もちろん団体競技もあった。
ハルたち二年B組は影子のもと、圧倒的な団結力を見せて勝ち進んでいく。
ムカデ足競争では影子が先頭に立って号令をかけ、玉入れでは影子がこっそりと『影』を使って多くの玉をかごに入れた。
結果二年B組は常勝チームとなり、自校の得点に大きく貢献した。
「よっしゃあああああああ!! 気合入れるよ、あんたたち!」
今、詰襟の長学ランに真っ黒のハチマキを締めた一ノ瀬が、クラスの応援団を率いて応援合戦に臨んでいる。けっこう似合っているのが意外だった。
お立ち台に上った一ノ瀬は、同じ格好をしたクラスメイトの指揮を執り、一糸乱れぬ三三七拍子で腕を振るう。
「L・О・V・E!! 影子様!! ガンバレ・ガンバレ・影子様!!」
自軍の応援というよりは影子へのラブコールになっているが、迫力ではヤンキー高校の応援団に負けていない。なんというか、鬼気迫るものがあった。
盛り上がる体育交流祭。そんな中、ハルはといえば。
「邪魔だ!」
「ぎにゃあああああ!!」
大玉転がしで、大玉といっしょに転がされていた。
影子が統率するクラスメイト達は無慈悲にも大玉にハルを巻き込んだまま、トップスピードで突き進んでいる。もみくちゃにされ目を回すハルと大玉は、そのまま一位でゴールテープを切った。
続くパン食い競争にも出場したハルは、食らいついたパンがカレーパンで顔に熱々のカレーを浴びて悶絶したりと大変な目に遭った。なぜカレーパンをチョイスした、悪意を感じる。
「んん? どうした?」
「……ちょっと休憩」
カレーを洗い流したハルが疲れ切った顔でそう答えて去っていくと、影子は爆笑しながら、
「ふははははは! ミソッカスのウンチでもサボタージュは許さねえぞー!」
「サボりじゃないよ、休憩!」
そう言い残し、今度こそハルは影子たちの元から離れていった。
にぎわう運動場を避け、できるだけ静かな方へ向かうと、自然と用具倉庫裏にたどり着く。
ここならひとりでゆっくりできそうだ、とほっとしたハルの前に、ひとりの少年が同じようにふらりと現れた。
坊主にした金髪の、ピアスがいっぱいついた、身長の低い少年だ。相手校のジャージをラフに着崩している。見た目は完全にヤンキーだった。
しかしハルは修羅場慣れしてしまっているせいか、それともあまりに疲れてしまっているからか、そんなことには頓着しなかった。勝手に跳び箱の上に腰を下ろすと、構わず背中を丸めて一息つく。
少年もまた、少し離れたところにあるマットにあぐらをかくと、ハルのことを不思議そうにちらちら見やりながらスポーツドリンクを飲み始めた。
「…………やってらんねえよなー」
ふと、少年がつぶやく。それは独り言だったのかもしれないが、ハルはつい反応してしまった。
「…………ソッスネ」
まさかリアクションが返ってくるとは思っていなかったらしい少年が、驚いたような表情でまじまじとハルを見つめる。ハルは怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「……なにか?」
問いかけると、少年は頭をかきながら、
「……いや、進学校のお坊ちゃんにしちゃあ、別に俺のこと見てビビったりしねえんだな、って……」
「ああ、そういうこと。僕は割と特殊な方だから」
こともなげに言ったハルは、初めて少年と目を合わせた。ヤンキー高校の生徒にしてはへらへらしたところのない目だ。向こうも、臆することなく目を合わせてくるハルに狼狽しただろう。
「特殊、って……」
「まあ、ちょっと変わったやつらに囲まれてるっていうか。僕自身は至って普通の男子高校生なんだけどね」
「ははっ、なんだよ、それ」
少年が笑う。その笑顔は少し幼く見えた。
いつの間にやら打ち解けてしまったらしい。ハルもまた微笑み、
「僕、塚本ハル。二年だよ。君は?」
「長良瀬久太。タメだな。ハルって呼んでいいか?」
「うん、久太」
「変なやつ」
まだ笑いながら、久太は飲んでいたペットボトルをハルに投げてよこした。ありがたく受け取ると、ハルはスポーツドリンクを少し飲む。ちょうど喉が渇いていたので、久太の気遣いはありがたかった。
投げ返したペットボトルをキャッチした久太は、
「すげーな、お前んとこの女子たち。特にブルマと外人」
「ふたりとも僕の友達だよ」
「へえー。俺もあんな友達欲しいよ」
「久太のところも負けてないだろう」
「そりゃそうだけどさ、なんかやる気?みたいなんがないっつーか。せっかくの体育交流祭なのにな」
「やる気がないならないでそっとしておいてやりなよ。強制することじゃない」
「だよな」
ここで一旦言葉は途切れた。しばしの沈黙が流れるが、不思議と気まずい空気にはならなかった。
「……なあ」
再び口を開いたのは久太が先だった。なにかを言いあぐねているらしく、坊主頭をかきながら口をもごもごさせ、
「……ハルはさ、たとえば、俺が実はバケモノだったりしたら、どう思う?……それでも友達になれるか……?」
急に突拍子もないことを言い出されて、ハルは思わずきょとんとしてしまった。
バツの悪そうな顔をした久太がどこか一生懸命に見えて、ハルはふっと吹き出すと、肩をすくめた。
「バケモノよりもバケモノじみた存在、ってヤツが身近にたくさんいるからね。ただのバケモノなんてかわいいもんだよ」
「そ、そうなのか?」
「君はたぶん、普通だよ、久太。良くも悪くも特別じゃない。僕と同じ、普通の17歳。簡単に壊れてしまうただの人間。君はバケモノじゃないよ。たとえ人間でなかったとしても、こころはやさしくてもろい。だから、きっと友達になれる」
「……そか」
伝えたいことをちゃんと伝えられたらしい久太は、安心したようにため息をついた。ハルとしては当然のことを言っただけだが、久太にとっては満足のいく回答だったようだ。
スポーツドリンクを飲み干してマットから立ち上がると、久太はスマホを取り出して操作した。
「ライン、交換しようぜ」
「うん、いいよ」
ハルも立ち上がっていそいそとスマホを出すと、ラインの画面を呼び出してお互いのIDを登録する。
「へへ、よろしくな、ハル」
「こちらこそ」
「じゃあ、午後もぼちぼちやってこうぜ」
「あんまり張り切らずね」
ゆるく言葉を交わし合うと、久太とハルは別々の道を歩いていった。
ヤンキー高校にもあんな生徒がいたのか。いい意味で驚きだった。
イノセントな子供のような、まっすぐな目をしていた。他者を害するということを知らない瞳だ。
そんな久太と友達になれたことをうれしく思う。
偶然の出会いによろこんでいるハルがうきうきと会場に戻ると、そこは戦場と化していた。
「てめえら、怯むな!! 行っけぇぇぇぇぇぇ!!」
『おおおおおおお!!』
騎馬戦で陣形の最前線に立った影子が、次々と相手校のハチマキをむしり取っている。あちこちで乱闘が起こり、祭というよりは戦いだった。
またあそこに戻るのか……と一気に暗澹たる思いになりながら、ハルは今日何度目になるかわからないため息をついて、次に自分が参加する競技へと向かっていった。
「……お坊ちゃんの進学校にもあんなヤツいるんだな」
ひと気のない倉庫の立ち並ぶ区画でひとりつぶやき、久太は思った。
あれはぬるま湯に浸かっている人間の目ではなかった。
きちんと生きている目をしていた。
うつろではない、確固たる意思のある瞳。
そんなハルと友達になれたことをうれしく思う。
「……ご主人様ぁ」
「出てくんなよ、『メイド』。こんなとこにお前のデカい図体が出てきたら騒ぎになる」
「わかってますよぅ」
『メイド』は影の中からそう答えると、ふふ、と笑った。
「ご主人様、なんだかうれしそう」
「そうかぁ?」
知らずにやけていた顔を引き締め、久太は会場へと戻っていった。