「うっっっっっっっっみだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バスから降りた影子がもろ手を上げて叫ぶ。なるほど、たしかに目の前には白い砂浜と青い海が広がっていた。
夏休み序盤、朝から電車とフェリーとバスを乗り継いでたどり着いた離れ小島の海は、真っ青に晴れ渡った空と相まって実に美しい。影子がはしゃぐのも納得だった。
「海海海! おらてめぇら! 突撃の準備はいいか!?」
「はい、影子様!」
「テメーは口でクソ垂れる前と後にサーをつけろ!」
「サー♡ イエッサー♡」
「ワーオ! こんなところにこんなステキなビーチがあっただなんて、ワタシ驚きデツ!」
「たしかに。こんな穴場よく見つけたな、塚本」
「うちの母から口コミで聞いたんですよ」
ハル、影子、一ノ瀬、ミシェーラ、倫城先輩の五人一行は、バス停から海の家に向かって歩きながらああだこうだと騒いでいた。かなり目立っているらしく、道行く観光客らしきひとや地元のひとにじろじろ見られていた。
いたたまれなくなったころ、ようやく海の家に着く。食事や飲み物はもちろん、シャワーや着替え場所まである充実した設備である。
「そんじゃあ、各自別れて水着に着替えて集合な!」
「りょーかい」
カーテンで仕切られている半個室の着替え所に水着を持って入り、服を脱いで着替える。普通のハーフパンツタイプの水着だ。しかし、水着なんて何年ぶりだろう。中学でのプールの授業を除けば、家族旅行で海に行った数年前が最後だ。
まさかこのメンバーで海に来る日がやってくるとはな、と妙に感慨深く思いながら、ハルは着替え所を出た。
「おっ、塚本! やっぱお前、肌白いなー。いい機会だから日焼けしろ、日焼け!」
「ぶばっ!?」
先に着替えを済ませていた倫城先輩の姿を見て、ハルは早速吹き出してしまった。
なんとなく予感はしていたが、黒のブーメランパンツである。部活によって鍛え上げられた肉体は見事なシックスパックだった。日焼けした肌に長い手足。そしてイケメンフェイス。彼氏連れの女性すら視線を向ける肉体美だった。
「……先輩、その、あの……言いにくいんですが……」
「わかってるって。もうこのからだに抱かれる決心がついたんだろ?」
「違います!!」
そこは声を大にして否定しておく。
「際どいんですよ! 先輩が着ると特に!!」
「なぁにが際どいって?」
肩を組み、すぐ近くでいたずらっぽい笑みを浮かべる先輩は、完全に夏のケモノだ。気を抜いたら食われる。
「あんたたち、ホモダチごっこもいいけど、影子様はどこなの?」
次に出てきたのは一ノ瀬だった。ギャルらしく明るい髪をポニーテールに結んで、白のフリルのビキニ姿だ。脱ぐと出るところは出ているのがよくわかるが、全体的にすらっとしている印象の方が強い。制服姿よりなんとなくはかなげだった。
「……一ノ瀬、水着似合うね」
「あんたの感想は求めてないのいちいちキモい視線で舐め回さないでクソホモド変態」
「先輩はホモだけど僕は違うよ!?」
「ほら、アイスティー、おごってやっから」
「イヤですよ!!」
一ノ瀬の冷たい視線にさらされながら、倫城先輩はさわやかにハルにセクハラを繰り返していた。
「オッマタセー!」
「ああ、ミシェーラ!……っ!」
つい鼻血を吹きそうになって、ハルはうつむいて鼻筋を押さえた。
ネイビーシールズのセーラー服のようなワンピースタイプの水着を着たミシェーラは、外国人らしい抜群のスタイルだった。ぼんと出て、きゅっと締まって、ぼんと出ている。何がとは言わないが。結い上げた金髪にそばかすのある健康的な肌色がビーチにぴったりだ。
「どしたデチカ、ハル?」
「いや、なんでも!」
「あ・塚本ー! 俺の水着見たときは引いてたくせに、なんだよ股間押さえて」
「なんでもないです!! 同じ男なら察してください!!」
「ちょっと、私の時とは反応が違うじゃない!」
「一ノ瀬は僕の反応要らないんだろ!?」
茶化す倫城先輩に、不機嫌になる一ノ瀬に、悲鳴じみた抗議をするハル。股間よ鎮まりたまえ。
そうやってわいのわいのとやっていると、とうとう大トリのご登場だ。
「んっ! てめえら、そろってんな!」
「かげ……うぉっ!?」
みとれるとか鼻血を吹くとか、それ以前の問題でハルは目が飛び出るかと思った。
黒のスク水である。小学生などがよく着るタイプの水着の胸元には、『2-B 塚本(影)』と書いてある当て布がされていた。
紙のように白い肌はビーチに似つかわしくなかったが、その分異彩を放っている。折れそうなほど細い手足に、いつも通りの眼鏡に黒い三つ編み。あからさまにスク水とはミスマッチだが、逆にそこがアヤシゲな魅力となっていた。
「んだよ、ジロジロ見やがって。妊娠したら責任取れよ?」
「するわけないだろ!?」
にやにやと目をむく一同に向かって告げる影子に、ついノリツッコミをしてしまうハル。
「だいたい! 僕が買ってやった普通の水着はどうしたんだよ!? それ着て来いよ!!」
「んー、アレ。気に入らないから置いてきた。ちなみにこれは『影』でできていまーす」
「風情のないボディペイントじゃなかったのかよ!?」
「いーじゃん、こっちの方がむらむらすんだろ?」
「しないよ!!」
いけない。このままでは影子のペースだ。落ち着け。
深呼吸をしているハルをよそに、一ノ瀬が目をきらめかせて影子にすり寄る。
「なんて素敵なんでしょう! よくお似合いです、影子様!」
「んん? なんだそのガキみてぇな水着は? 処女丸出しじゃねえか。てめぇみてえなメス豚にはラバースーツがお似合いなんだよ」
「ぜひ次の機会に着せてください♡」
「ワーオ! それ知ってマツ! 『クラリラ』のりんりんが着てたやつデツ! 映えマツネ! カメコ呼んできて!」
「なんつーか、相変わらずお前はすごいな、塚本影子」
「ふはっ、モッコリ駄犬がなんか言ってんぞー! おいアンタ、そろそろ昏睡レイプの季節だぞ!」
「影子様!? 今レイプとおっしゃいましたか!?!? 私はいつでもオッケーなので和姦ですが、なんならレイプシチュでも全然かまいませんので!!」
「てめえは黙ってろ、次口開いたら鼻フックだかんな」
「ああ、ここにワタシ愛用の一眼レフがあれば!! いつもはレイヤーデツが、今は! 今だけは!! カメコになりたイ!!」
「あー、てめえはお脳みその代わりにチチとケツに栄養行った感じだな」
「テヘ☆」
「褒めてねえからな?」
「ほら、女子ども! 塚本が目ぇ回してるから、その辺にしとけー」
ようやく先輩が話をまとめてくれる。ホモだが、こういう時には彼のリーダーシップが頼りになる。
ハルがようやく混乱から立ち直ると、ひときわ目立つ集団と化した一行は、浜辺のひとびとの視線を思う存分浴びながら、さざ波の打ち寄せるビーチへとやってきた。
「んー、海!」
「当たり前だろ」
「アタシは初めてなんだよ。やっぱしょっぱいかな?」
青い海をひとすくい手に取ると、影子は海水に舌を浸した。そして、べっ、と吐き出す。
「ふははははは! おもしれっ! 鼻水の味するし!」
「もうちょっと他にたとえ方はないのか……?」
「ワーオ! 太平洋のビーチ! 突入デツ!」
「か、影子様、オイルをお塗りし……」
「ハイ、鼻フックけってーい!」
「おお、そういう手があったか。じゃ、塚本。オイル塗ってやっから」
「じゃ、じゃないですよ!」
波打ち際で騒いでいると、いつの間にか近くまで大学生サークルらしき男たちの集団が歩み寄ってきた。日焼けした肌にめいめい染めた髪、サーフボードを小脇に抱えているところを見ると、こういう遊び系のサークルだろうか。
「すっげ、モデルさん?」
「めっちゃスタイルいいねー」
「俺らと遊ばない? あ、オトコノコは置いてこー」
いかにもチャラついた様子で三人が女子たちを囲む。早速ナンパされてしまった。これだけ目立つのだ、そりゃあ目もつけられる。
これはマズい。
ハルは助け舟を出そうと一歩踏み出そうとした……影子たちではなく、大学生たちに。
しかし、それより先に影子が動いた。
にぃ、と赤いくちびるにたっぷりと笑みを浮かべて、
「お兄さんたち、もしかしてアタシたちのことナンパしてんの?」
ド直球を突かれた大学生たちは一瞬うろたえるが、すぐに持ち直して、
「そ、そうだよー。高校生?」
「お兄さんたちと遊んだら楽しいよー」
「へぇ……じゃあ、たっぷり楽しませてもらおうかな♡」
言うや否や、突如として海から黒い波が押し寄せた。ピンポイントで大学生たちめがけて。
「なんっ……うわああああ!!」
「どうしたんだよこれ!?!?」
「なっ、流されるううううううう!!」
黒い波濤はそのまま海へと大学生たちを引きずり込んでいき、やがて大学生たちの姿は視界から消えた。
だらだらと冷や汗を流しているハルを横目に、影子はすがすがしい表情で、
「ん! 海にはゴミがたくさん落ちてっからなぁ! 環境保全SDGs?」
「……影子……!」
急いで影子の首筋をひっとらえると、ハルは耳元でささやいた。
「……今の『影』だろ……!」
「ん、そだよ?」
「そだよ、じゃない! 人前でぽんぽん使っていいものじゃないだろ!?」
「だぁから、わかんねえようにやったじゃん、るっせぇな」
「ともかく! 事情を知ってる倫城先輩はともかくとして、ここにはミシェーラや一ノ瀬がいるんだから、『影』は使わないこと!」
「ちぇっ、わぁったよ」
お説教を手短に済ませたハルは、影子と共に他の三人のもとへ戻った。