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№9 最終決戦・棒倒し

 体育交流祭も午後の部となり、いよいよ盛り上がってきた。


 その中でも影子とミシェーラは常に注目の的で、相手校の男子生徒から連絡先を聞かれては断るというシーンが何度もあった。


 ハルはと言えば、久しぶりにクラスメイト以外のマトモな友達が出来たことに気を良くして、影子と二年B組の多少の暴走も笑顔で見逃していた。


 自分の種目がひと段落して、ハルが観客席に戻ってくる。今ちょうど、影子が借り物競争に出場しているようで、一ノ瀬をはじめとした応援団が必死のエールを送っていた。


 猛然と競技場を走り抜け、お題の書かれた紙を開く影子。ぴこん!とその頭上に電球が光ったように見えた。


 観戦していたハルと目が合うと、影子はにたりと笑ってまっしぐらにこちらに向かってくる。


「え? ええ!?」


 戸惑うハルのジャージの襟首を構わずひっつかむと、猫の子をさらうような勢いで駆け出す影子。他の出走者たちがあたふたしている中、わき目も降らずゴールを目指す。


 当然のごとく一位でゴールすると、目を回すハルはやっと地面に降ろしてもらえた。


「……びっくりした……っていうか、なんで僕が借り物なんだよ……!?」


「ふはは、これ、お題」


 にっこり笑った影子が差し出したお題の紙には、『好きなひと』と一言書かれていた。


「なんであだじをえらんでぐれながっだんでずががげござばぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「んん? てめえ、自分が好意とかいう上等な感情で接してもらってるとでも思ってたのか? んん?」


「いえ、私は影子様の家畜ですから♡」


 即堕ちした一ノ瀬をしり目に、影子はハルの様子をうかがう。


 ハルはまじまじと紙に書かれたお題を見詰め、


「……へえ、それで僕が借り物になったのか……」


「ん! なんたって、アンタはアタシのナンバーワンだからな!」


「あはは、うれしいよ」


 影子の大胆な告白も、ハルは鈍感に笑ってやり過ごしてしまった。


 完全に主人目線だ。


 影子は叫びたかった。


 違うんだよ!! アタシは!! アンタを!! 違う目で見てんだよ!!


 ちょっとは気付けよ!! このアホ!!


 ……いや、気付かれない方がいいか。


 影子はふと冷静になり、そう思い直した。


 これは実らないことが確定している恋なのだ。自分には恋など高級品すぎる。


 なにせ、自分はかつて恋した主人を食った『影』なのだから。


 今のまま、程よい距離感がお似合いだ。


 ……けど、期待はしてしまう。


 こいつなら、もしかしたら、と。


 ハルといっしょにいると、影子はついハッピーエンドを夢見てしまうのだ。


 そのたびに、自分の罪を思い出し、己を戒める。


 その繰り返しだ。


 先日の一件で恋ごころを自覚してしまった影子は、日々その葛藤に苦しんでいた。ハルはそれをカケラも知らないし、知る必要もない。絶対に悟られてはいけないと、影子はあくまで従者として振る舞った。


 これでいいのだ。不毛極まりない懸想だが、影子には影子のスジというものがあるのだから。


 にこにこしているハルを前にして、影子は思いとは裏腹の意地悪な笑みを浮かべて、


「愛してるよ、ダーリン♡」


「や、やめろよ、みんなが見てるだろ!」


「なんならここでアタシをオカズに公開オナニーしてもいいよ♡」


「なんの罰ゲームだよそれ!?」


 抗議の声を上げるハルに、ふははと笑って立ち去る影子。


 告げる思いは冗談と受け取ってもらった方がいい。


 影子は『影子』という道化を演じるより他ないのだ。


 また葛藤が始まりそうだったので、影子は次の種目へと向かった。


 からだを動かしていれば気がまぎれる。


「がんばれよ、影子!」


「ん! 誰に向かってモノ言ってんだ?」


 背後から聞こえてくるハルの声に手を振り、影子はそれを振り切るように走り出した。




 午後の部もとうとう最終種目になった。


 ラストは体育交流祭の目玉である、無差別級棒倒しだ。


 ただの棒倒しと違うのは、男子女子、学年を問わず、全員で参加する大規模な競技であることだった。


 全校生徒同士がぶつかりあう、トリにふさわしい種目。


 もちろん両校とも気合充分で、下手をすると乱闘に発展するだろう。


『いいか、てめえら!!』


 全学年の男女を前に、影子が拡声器を持って叫んだ。


『得点は競り合ってて、この競技で勝敗が決まる!! わかってんな!! 勝ちに行くぞ!! てめえら!! アタシに続けぇぇぇぇぇぇぇ!!』


『おおおおおおおお!!』


 三年生も含む全校生徒たちが影子にあおられてときの声を上げる。もしかしたら、影子はアジテーターとしての素養があるのかもしれない。


 全校生徒のボルテージがマックスになると同時に、試合開始の笛が鳴る。


 棒倒しのルールは極めて簡単、自分たちの大きな丸太を守りつつ相手の丸太を倒しに行く。先に丸太を倒した方が勝ちだ。


 数百人を率いた影子が、特攻隊長として先陣を切る。相手校も負けじと特攻服にリーゼントの気合の入ったヤンキーが先頭に立ち、陣営に襲いかかった。


 迫りくるヤンキーたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、影子が猛進する。それに続いて、オフェンス側として選ばれた生徒たちが相手校の生徒たちと対峙した。そこかしこで乱闘が起こり、男女学年問わずつかみ合いのケンカになる。


「左舷! 弾幕薄いよ! なにやってんの!!」


 どこかで聞いたことのあるセリフを叫びながら、影子はまたひとり、大柄なヤンキーを場外へぶん投げた。


「かなしいけど、これって戦争なのよネ!」


 攻撃の手を巧みにかわしながら、ミシェーラが俊足で相手校の丸太に迫る。


「ははっ、まったく、お前らと来たら坊やだからさ!」


 ノリノリの倫城先輩が、『猟犬部隊』仕込みの体術で乱闘の輪を突き崩していった。


「かっ、影子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 一ノ瀬は影子のあずかり知らぬところで相手校の人海戦術に流されて消えていく。


 一見こちら側の快進撃に見えたが、実際はそうではない。


 こちら側のディフェンスも崩されつつある。相手は人数にものを言わせた集団戦法でかかってきて、一対多数で確実に防御を破っている。この勝負、短期決戦になりそうだ。


「おるぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 何人もかかってきた相手校の生徒たちを跳ねのけ、影子が活路を開いた。


 向こう側の丸太への道ができる。


「行け!! アンタが敵のタマ取ってこい!!」


「僕が!?」


 影子と共に進んでいたハルが素っ頓狂な声を上げると、影子はその背中を強く叩き、


「ったりめえだろ!! 大金星はご主人様に譲らねえとな!! とにかく、行け!!」


「わ、わかった!!」


 戸惑いながらもうなずくと、ハルはまっすぐに丸太に向かって出来た道を走り抜け、敵ディフェンスのかなめと対決することになる。


 相手の丸太の上に乗ってディフェンスの指揮を執っていたのは、なんと久太だった。


「久太!?」


「よう、ハル!」


 小柄な男子である久太は丸太の上に乗せるにはちょうど良かったのだろう。偶然に目を丸くするハルに、久太がにっかりと笑って見せた。


「ひと勝負だ! いっちょ根性見せてくれよ!」


「望むところだ!」


 久太の挑発に、ハルはあえて乗った。


 丸太の周りに配置された生徒たちにもみくちゃにされ、引っ張られ、時には殴られてもひるまない。とにかく突進する。


 鼻血まで出してアオタンまで作りながら、ハルは丸太によじ登った。


 ここからは久太との一騎打ちになる。


 丸太の上から久太の蹴りが入った。頭を蹴られてぐわんと視界が揺れるが、ハルはまだ丸太にしがみついていた。次、次、と蹴落とすような脚が降ってくるが、それでも丸太を離さない。


 それどころか、じわじわとより高く丸太の上へ登り、ハルは久太に迫った。


「……このっ……!」


 久太のこぶしが飛んでくるが、そのこぶしを受け止め、逆に引きずりおろそうとするハル。ジャージを引っ張り、丸太の上でつかみ合いになった。


「行けー!! ハルー!!」


 ミシェーラがディフェンス側のフォローに回りながら大声を上げる。


「塚本、行け!!」


 向かってくる生徒たちに足払いをかけながら、倫城先輩が檄を飛ばした。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 丸太の周りにこれ以上相手校の生徒が近寄らないよう投げ飛ばしながら、影子が吠える。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 気勢を上げたハルが一気に久太のからだを丸太から引きはがした。


「う、お……!」


 落下していく久太を一瞥もせず、即座に丸太を倒すハル。


 ずぅん、と丸太を地面に倒したのは、どうやらこちら側が先らしかった。ハルがそのまま地面に投げ出されるのとほぼ同時に、こちら側の丸太も倒されてしまう。


 両者とも譲らない、熱い接戦だった。


 が、勝利したのはハルたちだ。


 一拍置いてホイッスルが鳴ると、グラウンドが自校の生徒たちの大歓声に包まれる。そこでようやく、ハルは勝ったのだと実感した。


「いてて……やるな、ハル!」


 鼻血を垂らして青あざまみれになり、地面に倒れているハルに、久太が歩み寄った。差し伸べられた手を取り立ち上がったハルは、痛みに耐えながら相好を崩す。


「久太も、ずいぶんやってくれたな」


「へへっ、お互い様だ」


 そのまま固く握手を交わしていたふたりだったが、全校生徒の波がハルをさらい、そのまま胴上げを始めてしまう。次から次へとたらいまわしにされて、ハルはうれしいやらあわただしいやらで目を回していた。


 ともかく、勝ったのだ。


 ハルは自分の手でじかに勝利を手に入れた実感に酔いしれた。


 胴上げされながら、生傷だらけの顔で思いっきり笑う。


 なんて気持ちがいいんだろう!


 得も言われぬ感情に胸が張り裂けそうになり、ハルは泣きそうになりながらバンザイをした。


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