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№12 新たなる『影使い』

 爆炎が晴れていき、その向こう側が徐々に見えるようになってくる。


 そこには、いまだに健在のメイドの『影』がそびえていた。


「けほっ、けほっ! やだぁ!」


 むせ込みながら涙目になるメイドの『影』の左足は、たしかにごっそりとえぐれていた。


 しかし、空気中から黒い霞のようなものが集まり、その傷をどんどん埋めていく。影子の付けた傷も、もう消えていた。


 おそらくは周囲の影を吸収して再生しているのだろう。巨大な傷跡が見る間にふさがっていき、ハルたちが唖然としている内に完全に治ってしまった。


「ああ、もう! 痛かったぁ!」


 涙を浮かべながら甘い声を上げるメイドの『影』。巨体に加えてその超再生能力はまさに脅威だった。物理で圧されては負ける。


「ミシェーラ!」


「オッケー!」


 ならばこちらも『影爆弾』の数にものを言わせるしかない。


 ミシェーラの影から次々とわいてくるオモチャの兵隊たちは、一糸乱れぬ行進で巨大メイドの『影』へとなだれ込んでいった。


 そしてまたしても大爆発が起こる。廃ビルの壁面がひびだらけになった。爆圧で地面が割れ、熱風が吹き荒れる。


 戦場のような様相を呈してきた空き地には、ところどころに爆炎が燃え盛っていた。メイドの『影』のカケラを燃やしているのだ。


「もっとヨ!」


 超再生のスピードに負けじと、ダメ押しの連撃を仕掛けるミシェーラ。『影爆弾』が煙の向こうに突っ込んでいく。


 ミシェーラの額には汗が浮いていた。こころなしか顔色も悪く、指先が細かく震えている。『影』を放出しすぎたのだ。


 連撃に連撃を重ね、限界まで『影爆弾』を突撃させたあとには、空き地は爆心地のようにすり鉢状にえぐれていた。


「……やったか……?」


 喉を鳴らしながら場の様子を見守るハル。ミシェーラはもう限界だ。これで決着がつかなければ……


 しかし、現実は無慈悲だった。


「えーん! えーん! 痛いよぉ、ご主人様ぁ!」


 下半身と右半身を失いながらも、メイドの『影』はまだそこに在った。泣きべそをかきながら周囲の影を取り込み、失った部分を再生している。


「……くっ……!」


 青い顔で悔しげな息をこぼすミシェーラだが、もう『影爆弾』は使えない。


 ならば影子が叩くしかないが、こんな巨大な敵を相手にした戦いには慣れていないだろう。現に、影子はチェインソウを構えながら攻めあぐねている。


 どうする? どうしたらいい?


 物量戦で負けた今、取るべき方法は……


「おい! 『影使い』を押さえろ!! 近くにいる!!」


「わかった!!」


 叫ぶ影子に呼応したハルが走り出す。


 現状、それしか手はなかった。


 『影使い』を見つけて話をする。そして、メイドの『影』を引っ込めてもらう。影子にはそれまで耐え忍んでもらわなければならない。


 まだどういう事情なのかは分からなかったが、『影の王国』に取り込まれる前にハルたちが接触せねば。


 視線をあちこちに向けながら、走る。


 ふと、廃ビルの間からひと影がのぞいた。


 ひと影はハルの視線に気づくとそのまま路地へと走り去ってしまう。


「待って!! 話し合おう!!」


 呼び止めようとするハルの言葉を無視して、ひと影はそのまま路地裏の闇へと消えてしまった。


「……くそっ!」


 思わずビルの外壁をこぶしで叩く。せっかく見つけた『影使い』なのに、みすみす見逃してしまった。『影の王国』も新しい『影使い』の出現にすぐ気づくだろう。なんとしてでも探し出さなければ。


「なぁに逃がしてんだ、このチンカス野郎!」


 影子の声がして、後ろから頭をどつかれる。涙目で振り返ると、ミシェーラに肩を貸す影子が立っていた。


「……面目ない」


 はたかれた頭をさすりながらハルがしゅんとする。


「大きなメイドの『影』は?」


「さぁて? ご主人様とやらといっしょにどっかにフケたんだろうよ」


 どうやら、近くにいないと操れないタイプの『影』らしかった。


 とりあえず難を逃れてほっとするハルの頭に、またしても影子のぐーの尖った部分が突き刺さる。


「ボサっとしてる場合か! ヤツはアタシらのことを知らなかった。『影の王国』の手先じゃねえノラ『影使い』だ。とっとと陰険『閣下』に知らせて、ローラー作戦でもなんでもさせろ!」


 そうだった。いきなり攻撃されて応戦することしか考えられなかったが、相手はハルたちが探していた『影使い』だ。早急に逆柳に一報を入れて、『影の王国』に先を越される前に保護しなければならない。


 新たに現れた『影使い』。なぜかハルたちの名前だけは知っていたが、顔は知らなかった。なぜかはいまだにわからないが、少なくともまだ『影の王国』に取り込まれてはいないようだ。


 急いで逆柳の直通番号に電話をかけると、いつも通り3コール以内でつながった。


「逆柳さん!」


『まあ、落ち着きたまえ。おおかた、『影使い』が現れたのだろう』


 さすがに『閣下』はなんでもお見通しだった。言われた通り深く呼吸をしてから、改めて口を開く。


「そうです。『影使い』が現れました。そして、僕たちを攻撃してきた。顔までは知らなかったところを見ると、『影の王国』にはまだ取り込まれていません」


『結構。それで?』


 至極簡潔な言葉で会話を進める逆柳に、ハルは巨大なメイドの『影』のことを話した。


『……ふむ。現場はそのようになっていたのか』


「早く見つけ出して保護しないと……!」


『承知している。すぐに『影の王国』対策本部の総力を挙げて捜索しよう。時は金なり、これは時間との勝負でもある』


「お願いしますよ!」


『了解した。君たちも独自に『影使い』を追ってくれたまえ。以上』


 一方的に告げると、逆柳との通話は途切れてしまった。相変わらず言いたいことだけ言う男だ。


 しかし、対策本部が全面的に捜索してくれるのは助かった。この街にいることは確定している。人海戦術ならば、組織であるASSBのお手のものだった。


 問題は、『影の王国』より先に見つけ出せるか否かだ。向こうも是が非でも『影使い』が欲しいだろう。どんな手段もいとわないに違いない。搦め手から来られては分が悪い。


「……僕たちは僕たちで、なんとかして『影使い』を見つけよう」


「ったりめぇだ! きっちりケジメつけさせてやんねえと」


「そうじゃなくて!」


「……ワタシみたいになる前に、その子、助けてあげないと……」


 こぶしを握る影子に担がれながら、ミシェーラがつぶやいた。


 『影の王国』に属していたミシェーラが言うのだ、早く見つけ出さなければ厄介なことになるだろう。


 時刻はとっくに六時を回り、『影』たちが眠る時間がやって来た。


「ともかく、今日はこれで解散しよう。明日からまた『影使い』探しだ」


「っし! 気合入れっぞ!」


「……近くにいるのは間違いないネ……早く見つけてあげないと……」


 これは陣取り合戦だ。『影の王国』よりも先に『影使い』と話をつける。さいわいなことに、『影使い』はハルたちを狙ってやってきた。またやって来るかもしれない。


 毎回毎回、結局は囮作戦なんだよなぁ……と、ワンパターンで危険な攻略方法にため息をついて、ハルは影にもぐっていく影子に代わってミシェーラに肩を貸した。


 今頃、くだんの『影使い』はどこでなにをしているのだろうか?


 なぜハルたちを攻撃してきたのだろうか?


 わからないことづくめだが、前に進むしかない。


 まだふらつくミシェーラといっしょに空き地を後にして、絶対に見つけ出してみせると決意するハルだった。


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