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№11 真夏の決闘

「ごめん、お待たせ!」


「ちょっと! 影子様となにやったの!?」


「いや、ちょっと……」


「んん、アタシのスク水の下、見せてやってたの♡」


「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ塚本ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「ま、待って一ノ瀬! 影子! ホラを吹いて回るな!」


「ハルー! こっちで貝殻探ししヨ!」


「ああ、ごめんミシェーラ、今……」


「あれ? 塚本は俺といっしょに肌焼くんだよな?」


「え? なんでそんな話に!?」


「デカケツアメ公と常時勃起駄犬、アタシの主人に発情してんじゃねえ」


「か、影子……!?」


 いつの間にか、ハルを取り囲むようにしてミシェーラ、倫城先輩、影子が駆け引きをするような視線を交わし合っていた。どうやらハルを巡ってばちばちが繰り広げられているらしい。


「ハルはワタシと遊ぶのネ!」


 ぎゅっと腕を引き寄せられると、主張しすぎるきらいのあるバストの谷間に二の腕がすっぽり収まってしまった。


 目を白黒させて激しく動揺するハルの腕を、反対側から倫城先輩が引く。


「正直言って、俺は塚本と過ごすためにここへ来たんだけど?」


 相変わらず笑顔はさわやかだが、そのちから強い腕はハルを逃そうとはしなかった。


 両脇を挟まれて逃げ場を失ったハルの眼前に、影子が立つ。ハルの顎をくいっと持ち上げて、


「なあ、ご主人様? こいつらほっといて、アタシとセックス・オン・ザ・ビーチとしゃれこもうじゃねえか」


「ずるーイ! ネ、ハル! ワタシと遊ぼ!」


「塚本は俺といっしょがいいんだよな?」


「てめえらはすっこんでろ! コイツはアタシのもんだ!」


 当事者であるハルを差し置いて、どんどん三人は火花を散らしていく。間に挟まれたまま蚊帳の外で、ハルは大層居心地の悪い思いをしていた。が、誰を選んでも後々まで遺恨が残る気がして何も言い出せない。


「んん! 上等だ! 勝負すっか!?」


「望むところネ!」


「それもいいな、勝ったヤツが塚本と過ごせるってことで!」


 いつの間にか話が出来上がろうとしている。三人はハルを景品に勝負をするらしい。


 謎の転校生・ミシェーラ。


 完璧超人・倫城先輩。


 ハルの『影』・影子。


 誰が勝ってもおかしくない真夏のビーチの戦いの火ぶたが、今まさに切って落とされた……ハルを置き去りにして。


「んん、よぉし! まずはスイカ割り対決だ! 安心しろ、スイカはたんまり仕入れてきた!」


 運んだのは主にハルなのだが、今それを使うらしい。パラソルの下に置いてあったスイカを持ってきた影子は、こっそりと『影』で木刀を作るとミシェーラに渡して目隠しをした。


「まずは米国産チチウシ、てめえからだ!」


「知ってるヨ! これをこうやってくるくるするんでショ!?」


 スイカ割りは知っているらしく、ミシェーラは額に木刀の柄を当て、それを軸に地面と向き合ってぐるぐると回り始めた。


 ある程度回ったところで木刀を構えるが、まるで見当違いの方向を向いている。


 しかしミシェーラは木刀を薙ぎ払いつつ、叫んだ。


「俺のターン! 『推定無罪の超災害』(シュレディンガーズ・バースト)発動! 目標にダイレクトアタック!」


 某☆漫☆画のような独自の技は、要するに木刀を投げつけることだった。横なぎに放たれた木刀は、ブーメランのような軌跡を描きながら回転し、奇跡のようにスイカを砕く。


 いつの間にか集まっていたギャラリーから歓声が上がり、拍手が巻き起こった。


「フフッ、こんなもんネ!」


 目隠しを外しながらポニーテールをなびかせるミシェーラは、すでに勝ち誇った笑みを浮かべている。


「まだまだ、こんなもんじゃあきらめきれねえな!」


 今度は倫城先輩の番だった。目隠しをして木刀でぐるぐる回り、ミシェーラと同じく見当違いの方向を向く。


 が、静まり返ったギャラリーの気配を敏感に読んでいるのか、研ぎ澄まされた感覚ですぐに正しい方向を向く。風向き、息をのむ声、波の音、日差しの圧、観客たちの視線。


 まさに猟犬のようにすべてを的確に察知した倫城先輩は、スイカの前で立ち止まり、木刀を振り上げ、


「……せいっ!」


 一気に振り下ろすと、スイカは真っ二つになった。見事な正攻法にギャラリーから称賛の口笛が飛んでくる。


「ははっ、まあ、こんなもんかな」


 目隠しを外しながら白い歯を見せて笑う先輩は、しかし視界の端にハルを見つけて、にっ、と笑いかけてきた。狙われている。


「ふはははははは! まあまあやるじゃねえか、チチウシに駄犬! しかぁし! すべてはアタシのための前座! アタシの美技に酔いな!!」


 どこかで聞いたセリフを口走りながら、今度は影子が目隠しをつける。木刀でぐるぐる回り、やはり見当違いの方向を向き、


「……見える……見えるよララァ……アタシには見える……!……これが……ニュータイプ……!」


 ブツクサとつぶやきながら、木刀を引っ提げてすたすたとスイカに歩み寄り、


「おるぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのまま木刀でスイカを滅多打ちにすると、最後にはヤクザキックを連発してスイカを跡形もなく粉砕してしまった。その徹底した破壊にギャラリーも背筋を凍らせる。


 ……おそらく、期末テストの時と同じイカサマだろう。『影』を通じてスイカの位置は丸見えだったのだ。


 そのタネを知らない他のふたりは、くっ、とうなり、


「さすがカゲコ……ヤルネ!」


「塚本影子はこうでなくっちゃなぁ……!」


 怯むどころか、俄然闘志を燃やしている。握りこぶしでにらみ合い、


「んじゃ、次! ビーチフラッグ対決!」


 影子が次の種目を決定した。ビーチに立てた旗を走って取り合う、おなじみのあの競技だ。


 しかし影子は悩ましげにうなり、


「んん……ただの旗じゃあ、あんま盛り上がんねえな……よし、アンタ! 旗になれ!」


「ええ!? 僕!?」


「安心しろ! 今のアンタは見間違えようのない立派な旗だ!」


「そんな無茶な!」


「ってワケで、コイツから20メートル離れてうつ伏せでスタートだ!」


 ハルの意向を完璧に無視し、三人は少し離れた砂浜にうつぶせになった。どうも否やは聞いてもらえないらしい。


 砂浜に突っ立っているハルがカウントダウンをすることになった。


「はーい、それじゃあ、さん、にぃ……」


「悪ぃな!」


 すべてを数え終わる前に、影子が先んじて動いた。うつぶせの状態から素早く立ち上がると、猛然とハルめがけて突っ込んでくる。


「ズルイヨ!」


「抜け駆けかよ……!」


 他のふたりも負けじと追いすがり、旗……というか、ハルを狙って突進してきた。獲物を狙う目の三人の圧に屈したハルは、


「……ひっ……!」


 小さく悲鳴を上げて、思わず逃げ出してしまう。


「あっ、こら、待て! 旗が逃げんじゃねえ!!」


「待ってヨー、ハルー!」


「浜辺で追いかけっことは、塚本もお姫様シュミだな!」


 砂浜を蹴立てて追ってくる三人から脱兎のごとく逃げ、ハルはビーチを猛ダッシュした。


「いやー!! 来ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「ちっ! おいチチウシ、あっちから回り込め!」


「了解! センパイは逆側から!」


「わかった! 死んでも逃がすな!」


「誰にモノ言ってんだ!」


「逃がさないネ!」


 当初の目的をさっぱり忘れ、もう共同作戦でハル包囲網を築いている。三人の超人たちに巧みに退路を断たれ、ハルはたちまち逃げ場を失った。


『つーかまえたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 立ち往生しているハルめがけて、三人は同時に飛び込んでくる。それぞれがハルに抱き着き、もみくちゃにされて砂浜に押し倒されるハル。


「……ぐっ、くるし……!」


 目を回すハルを思う存分抱きしめた三人は、ハルが完全にダウンする直前に立ち上がり、再びにらみ合う。


「結局決着つかねえじゃねえか……!」


「次は泳ぎネ!」


「いいね、競泳対決か!」


「あそこの島まで先に泳ぎ切ったヤツの勝ち!」


「負けないヨ!」


「俺だって!」


 もはや目的を見失った対決は、それでも白熱する一方だ。そそくさと準備運動をする三人を前にして、商品であるハルは小さく物申してみた。


「……あのー……」


『ハイ?』


 すごい勢いでプレッシャーをかけられ、ハルはあきらめてすごすごと引き下がってしまう。


 よーいどんで浜辺から泳ぎ出した三人は、すぐに波間の小さな点になってしまった。置き去りにされたハルに、目隠しをされ鼻フックの器具を取り付けられてふがふが言っている一ノ瀬が問いかける。


「ねえー、影子様、どこ!?」


「…………さあ?」


 ハルはとりあえず、すべてを投げ出して他人のフリをすることに決めたのだった。


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