだ。
「……すみませんでした」
『謝罪は結構。だが、反省はしたまえ。君の甘さゆえに、作戦は失敗した、と』
散々な気分でうつむいていると、がっ!と胸ぐらをつかまれた。見上げれば、影子が憤怒で引きつった笑みを浮かべて顔を近づけている。
「な・に・や・っ・て・ん・だ・よ!!」
「……ごめん」
「ごめんで済むならASSBも要らねえよなあ!? んん!? あの『影』の主人を引っ張り出すのが今回の作戦の重要ポイントです、ってアンタも言ってたよな!? そのために全部食い散らかさずに我慢して我慢して我慢して、何体か泳がせたんだ! それを何だぁ!? 甘っちょろいことしやがって! アンタはヒーローでもなんでもねえんだよ! これはアンタの妄想の中のことじゃねえ!」
言われて、頭をがつんと殴られたような気がした。
自分は、ただエゴに踊らされて作戦を台無しにしただけだ。
自分はヒーローじゃない。みんなをみんな救おうだなんて、とんだ傲慢だ。
それができるのは、自分の妄想の中だけなのだ。
「そこまでにしたまえ」
後方から前線へやってきた逆柳の声で、ハルも影子もはっと我に返る。胸ぐらを乱暴に突き放した影子は、けっ、と苦い顔つきで足元の瓦礫を蹴り飛ばした。
逆柳はどこまでも冷静だった。作戦が失敗したというのに、表情ひとつ変えはしない。ただ、神経質に眼鏡を上げながら、
「たしかに、最終的な結論から言えば君の甘さが招いた結果だと言える。『猟犬部隊』は道具だ、何人死のうがかまわない、と言ったはずだが?」
「……本当に、すみません」
「謝罪は結構だとも言ったはずだ」
「…………」
謝罪を否定されれば、もうなにも言えなかった。うつむいてただ責める言葉を待つ。
だが、逆柳はそこまでやさしい男ではなかった。
彼は、ほう、とひとつため息をつき、
「だが、この作戦の失敗、一概に君の責任であるとは言いかねる」
「どういうことですか……?」
「敵は逃走の際、配置が手薄なところを狙ってきた。この作戦の配置は我々しか知らないはずのことだ……情報漏洩の可能性がある」
情報漏洩。この作戦の詳細が外部に漏れていた、ということか?
ふと思い出すのは先日のASSB本部ビルでのことだ。今も逆柳に付き従っている若い女と、倫城先輩が落ちあっていた場面。当然ながら、お付きの女は作戦の詳細を知っている。まさか、それを伝えるために倫城先輩と……?
膨れ上がる疑惑に釘を差すように、逆柳が付け加える。
「もちろん、あくまで可能性の話だがね。それに……あのように言ったが、正直なところ私とて部下を失うのは惜しい。部下を救ってくれたことには感謝している」
合理主義の裏の感情論。逆柳とはこういう男だ。だが、作戦失敗を告げる声と同じトーンで述べられる謝辞は、ただこころに痛いだけだった。
「……これで私の進退も決したか。まあ、良くて左遷だろう。上手く立ち回るつもりだがね。どの道、もうこれ以上の協力体制は無理であると伝えておこう」
せっかく模索して切り開いた活路だったのに、すべておじゃんにしてしまった。あまりの申し訳なさに胃が痛くなる。
「逆柳さん、あの……」
「それでは、我々は撤収と事後処理があるので、これで失礼する。もう会うことはないだろうが、ご健勝を願っているよ、塚本ハルくん」
なにか言いかけて、結局言い出せなくて、ハルは去っていく逆柳の背中を見送ることしかできなかった。
おそるおそる影子に視線を移すと、不機嫌丸出しの視線と鉢合った。
「アンタにゃガッカリだ、ほんとガッカリだわ。それでもアタシの主人か? 悪ぃけど、アタシは降りる。もう付き合ってらんねぇ」
最後通牒を残して、影子は自分の影の中にずぶずぶと沈んでいく。
ASSBも撤収し、後にひとり残されて、再び訪れた静寂の中ハルはぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。
「あーもう……なにやってんだよ……」
自分で自分がいやになる。
ASSB――逆柳は去り、影子も去っていった。もう帰ってくることはないだろう。
もはやひとりぼっちだ。
すべては自分のエゴが招いたこと。
……自業自得だ。
背中に暗い影を背負って、ハルはとぼとぼと歩き出した。
自己嫌悪で消えてしまいたくなりながら、家路をたどる。