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ノラカゲ!Season4 ~Sadist

№20 暴虐の『メイド』

 ずん、と大地が揺れた気がした。久太の影が波打ち、次の瞬間膨大な質量が爆発のように発生する。


 久太の影からそびえるように伸びた『メイド』は、たしかにあのとき見た『影』だった。久太は本当に『影使い』のようだ。


「ご主人様ぁ♡ 私さみしかったぁ♡」


「うるせえ!! 早くこいつらを黙らせろ!!」


「はぁい、ご主人様♡」


 『メイド』は笑顔で答え、その巨大な腕を上空から振り下ろしてきた。


 影子はハルを抱え、ミシェーラと共にそのこぶしを回避する。轟音と共に公園の並木道がえぐれ、破片が舞い散った。


「ちっ、やろうってのか! 面白え!」


 どるん!と影子のチェインソウが回転を始める。


「簡単なこった! こいつぶっ倒しゃいいんだろ! そっちの方が話が早え!」


「ワタシもカゲコと同意見! この子もう話聞いてくれないヨ! 頭冷やしてあげよう!」


 ミシェーラの影からも多数の『影爆弾』が出てきて、『メイド』の影に飛び込んでいく。


「そ、そんな……!」


「つべこべ言ってねえで、黙って見てろ!!」


 そう、こと戦闘に関してはハルはほとんど存在価値がない。黙って見ていることしかできないのだ。


 悔しげに歯噛みして、ハルはこぶしをにぎりしめた。


 そうこうしている間にも、ミシェーラの『影爆弾』が『メイド』の影に炸裂した。街路樹が軒並み吹っ飛ぶほどの大爆発だ。


「きゃああああ!!」


 『メイド』も大きく被弾し、大きな右足がほぼすべて吹き飛んだ。


 しかし、『メイド』のちからはその大きさだけではない。厄介なのは超再生能力だ。今も、壊れた右足には周囲の影の破片が集まっていて、だんだんともとの姿を取り戻そうとしている。


「まだまだぁ!!」


 ミシェーラもそれを見越しているのだろう、さらなる連撃に打って出た。大量の『影爆弾』を『メイド』の影に沈ませ、またも大爆発を引き起こす。


 今度は左足のすべてを失った『メイド』はその巨体を大きくかしがせ、ずぅん、と地面に倒れ伏す。地べたに這いつくばって半べそをかく『メイド』は再生を続けているものの、ミシェーラの攻撃の勢いが勝っていた。


 やはり、『メイド』と『影爆弾』の相性は良かった。『影爆弾』の攻撃範囲はその大きな影全体、そして、影が大きければ大きいほどたくさんの『影爆弾』が作動する。


 今や、勝負は一方的だった。


「ご、ご主人様ぁ……!」


 再生を続けながら助けを求める『メイド』に、またしても容赦なく『影爆弾』が襲い掛かる。天を突くような爆炎を上げて公園に穴をあけた爆発のあとには、右手を失ったメイドが涙目になっていた。


「……もう一息……!」


 ミシェーラもだいぶ無茶をしているらしく、顔色が悪く冷や汗をかいている。それでもミシェーラは『メイド』にトドメを刺そうとオモチャの兵隊の『影爆弾』を操った。


「『影』に構うことはねえ!! 『影使い』本体を叩け!! 『影使い』の近くでは爆発しねえはずだ!!」


「そっかぁ! さすがご主人様、あたまいい♡」


 ようやくそこにたどり着いた『メイド』は、片腕だけで地面を這いずってミシェーラの前までやって来た。


「か、『影爆弾』……!」


 圧倒的な巨大さに気おされ、ミシェーラの声が上ずる。しかし、久太の言う通り自分が巻き込まれる範囲内での爆破はできない。


「ミシェーラ!!」


 ハルの悲痛な声が届くより先に、『メイド』の左手のひらがミシェーラに叩きつけられた。


「……っ……!!」


 ぎりぎりで避けたミシェーラは血のシミになるようなことはなかったが、衝撃の余波で吹っ飛ばされてしまう。


「あんの海綿体お脳みそ腐れビッチ……!」


 地面に叩きつけられたミシェーラのもとに、影子が走る。助け起こすと、打ちどころが悪かったらしく額から血を流し気を失ってはいるが、死んではいない。


 少しほっとした影子は、ミシェーラのからだを抱えてハルのもとに戻った。気絶しているミシェーラをハルに託し、


「こいつはもうリタイアだ。『影爆弾』は使えねえ。『メイド』ももう回復し始めてやがる。アタシひとりで削るしかねえな」


「か、勝ち目はあるのか……!?」


「あってもなくてもやるしかねえだろ!」


 ヤケクソのように叫ぶと、影子はそのままチェインソウを引っ提げて半分ほど回復した『メイド』に向かっていった。


「おいこらデカブツ、勝負しろ!」


「えー、なんですかこのひと、こわーい!」


「シャクに障る声で鳴くんじゃねえよ! 今にアタシ好みの鳴き声に調教してやる!」


 言うや否や、影子は立ち上がりつつあった『メイド』の足の間を抜けて、背後に回った。そして、チェインソウを『メイド』の片足の腱に振り下ろす。


「いったぁぁぁい!!」


 べそをかきながら『メイド』が再び膝を突く。なるほど、高さのある相手はまずそこから攻略するべし、か。


 間髪入れず、影子はもう片方の足の腱も切断した。チェインソウが真っ黒な血液の尾を引きながらひるがえる。


 『メイド』はたまらずひざまずき、高さは4mほどになった。それでもまだ高い。まだ背後にいる影子は、今度は『メイド』の背骨を狙った。


 が、うまくいったのはそこまでだった。


「このっ、このっ!」


 まるで虫を叩き潰すかのような仕草で、影子を払いのける『メイド』。


「……ぐっ……!」


 巨大な手で弾かれた影子は、遊具の残骸に叩きつけられて苦悶の声を上げた。かろうじて受け身は取れたが、ダメージがないわけではない。


 起き上がって果敢にチェインソウを影子に、今度は『メイド』からの攻撃。


 ひざまずいた状態のまま、『メイド』は駄々っ子のように巨大な手のひらを連続して影子のからだに打ち付けた。


「えいっ! えいっ!」


 声に反してえげつない連打を受けて、影子はしばらくの間チェインソウを盾にしてしのいでいたが、やがて限界が来る。


 チェインソウを弾き飛ばされ、とうに砕けている足元に膝を折り、影子は殴打を受けるがままになってしまった。


「影子!!」


 ハルの呼び声に返事はなかった。悲鳴さえ上げなかった。その間も、『メイド』の手のひらは影子のいた場所を砕いていく。


 ……やがて、『メイド』が完全回復すると同時に連撃は終わった。


 ぐさぐさにひび割れた地面の上に横たわる姿を見て、ハルの喉がひゅっと鳴った。


 止まったチェインソウ。


 割れた眼鏡。


 ほつれた三つ編み。


 黒かった元の色よりももっと深い黒に染まったセーラー服。


 手足があり得ない方向に曲がった白い矮躯。


 ……影子は、無惨な姿になって地べたに這いつくばり、身じろぎもしなかった。


「……あ……」


 呼気に音が乗っただけの声を上げて、ハルは駆け寄ることすらできず、惨状にショックを受けて放心していた。


 また負けた。


 そして、また失う。


 自分があるじとして足りないばかりに。


 後悔がどっと胸に押し寄せる。


 『影』同士の争いは、そのまま『影使い』同士のちからのぶつかり合いだ。


 ハルは久太にすら『影使い』として劣っているのだ。


 ミシェーラを失い、影子を失い、もうハルに戦力は残されていない。


 もっと自分にちからがあれば、ふたりを守れたのに。


 ミシェーラの言っていた『ちからあるものの使命』を果たせずに、ハルはただ立ち尽くしていた。


 ……いや、まだやれることはある。


 どんなにみじめでも、カッコ悪くても、やれることがひとつだけ。


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