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№28 友達

 …………。


 辺りに静寂が満ちる。


「……爆発しねえ……?」


 つぶやく影子の声もまだいぶかしげだ。ハルも切断した黄色のワイヤーを握りしめたまま、ようやく固くつむっていた目をおそるおそる開いた。


「……止まっ、た……?」


 知らず、息を止めていたことに気付く。ちぎれた黄色を見詰め、影子を見詰め、そして『街の灯』……ミシェーラを見詰め。


「……アナタの勝ちヨ、ハル」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪めながら、ミシェーラが笑う。


 そこでやっと、自分が賭けに勝利したことを確信した。


 緊張から急に安堵に転じて、からだじゅうのちからが抜ける。ハルはワイヤーを握ったままその場にへたり込んでしまった。


「……『影爆弾』は……?」


「全部、止まった」


 『影使い』であるミシェーラが言うのだから、本当にすべてが解除されたのだろう。


 すべてが、終わった。


 『猟犬部隊』も『十字軍』も銃口を下げ、影子は何も言わずにチェインソウを自分の影の中に沈める。


 もう誰も死ななくていいのだ。


 安堵のあまり目の端に涙を浮かべるハルを見て、ミシェーラは小さく苦笑した。


「本当に、アナタってすごいネ。最後までワタシを信じ抜くだなんて。ものすごいおひとよし」


「……君を信じてよかったよ、ミシェーラ」


 ここにきて、ようやくハルも笑みを浮かべることができた。


 他のなにがウソであっても、あの涙だけはウソではないと信じることができた。


 ミシェーラが発した、最後のSOS。


 ハルは間違えることなく、その救難信号をキャッチすることができたのだ。


「もし全部がフェイクだったらどうしたノ?」


「それでも、君を信じたことに後悔はないよ。たとえだまされたとしても、信じたことに変わりはないんだからね」


「そういうとこ、おひとよし。でも、好きヨ」


 そう言って、ミシェーラはハルに手を差し伸べた。へたり込んでいたハルはその手を取り、立ち上がる。


 ミシェーラと向き合って、ハルは言った。


「君はウソが下手だって、もうわかってるんだ……僕を『ライムライト』の座に就けることに失敗した君は、『影の王国』からすれば用済みだ。もう『街の灯』の名前は捨てよう」


「……そうだネ。きっと近いうちに、ワタシにも追手がかかる。ワタシが殺した旧『ライムライト』みたいに、ワタシもどこかで殺されるんだ」


「そうはさせない」


 強い意志を秘めたハルの声が響く。うつむいていたミシェーラが顔を上げた。


「僕たちは友達になれる。そうは思わない?」


「……トモダチ……?」


「そう。改めて、友達になるんだ。友達を守るのは当然のこと、君を『影の王国』から守る。なんたって友達だからね」


「……ハル……」


「聞いてただろう、逆柳さん!?」


 ハルは無線の向こう側にいる逆柳に向かって叫んだ。


「あんな殺戮のためだけに生まれた『影』である『影爆弾』の主が、『陰』に対する『陽』が、危険なわけないですよね! ミシェーラも平和な世界を望んでる! 僕の友達は、あなたにとっても貴重な駒になるはずだ!」


 こと駆け引きに関して、逆柳は異常に鼻が利く。『影の王国』に属していた旧『街の灯』であるミシェーラを利用しない手はない。


 案の定、逆柳は鼻を鳴らすように笑って、


『……いいだろう。私は、ASSBは、旧『街の灯』……ミシェーラ・キッドソン君を歓迎する。せいぜい私の駒となって働いてくれたまえ』


 それだけ言うと、逆柳は『猟犬部隊』の撤収指示に移った。


「……だってさ」


 無線機の電源を切ったハルは、苦笑いを浮かべながらミシェーラに告げた。


「ASSBも君を守ってくれる。君はもう、『街の灯』じゃない。僕の友達のミシェーラだ。いっしょに『影の王国』の計画をぶっ壊して、平和な世界を作っていこう」


 今度はハルが手を差し伸べる。満面の笑みを浮かべて、


「おいで、こわくないよ」


 どこか懐かしい言葉を口にする。まぶしそうに目をすがめるミシェーラがその手を取ろうとしたとき、横合いから影子がその手を払いのけた。


「なっ、なにするんだよ!?」


 急な妨害にあったハルが抗議すると、影子はふてくされたような表情で、


「……そういうのは、アタシだけにしときな」


 そう言って、そっぽを向いてしまった。


 盛り上がりに水を差されたような気がしたが、ハルは改めてミシェーラに向き直り、


「ともかく、大丈夫だから、こっちの世界に戻っておいでよ。案外楽しいよ?」


「……うん……!」


 涙ぐむミシェーラが、ハルの手を取る。


 ふたりで握手を交わしながら、微笑み合った。


 これで晴れて友達だ。


 繋いでいた手を離し、真顔に戻ったハルがミシェーラに問いかける。


「『影の王国』……『七人の喜劇王』、そして『計画』について、知ってることを教えてくれる?」


 問題はそれだ。『影の王国』がどのような組織で、なにを企んでいるのか。『七人の喜劇王』の一角、『街の灯』だったミシェーラならいくばくかの情報を持っているだろう。ハルたちにはそれが不足していた。


 ミシェーラは真剣な顔でうなずき、


「『七人の喜劇王』……アナタの師匠だった『ライムライト』、そしてワタシ『街の灯』を除いて、あと五人。『犬の生活』、『モダンタイムス』、『独裁者』、『殺人狂時代』と『黄金狂時代』。みんなそれぞれ固有の『影』を持つ『影使い』ヨ。けど、基本的には顔を合わせないし、それぞれがどんな『影』を持ってるのかもはっきりしない……」


 申し訳なさそうにミシェーラが眉尻を落とす。それを元気づけるように、


「『計画』については?」


 ハルが尋ねると、ミシェーラが応じる。


「すべてのひとが持つ影の集合的無意識にアクセスして、強制的にその主人を食わせる。『影』となった『ノラカゲ』たちだけの世界を作り上げて、それを『七人の喜劇王』が統治する。いわばクーデターだヨ。モノクロームの世界の王様になることが、『七人の喜劇王』の目的」


「……『計画』はどれくらい進んでるの?」


「進んでる、っていうよりは後退してるネ。なにせ、『ライムライト』と『街の灯』が空席になっちゃったんだから。多分、まずはこのふたつの空席を埋めることからリスタートするんだと思う。『影使い』はそう多くない……今は排除するよりも、仲間に引き入れることを優先するだろうネ」


 なるほど、王を七人に戻すために、『影使い』を探すのか。今回の件も、『ライムライト』の空席を埋めるために勃発した事態、ふたりも欠けてしまった今、『影の王国』は次なる王となる人材を求めるはずだ。


「僕らとしても、『影使い』の仲間は欲しいところだね……しばらくは陣取り合戦みたいなことになりそうだ。連中は手に入れ損ねた僕も、足抜けした君も、まとめて潰しにかかってくる。それをかわしながら、『影使い』を探す。今後の方針としてはそんな感じ?」


「んん! どこの業界も人手不足が深刻なようで!」


 にひひ、と笑いながら影子が横合いから茶々を入れる。それからぼろぼろになった拳をぐっと握り、


「どっちにしろ、『七人の喜劇王』とやらがなに企んでるかなんて、知ったこったねえ。アタシはアタシのご主人様を守り抜くだけだ。戦い続けることで、な」


「君は僕の剣だもんね」


「そゆことー! ん、ちょっとからだキチィし、日も沈むからアタシは寝る! 寝てる間に他人のご主人様寝取るんじゃねえぞ、毛唐ウシチチ!」


「ふふ、それは約束できないナ!」


「ふはっ、言ってろ……そんじゃ、おやすみー」


 それっきり、影子は影にもぐって出て来なくなった。ちょうど日が沈む。影子もあちこちガタが来ている、ゆっくり休んでもらわなければ。


 これからの目標は決まった。あとはこれを逆柳に報告して、相談しよう。


 『猟犬部隊』も『十字軍』も、負傷者を車に乗せて撤収しようとしている。じきに一般市民の避難勧告も解けるだろう。街はいつもの夜に戻ろうとしている。


「……大丈夫、だよネ……?」


 不安げにつぶやくミシェーラの手を握り、ハルはうなずいた。


「きっと大丈夫だよ。『影の王国』なんて絶対にぶっ潰してやる。誰も死なせない。そのためには君のちからが必要なんだ。いっしょに戦おう」


「……戦うの、嫌いだけど……そうだよネ、戦わなきゃ、平和を勝ち取れない。意味のある戦いだってあるんだよネ」


「そう、君と僕がぶつかり合ったようにね」


 お互いの正しさを争わせた結果、わかり合って、分かち合うことができた。時にはぶつかり合うことも必要なのだ。


 きっと、『七人の喜劇王』にもそれぞれの正しさがあるのだろう。


 今のところ、それはハルの正しさと相反していた。


 いずれ衝突する時が来る。


 そのときは、剣である影子と共に、そして友達になったミシェーラと共に健闘するしかない。


「……もう夜だ、ひとまず逆柳さんのところに行こう」


 握っていた手を離すと、狙いすましたかのようにいつかのリムジンがやってきた。運転手がドアを開け、ハルとミシェーラが車内に乗り込む。


「……それにしても、疲れたなぁ……」


「……ワタシも……」


 そうつぶやけば、自然と眠気がやって来た。


 冷房の効いた快適な車内はひと眠りするにはうってつけの環境で、ほどなくしてハルとミシェーラは肩を寄せ合いながら、つかの間のまどろみの中に意識を溶かした。


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