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№29 夏休み最後の日

 夏休みもとうとう最終日を迎えたある日の夕暮れ時。


 ハルと影子、ミシェーラ、一ノ瀬、倫城先輩の五人は、公園に集まって花火を楽しんでいた。


「ふはははははは!! 逃げ惑え小市民ども!!」


「ちょっ、影子! 『ひとには向けないでください』って書いてあるだろ!?」


「うるせぇ!! アタシが法律だ!!」


 注意書きを堂々と無視して打ち上げ花火をメンバーに向ける影子。色鮮やかな火球が飛んできて、ハルは大慌てでその場を逃げ出した。


「やっぱり、日本の夏といえば花火デツヨネ!」


「ああ、影子様! どうか私とも一発……!」


「尺八玉に交じって打ち上げられて汚ぇ花火になりやがれメス豚」


「影子様のためなら♡」


 それぞれが手持ち花火や打ち上げ花火を楽しみながら、現場はひっちゃかめっちゃかになっている。


 喧騒から抜け出してベンチに座るハルの隣に、倫城先輩が腰を下ろした。先日の作戦にも参加していたらしく、今もあちこちに包帯やギプスを巻いている。


「夏も終わりだなぁ」


「そうですね」


「今年の夏こそは、塚本を落とすって決めてたんだけどなぁ」


「そんな夏は未来永劫来ないですから」


「相変わらずつれねえの」


 さわやかに笑った倫城先輩は、声のトーンを落として続けた。


「……なんにせよ、大変だったな」


「ええ、お互いに」


「そのおかげで、『閣下』も特級捜査官に昇進だよ。なんか全部あのひとの手のひらの上で転がされてるような気がするんだよなぁ」


 倫城先輩は居心地悪そうに首の後ろをかく。


 あのあと、逆柳はめでたく特級捜査官に昇進した。さらに『影の王国』対策本部をぶち上げ、本部長に就任している。


 マスコミは一連の騒動を『影の王国』によるテロだと報じた。世間は『影の王国』を極悪非道のテロ組織だと認識し、逆柳の追い風となった。


 今後の方針については逆柳も同意している。『影使い』らしきものの情報を探り、そして『影の王国』からハルとミシェーラを守ると約束してくれた。終始利用されていたが、こういうときは頼りになるものだ。


 一方、雪杉には関西支局に戻るよう辞令が出たそうだ。事実上の降格である。今回『十字軍』の妨害がなければことはもっとスムーズに進んだだろう。しかし、雪杉が己の正義を折ってくれたおかげで、『猟犬部隊』と『十字軍』は協力して『影爆弾』を追いつめることができた。


 ……そして、あのハルの賭けについては、逆柳からたっぷり嫌味を食らった。


「きゃー! あはは! カゲコこっち来ないでクダチイ!」


「あっつ!?!? あっっっっつ!?!? けど、影子様を全身に感じる……!」


 手持ち花火を振り回しながら影子の打ち上げ花火から逃れるミシェーラに、なぜか両手を広げて直立不動で影子のマトになっている一ノ瀬。


「おらおら!! 次行くぞ!! 今度は二十連発だ!!」


 もはや重火器と化した打ち上げ花火の導火線に火をつけて、影子は実に楽しそうにしている。


 ミシェーラもはしゃいでいて、海に行ったときよりもすっきりとした笑顔だ。


「……いい子だな」


「……そうですね」


 ミシェーラを見やってつぶやく倫城先輩に、ハルが答える。


 いろいろあったが、最終的にはミシェーラがかなしむ結果にならずに済んでよかった。ベンサムではないが、『最大多数の最大幸福』というハッピーエンドに行きついたのだ。ASSBの隊員のいのちをはじめ、払ってきた犠牲は少なくないが、誰かひとりが割を食う結末にはならなかった。


 全員が納得するエンディング。それは『なあなあ』の結果かもしれないが、ハルはそれが一番だと思っていた。平和主義だ日和見主義だと言わば言え。


 あちこちを跳ねまわる女子たちを見ながら、倫城先輩は珍しく鋭い声で言った。


「……これから先、しんどいぞ」


「……知ってます」


 ハルとミシェーラを潰そうと、『影の王国』は次々刺客を送り込んでくるだろう。おそらくは、ミシェーラよりも強敵になる。今回はミシェーラだったからこそ話し合いの余地があっただけで、今後交渉の余地があるとは思えない。


 それに加えて『影使い』探しだ。『影の王国』に取り込まれる前に見つけて、保護しなければならない。後れを取ればそれだけ敵の有利になる。あらゆる手を尽くして、『影使い』を見つけ出さなくてはならない。


 そのふたつを同時並行でこなして、普通に学校生活も送る。考えただけでもハードな日々だが、ハルは不思議とこの面々とならやっていけると思っていた。


 誰が欠けてもやっていけない、大切な日常のピースだ。


 これから先どんな試練が待ち受けていようとも、この日常を守るためならばがんばれる。ハルは目に焼き付けるようにはしゃぐみんなを見詰めた。


 そこで、ふとミシェーラと目が合う。


「あー! そこ、またふたりでいちゃついてマツ!」


「んん? あんだとぉ?」


 指さしてきたミシェーラと共に、打ち上げ花火に飽きた影子が歩み寄ってきた。


「んんん? おいこら骨折犬畜生、アタシのご主人に薄暗がりでやらしーことしてんじゃねえよ。ま、してたらしてたで面白いけど」


「カゲコ、ハルはみんなのものデツ! けど、親友のワタシは特別デツヨネ?」


「ははっ、俺は今また振られてたとこ。まあ、これで諦めるつもりはまったくないんだけど」


「粘着質のホモってキモーイ!」


「ワタシが守りマツ! なんたって親友デツカラ!」


「さっきから親友親友うるせーんだよ、メリケンビッチが。てめえは普通の友達、それ以上でも以下でもねえ。特別なのはアタシだけだよな、ダーリン?」


「おっと、塚本の特別は俺がもらうんだよな?」


「じゃあ、ハルを賭けて勝負しマツカ!?」


「ん! 望むところだ!」


「よし、上等!」


 いつの間にか、当事者のハルを置いて勝負をすることになっている。


 三人で顔を突き合わせてにらみ合い、なんの勝負をするか決めている。


 『影の王国』の『七人の喜劇王』と、その『計画』。


 『影使い』探し。


 問題は山積しているが、とりあえず目下の小さな悩みのタネは、ハルをめぐるこの三人の起こす騒動になりそうだ。


 頭が痛い……ハルはこめかみに指を当ててぎゅっと目をつむった。


「ねえー、影子様はー!?」


 一ノ瀬の声にも気づかず、勝負事を決めた三人はそれぞれ散開していった。


 しかし、これもまたいとおしい日常だ。


 こんな非日常めいた日常を守るため、やらなければならないことがある。


「おい! こっち来てアタシの雄姿を篤と目に焼き付けろ!!」


「はいはい、今行くよ」


 苦笑しながら、ハルはみんなが集まっている輪の中へと戻っていった。


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