それからも、ハルたちは『影使い』を探し続けた。
再度の襲撃がないところを見ると、やはりまだ完全に『影の王国』側に行ったわけではなさそうだ。
わずかな希望を胸に、今日もまた、ハルと影子は駅前を捜索していた。
「……あのデカいメイドの『影』、やっぱ幻だったんじゃねえかって思えてきた」
「なに言ってるんだよ。君も実際に戦ったんだろう? 幻じゃないことぐらいわかってるはずだ」
「けどよぉ、こんだけ見つかんねえとこころ折れるっつーか、めんどっちぃっつーっか」
「君があきらめても僕は探し続けるよ」
「あー、わかったよ。こうなりゃトコトンまで付き合ってやんよ」
呆れたように笑う影子に、ハルは礼を言うように笑い返した。
駅前はあらかた探し終えた。繁華街の路地裏にでも行ってみようか。
これは囮作戦でもあるのだ。襲撃されたハルたちがわざとひと気のないところに赴くことによって、再度の襲撃を待つ。なんとも肝が冷える作戦だったが、今のところ手がかりはそれしかない。
ハルと影子はそのまま繁華街の路地裏を歩いた。
ところどころにゴミが散乱し、アリたちが虫の死骸を運んでいる。昼下がりだというのに薄暗く、出くわすひと影はなかった。
どんどん奥へ進んでいくと、廃墟が立ち並ぶエリアに入る。この廃屋にも、かつてはひとが住んでいたのだろう。しかし、開発計画に取り残されてこうしてあるじを失ってしまった。
そんな捨てられた街を黙って歩いていると、ふと行く手にこんな場所には似つかわしくない極彩色が現れた。
真っ赤な髪に椿の眼帯、からだはやせ細り顔色は悪い。そんな男が、ドハデな花魁の衣装を肩に羽織って番傘を差している。からんころんと一本歯の下駄の音が鳴った。
「なんだあのイカレポンチ?」
影子が怪訝そうにつぶやくのと、極彩色の男がこちらを見て駆け寄ってくるのはほぼ同時だった。こんな目立つ知り合いなどいないというのに。
「やあやあやあ! 今日はいい天気だねえ! 小生それだけで射精しそう!」
「……影子、目を合わせるなよ?」
「ひどいなあ、ひとのことを狂人扱いして! 小生おこだよ! ぷんぷん! ねえ……塚本ハル君?」
男は、ハルのことを知っている。まさか、この男が『影使い』なのか?
期待に上ずった声を上げようとしたハルに、男が待ったをかけるように手のひらを突き付ける。
「ざぁんねん。小生、君たちが探している『影使い』じゃないんだなぁ、これが」
「じゃ、じゃあ、どうして!?」
「決まってるじゃないか……小生は『影の王国』の『七人の喜劇王』の一席、『モダンタイムス』!」
『七人の喜劇王』だって? 『影の王国』の構成員の『影使い』じゃないか。
にわかに緊張が走る。一歩引いたハルをかばうように前に出る影子が、にぃ、と赤い笑みをくちびるに浮かべた。
「『七人の喜劇王』が、一体全体何の用だ? んん?」
「えー、もっと敬ってよぅ。なんせ王様なんだよ? 知ってるよね、『七人の喜劇王』。その中でも小生は特別! 『モダンタイムス』と言えば『影の王国』の創設者、まさにキングオブキングスなんだから!」
まさか、敵の本丸が出てくるとは思わず、ハルは目を丸くした。
このドハデな男が、『影の王国』を作り上げた張本人。敵の中核だ。
『モダンタイムス』はなおもしゃべり続けた。
「王様なんだよ? とぉっても偉いんだよ? だから小生のことを崇め奉って! 羨望のまなざしで見て! あと、そんなにこわい顔しないで、塚本影子ちゃん?」
「んん? どう見ても笑顔だろ、コレ」
「ご馳走を前にした肉食獣の、ね」
影子の闘争の笑みの本質を即座に見抜いた『モダンタイムス』は、愉快そうにそう答えた。
それに応じるように、影子は自分の影から真っ黒なチェインソウを引きずり出し、エンジンをかける。どるん!と音がして、微細な刃が高速回転を始めた。
「ともかく! 『影の王国』の人間だっつーならぶっ潰すまでだ!」
「へーえ、すごいねえ。ここまで具体性を持った『影』だなんて。これは相当数のひとを食ってきたってことだよねえ?」
その一言に、影子は己の罪を指摘されたような気がして、珍しくたじろいでしまった。よりにもよってハルの目の前で過去の罪を暴露されたのだから、それは揺らぐ。
その狼狽を引きちぎるように走り出すと、影子はチェインソウを振り上げ、余裕の笑みで突っ立ったままの『モダンタイムス』に振り下ろそうとした。
やいばが『モダンタイムス』に届く寸前、その影から何かが出てくる。
どろん、と姿を現したのは、小柄な忍び装束の少女だった。
クナイでチェインソウのやいばを軽々と受け止めると、火花が散った。
ちっ、と舌打ちをしながら、チェインソウを引っ提げたままの影子が飛び退る。
「あるじ様、挑発行動はお控えくださいといつも申し上げておりますが?」
「てへ、ごっめーん☆」
影子のことなど構いもせず、その少女に向かって、『モダンタイムス』は自分の頭を小突いて舌を出して見せた。
「……その小粒ニンジャ、てめえの『影』か?」
目をすがめて影子が問いかけると、『モダンタイムス』は誇らしげに胸を張って、
「そう! 小生の『影』の秋赤音! こぉんなに小さいのにとっても強いんだから!」
「本人の前で小さいとか言わないでください」
「小さくてかわいいよ、秋赤音♡」
「言い直してもダメです」
「えー?」
口を尖らせる『モダンタイムス』に、まるでお姉さんのような対応をする秋赤音。あっちはあっちでそういう関係性らしい。
「ウソつきでちゃらんぽらんで軟弱ものの小生の『イデア』は、謹厳実直、質実剛健な超強いくのいち! どう? すごいでしょ?」
花魁衣装をひらりと翻して一回転する『モダンタイムス』に対して、秋赤音はあくまでも戦闘態勢を崩さなかった。クナイを構え、頭巾と口布の間からのぞく眼光が鋭く光る。
『モダンタイムス』は完全に秋赤音を信頼しているらしい。もしかしたら負けるかもしれない、という気負いが一切感じられない。ハルはまだそこまでの域に達せず、つい影子を案じてしまう。
『モダンタイムス』が影子を値踏みするような片目で見つめた。
「どれどれ、君の『イデア』はどんなものかなぁ?」
その視線に、不覚にも影子はぞっとしてしまった。
底のない、しかし澄み切った湖のような目だ。あけすけなようでいて、奥が読めない。限りなく矛盾した片方の瞳。
ちっ、とひとつ舌打ちをして気を持ち直し、影子は再びチェインソウの回転数を上げて構えた。
そんな影子を、ハルは心配そうな目で見ている。
「……まだ、邪魔立てする気か」
秋赤音がちらつかせたクナイが、ぎらり、と光る。
それと共に、秋赤音の細めた真っ黒な瞳にも光が差した。
「あるじ様に狼藉を働くこと、まかりならん。我があるじの覇道を阻むものは、私が蹴散らす」
「おもしれえ!! サシの勝負と行こうぜ!!」
チェインソウと共に影子が吠えた。
ここからは『影』と『影』、ひいては『影使い』と『影使い』の戦いだ。
真っ向勝負の一騎打ち。影子が最も得意とするフィールドである。
両者は互いの呼吸を計るようにしばしにらみ合っていた。