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№10 友情のウソとホント

 オオトリの棒倒しを終えて、体育交流祭はなんとか閉幕した。


 久太たちの高校は僅差で敗れたが、負けたとはいえなんだかとても楽しかった。


 それもこれも、すべてハルのおかげだ。


 新しくできた友達に感謝をして、久太はジャージのままひとり帰路に就こうとしていた。


「……おい、久太」


 その背中に、ふいに耳慣れた声がかかる。振り返ると、そこには久太の属するグループのリーダー格の少年が立っていた。


「ああ、恭一か。どうした?」


 顔を曇らせている仲間に問いかけると、少年は久太に歩み寄り、顔を寄せた。


「ずいぶん楽しそうだったじゃねえか。あの進学校のお坊ちゃんとよ」


「……別に」


 ハルのことだ。なにかマズいことに巻き込んでしまっては悪いと考え、久太はとっさにしらを切った。


 ふてくされたような表情の久太の肩に腕を回して、少年は密談のようにささやく。


「お前、まだマトモなトモダチが出来るかも、とか思ってんの?」


「そんなんじゃねえよ」


「だよなぁ。『あの件』がある以上、俺たちはもう、どこまでいっても普通にはなれねえよなぁ。忘れてないよな? 『あの件』」


 何度も繰り返される『あの件』という言葉に、久太の過去の記憶が呼び起こされる。あんなことがあった以上、久太に普通の友達はできない。


 ……いや、あれは仕方なかったのだ。久太だってやりたくなかった。あいつがあんなことをしなければ。仲間たちがあんなことを始めなければ。


 言い訳が頭の中をぐるぐるする。しかし、久太はそれが『言い訳』であることに気付かないフリをした。


「……なあ、俺たちは仲間だよなぁ?」


 少年が耳打ちする。


 仲間?


 違う、ただの共犯者だ。


 生理的嫌悪感に襲われて、久太は少年を突き飛ばすようにしてからだを離した。


「……そうだな、仲間だ」


 思っていることとは別の言葉が口からこぼれる。


 それに満足したらしい少年は、ひひ、と笑い、


「それでいいんだよ」


 それだけ言い残し、久太の肩を叩いて去っていった。


 汚物を取り除くように肩を払い、久太は再びひとりで歩き出す。


 なにが仲間だ。久太が求めている『友達』とは、そんな互いの足を引っ張り合うような関係ではない。


 ハルとなら、そういうのを抜きにした『友達』になれる気がした。


 うつろな目をしていない『友達』。利害関係を越えた『友達』。


 そんな『友達』が心底欲しかった。


 もう共犯者たちに振り回されるのはうんざりだ。


 またハルに会いたい。会って話がしたい。


 そう思いながら歩いている久太の影から、『メイド』の声がする。


「ご主人様ぁ、こわい顔してる……」


「……うるせえな。俺は今、機嫌悪ぃんだ」


「ごっ、ごめんなさい!」


 慌てて謝る『メイド』の態度すら卑屈に見えていらいらする。


 家への近道である裏路地を行き、通りすがりに置いてあったゴミバケツを蹴っ飛ばした。完全に八つ当たりだ。


 ごろんごろん、とゴミをまき散らしながら転がっていくゴミバケツの向こう側に、ふといつか見たド派手な色彩が現れた。転がってくるゴミバケツを一本歯の下駄で受け止めつつ蛇の目傘を畳み、


「やあやあ、長良瀬久太君! また会えて小生うれしいよ!」


 『モダンタイムス』はクマの浮いた片目でへらへらと笑って、久太に大きく手を振った。


 次から次へと。


 久太は、ちっ、と舌打ちをして、


「……今日は虫の居所が悪ぃんだ。出直してくれ」


 吐き捨てるように告げると、『モダンタイムス』は大げさにがっくりと肩を落とした。


「……そんな……小生、最高のタイミングをうかがって一生懸命物陰に潜んでいたというのに……もっとカッコイイ登場の仕方をしろと……?」


 しょんぼりとつぶやくあるじの悲嘆を、秋赤音は完璧に無視していた。意外とドライな関係らしい。


 結局、何もかも面倒くさくなった久太は、


「もういい。何の用だ?」


 とげとげしい言葉を投げかけると、もともと悪かった顔色を若干輝かせて、『モダンタイムス』がすり寄ってきた。


「さっすが長良瀬久太君! 話が分かる男じゃないか! 小生惚れ直したよ!」


「気色悪いこと言ってないで、用件を話せよ」


「あっ、そうだった! 小生うっかりさん!」


 てへぺろ、と頭を小突いて舌を出す『モダンタイムス』にいら立ちながら、久太はどんなしょうもない話をしに来たのだろうと内心で侮っていた。


 そこへ、『モダンタイムス』からの強烈な言葉のボディブローが刺さる。


「君、塚本ハル君と接触したよね? 彼も『影使い』だよ!」


「…………は?」


 つい間の抜けた声がこぼれてしまった。


 ハルが『影使い』? なにを言ってるんだ、こいつは?


 現実を受け止めきれていない久太に対して、『モダンタイムス』はうんうんと感じ入るようにうなずきながらとうとうと続けた。


「君もじっくり見ただろう? ブルマ姿の塚本影子ちゃん。あの子が塚本ハル君の『影』ってワケさ! びっくりだろう? 驚きだろう? 小生もね、初めて見たときにこんな具体性を持った『影』がいるなんて!と思ったよね。アレは相当な数のひとを食ってきたと見える」


「ま、待てよ! なんでそんなことがわかるんだよ!?」


 すがるように問いかける久太に、『モダンタイムス』は、ちっち、と指を振り、


「そりゃあ単純にして明快さ! なんたって、塚本ハル君と塚本影子ちゃんは小生たち『影の王国』に真っ向から立ち向かう敵だからね!」


「……『影の王国』の、敵……?」


「そう! ついでに言うと、あの金髪ナイスバディな外国人美少女のミシェーラ・キッドソンちゃんも『影使い』だよ。いやぁ、彼女には参ったよね。前は『七人の喜劇王』のひとりだったのに、塚本ハル君にたぶらかされちゃって、玉座を下りてね。おかげで空席がふたつになっちゃった」


 ハルが『影使い』で、影子が『影』、ミシェーラが元『七人の喜劇王』の『影使い』……?


 話が出来すぎている。久太の中で急速に疑念が湧き上がってきた。


「……ハルたちは、なんであんたたちと敵対してんだ?」


 ここは慎重にいかなければならない。値踏みするようなまなざしを『モダンタイムス』に向けると、けろりとした顔で肩をすくめ、


「それも簡単! 塚本ハル君はASSBのお偉いさんと仲良しでねぇ、小生も妬いちゃうくらいなんだよぅ。ASSBは小生たちを潰そうとしてるから、塚本ハル君はそれに協力してるってワケ! あれれ、おかしいねぇ、『影使い』がASSBに協力するなんてねぇ。なにか密約でも交わしたかな?」


「ASSBと……?」


「そ! 君に近づいたのも、君が『メイド』ちゃんにひとを食わせて健やかに育ててるって知ってたからさ! そりゃあASSB側が看過するわけがないよねぇ。君の懐に入り込んで、決定的な証拠を手にして君を裁こうってハラさ!」


「ウソだ!!」


 混乱のあまり、久太は大きな声を上げてしまった。


「ホントだよ?」


 『モダンタイムス』が、くてっ、と首をかしげて告げる。


 ハルがASSBの手先で、自分をひっとらえるために近づいてきた……?


 じゃああの握手もなにもかも、全部演技だったのか?


 ……いや、そうとは思えなかった。


 『モダンタイムス』の言葉を信じるなら、ハルは久太を捕らえるために寄越された追手だ。


 しかし、『モダンタイムス』は信用ならない。すべてがうさんくさく聞こえる。


 今もまだ、久太はハルが味方だと信じようとしていた。


 固く交わした握手にウソはなかったと。


「どう? どう? 小生たちの側につく決心はついた?」


 おちょくるように久太の顔を覗き込む『モダンタイムス』に疑念のまなざしを向けると、久太は静かに言い放った。


「……まだだ。確かめる」


「あーら、そ。それもまた良きかなー!」


「お前らは余計な茶々入れんじゃねえぞ」


「わっかりましたぁ!」


 びしっと敬礼する姿はまるで酔っ払いだ。これでシラフだというのだから驚きだった。


 真実をこの目で確認しなければならない。


 たとえバケモノだとしても友達になると、ハルは言ってくれた。


 だとしたら、ハルは自分を受け入れてくれるだろう。


 きっと『影使い』でもASSBの手先でもなんでもないのだ。


 こんな男の言葉、誰が信じてやるものか。


 『モダンタイムス』のにやけ面はそんな久太の内心を見透かしているようだったが、久太にはそれが詐欺師の顔にしか見えなかった。


 ジャージのポケットに手を突っ込んで、久太は『モダンタイムス』の脇をすり抜けてそのまま去ろうとした。


「ま・お手並み拝見といきましょうかねー! グッドラックだよん!」


 あくまでおちゃらけた『モダンタイムス』は久太の背中に手を振り、からんころんと下駄を鳴らして闇に消える。


「……あの野郎……」


 結局は、どちらを信じるかだ。


 『モダンタイムス』を信じるか、ハルを信じるか。


 当然久太はハルを信じたかった。


 しかし、『モダンタイムス』の言葉に引っかかりを覚えたのも事実だ。


 確かめなければ。


 そう決意して、久太は今度こそ裏路地を後にした。


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