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№25 『正しさ』の折れる音

「おるぁぁぁぁぁぁ!!」


 影子のチェインソウがビルの影と数人分の影をまとめてぶった斬った。ばづっ!と音を立てていくつかの『影爆弾』が弾け飛ぶ。


「『街の灯』は本当にこの街全体に『影爆弾』を仕込んでる!」


「見りゃわかる……つう、のっ!!」


 チェインソウを振り回しながら影子が答えた。


「こんなの、キリがないよ!」


「泣き言抜かすなこのヘタレが! 次だ次!!」


 酷暑の街中を駆け抜けながら影を斬る影子は、息ひとつ乱していなかった。対してハルはもうばてばてである。


「『猟犬部隊』は……まだかかりそうだ!」


「あんの犬っころども、クソの役にも立たねえ!」


 舌打ちしながらまたも『影爆弾』を潰す影子。


 その背中に、光の尾を引く弾丸が殺到した。


「……くっそ……!」


 苦い顔をしながらもかろうじてすべてを避ける影子に向かって、白い装甲服の『十字軍』が数人、迫る。


 影子の漆黒のチェインソウは『影』のみに有効だ。人間である『十字軍』に対しては素手で挑むしかない。


「どけ!!」


 それでも異常な腕力を有する影子は、『十字軍』を次々投げ飛ばしていった。ちぎっては投げちぎっては投げしていると、その数も少なくなってくる。『曳光弾』をかわし、一本背負いを決めると、影子は残りの『十字軍』から逃げつつ『影爆弾』の処理に徹した。


「こんな時に、なにやってるんだあのひとたちは……!」


「オトナのジジョーってヤツだろうさ!」


 道行くひとの影を斬りつけ『影』を潰した影子は、鼻を鳴らしながら嘲笑する。


「それにしたって……!」


「ちょい待て! マズい!!」


 ハルの言葉を遮り、影子はいきなり進路を変えた。回転し続けるチェインソウを携え、行く先を赤い笑顔で睨みつける。


「あちらさんもヤる気らしいぜ……!」


 見れば、じりじりと照り付ける日差しの中を、真っ黒なオモチャの兵隊たちが行進している。影に入っていない『影爆弾』は、ぴたりと動きを止めると、一斉に影子に向かって襲い掛かってきた。


「同じ手ぇ食うかよ!!」


 吠える影子は輪舞のような脚運びで四方八方から飛びかかってくる『影爆弾』を残らず撃墜した。


 が、その破片の一部が影に交じってしまう。


 ばんっ!と小爆発を起こした『影爆弾』は、影子の左足を傷だらけにした。真っ白な素足から黒い血があふれ出す。


「クソったれ……!」


 影子が目を見開いた。


 まだ破片は宙に浮いている。


 吸い込まれるように影子の影へ舞い落ちた『影爆弾』の破片は、ぼんっ!ぼんっ!といくつもの小爆発を引き起こし、爆風で影子のからだをもみくちゃにした。


「影子!」


 爆煙が晴れ、ハルが駆け寄ると、そこにはぼろぼろになった影子がかろうじてチェインソウを構えて立っていた。


「……ああ、ちくしょう……!……ちまちました攻撃しやがって……!」


「大丈夫か!?」


「ちょう当たり前じゃん! アタシは元気すぎる!」


 あからさまに空元気だったが、ぶぅん、とチェインソウの回転数を上げた影子はたしかに闘争の愉悦に歪んだ笑みを浮かべている。


 楽しんでいるのだ、この状況を。


 なんとも業の深い闘争本能に突き動かされ、影子はボロ雑巾のようになったからだで次の影を斬りつけた。


「こいつらに構ってるヒマはねえ! こちとらタイムリミットがあるんでね!」


 そう、制限時間内にすべての影を斬らなければ、こっちの負けだ。


 『十字軍』に『影爆弾』……それらの妨害をかわしつつ、途方もない数の影をやっつける。


 影子ひとりではどうにもならない。『猟犬部隊』の支援が必要だ。


 影子もそれを悟ったらしく、動きがやけっぱちじみてくる。散発的に襲ってくる『十字軍』の手からすり抜け、『影爆弾』から身をかわし、ひたすらに影を斬っていく。


 それでも、まだ足りない。


「一体どうなってるんだ……!?」


 ハルは早急に『猟犬部隊』……いや、『閣下』の交渉が必要だと感じて、走りながら無線機にがなり立てた。


「逆柳さん! 無理だよ、こんなの! とても影子ひとりの手に負えない!!」


『……だそうだよ、雪杉なぞる?』


 無線機の向こう側の逆柳はあくまでも冷静だった。


 対して、同じく無線機から聞こえてくる雪杉の声は苦々しいものだった。


『……関係あらへん』


『『猟犬部隊』第四分隊、『十字軍』第一分隊を制圧!』


『同じく第二分隊、『十字軍』第三分隊を拘束しました!』


『おやおや、拍手喝采が聞こえてくるようだよ』


『……第四分隊、戻れ。第五分隊は引き続き『影爆弾』と塚本影子の処理を』


 苦渋の決断を下した雪杉は、もはやジリ貧だった。


 影子を押さえつつ『影爆弾』を処理することなど、一個分隊では到底叶わない。かといって、このままでは第二分隊も『猟犬部隊』に押さえられてしまう。


 雪杉は己を過信したのだ。それは指揮官にとってはあるまじきことだった。


 あれもこれもと欲張りすぎたのが致命傷となった。


 堅実にことを進めた逆柳の勝ちだった。


『このまま意地を通すつもりかね?』


『……意地やあらへん、正義や』


『私には同義語に聞こえるがね。その正義とやらを貫いて、一般市民を巻き込んだ大惨事を引き起こして、君は満足するのか、雪杉なぞる? おっと、『正義のためには多少の犠牲も必要』などというおためごかしを述べる必要はないよ』


『……っ!』


 もうチェックメイトだというのに、雪杉はなかなか陥落しなかった。いらいらと焦燥感がハルの中で膨らんでいく。


 気が付けば、ハルは無線機に向かって怒鳴り散らしていた。


「いい加減にしろ!!」


『!?』


 無線機の向こうで雪杉が息をのんだ。畳みかけるようにハルは続ける。


「あんたたちの目指してるものがなにか、知ったことか!! どうして『今』『ここ』を見ようとしない!? 足元から目を背ける!? 瓦礫の山の玉座に座って、ひとりぼっちの王様になるつもりか!! そんなの誰だって、今命令に従ってるあんたたちの部下だって願い下げだ!!」


『…………』


「ひとが、死ぬんだぞ!? 『今』『ここ』で!! それ以上に優先することなんてあるもんか!! 出世争いなんてくだらない、正義だなんてくだらない!! ああ、くだらないよ!! あんたたちに与えられたちからはそんなことをするためのものじゃない!! ひとを守るためのものだろう!?」


 息まいたハルはもう止まらなかった。トドメの一言を無線機に向かって放つ。


「正義はひとを殺すためにあるんじゃない!! ひとを守るのが『正義の味方』だろう!!」


『……塚本君……』


 つぶやくような雪杉の声が聞こえた。はあはあと息を乱しながら、ハルはしばしの沈黙を耐え抜く。


 やがて、ため息とともに雪杉が言った。


『……全分隊、『猟犬部隊』及び塚本影子と共闘して、『影爆弾』を追え。もう僕らは潰し合わんでええ』


 雪杉の正義が、今、音を立てて折れた。


 『今』『ここ』からの声が届いたのだ。


 ハルの、そして逆柳の勝利だった。


 しかし、ここからが真の勝負だ。ちからを合わせた『猟犬部隊』と『十字軍』、そして影子とで、やっと敵と同じステージに立った。舞台はまだこれからなのだ。


 無線機の向こうでせわしなく報告と指示が飛び交う。そんな中、逆柳が雪杉に声をかけた。


『雪杉なぞる。君は結局、私に敵対するに値しない人間だった』


『…………』


『が、ひとりの人間としては尊敬に値する。私は君に改めて敬意を表するよ』


『……逆柳……』


『まあ、これはひとつの勝利宣言と受け取ってくれたまえ。感じ方は君次第だがね。では、早急にメインディッシュに取りかかろうではないか』


 照れ隠しなのだろうか、逆柳がそんなことを口にすると、雪杉の指示の声も活気を増した。


『『十字軍』全隊、塚本影子の元へ合流! 『影爆弾』、一気に掃除するで!』


『『猟犬部隊』全隊、『十字軍』の拘束を解除、塚本影子及び『十字軍』と共闘し、『街の灯』の『影』を全滅させよ』


 無線機の向こうから無数の了解の声が聞こえてきた。雪杉だけでなく『十字軍』や『猟犬部隊』までにわかにやる気になっている。


 手始めに影子を追っていた『十字軍』が『曳光弾』の銃口を向ける先を変え、街中に光の弾丸が飛び交った。


「おっせぇんだよ!! やっとパーティの始まりか!!」


 満身創痍で走り続けながら、影子が高笑いを上げる。ぶぅん、とチェインソウがまたひとつ、影を斬り捨てた。


 ……しかし、今までで時間をロスしすぎた。


 いくら『猟犬部隊』と『十字軍』が味方に付いたといえ、この街すべての影を攻撃し終えるのと、太陽が沈むのと、どちらが早いだろうか?


 最悪のシナリオを想像してぞっとしつつ、ハルはチェインソウを構えながら疾駆する影子についていき、声を上げた。


「急ごう! 時間がない!」


「わぁってるよ!! そうせっつくな早漏野郎!!」


 ハルに罵声を浴びせながら、影子は『猟犬部隊』や『十字軍』と合流して、『影爆弾』掃討に打って出る。


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