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№3 『殺人狂時代』

 無事授業を乗り越えたハルたちは、放課後を迎えてめいめい羽を伸ばして教室から飛び立っていった。


 ハルもまた帰り支度を終え、影子を連れて教室を後にする。


「あー、今日も一日楽しかったなあ!」


「君はいつでも楽しそうでいいね」


 帰り道、伸びをしながら言う影子に、ハルはくすりと笑った。


「そりゃそうだろ! 青春してんだよアタシは! 青春だよ青春!」


「はいはい、わかったわかった。君は青春となると途端に張り切るからなあ」


「なんたって、今のアタシは立派なJKだからな」


 にひひ、と笑い返す影子を見て思う。


 ずっとハルの影の中に潜んでいた影子は、やっと出てこられた外の世界を満喫しているのだ。今までハルの影越しにしか認識できず、手も触れられなかった青春。思いっきり高校生活をエンジョイする影子は、ハタから見ているとはらはらすることばかりだが、一方で微笑ましくもあった。


 いじらしい、とさえ思う。


 ……まあ、いつも巻き込まれて散々な目に遭っているのだが。


「よし、じゃあ今日はたい焼きでも食べて帰るか! お小遣いがこころもとないけど……」


「ゴチでーす♡」


 すっかりおごられる気満々の影子は笑顔で両手を合わせてきた。


 言い出しっぺは自分なので仕方ない。家の近所にあるおいしいと評判のたい焼き屋に寄ろう。


 住宅街の角を曲がった、そのときだった。


 どすん、と小さい何かがハルにぶつかってきた。どうやら人間の子供のようだ。


「……っとと。大丈夫?」


 子供のからだを受け止めて、声をかけるハル。


 そんなハルを見上げたのは、琥珀色の瞳だった。


 よく見れば肌は褐色で、髪は赤錆の色をしている。外国人らしい。ぼろぼろの衣服のようなものをまとっており、少なくとも近所の子ではなさそうだ。


「……君、」


「塚本ハル!」


 少年の声でいきなり名前を呼ばれて、ハルは棒を呑んだように立ち尽くしてしまった。


 そんなハルをまっすぐに見つめて、少年ははっきりとした日本語で叫んだ。


「助けて!!」


 ……助けて??


 少なくとも、出会い頭に赤の他人に言う言葉ではない。


 しかも、少年はハルの名前を知っていた。


 こころ当たりがあるとすれば……


「おいこらクソガキ。話が端的すぎんだよ、いったい何から助けろってんだ?」


 混乱するハルを置いて、影子は少年に向かって居丈高に問いかけた。


「あんたのことも知ってる、塚本影子! お願いだから助けて!」


「だーかーらー」


「ちょ、ちょっと待って、ここじゃなんだから近くの公園で話を聞くよ」


 ますますこじれそうだったので、ハルが割って入った。影子は渋々引き下がり、少年はこくりとうなずく。


 ハルはそのまま少年を連れて、いつもの公園へと向かった。


 自販機であたたかい飲み物を買い、ベンチに座っている少年と影子に手渡す。木々はすっかり色づいており、イチョウの木からは黄色い葉がはらはらと散っていた。


 ハルがベンチの隣に腰を下ろすと、少年は警戒するように渡された飲み物を見つめる。不思議そうにしながら缶ココアに口をつけるハルを確認して、ようやく少年もまた缶を開けた。


 あたたかくて甘いコーヒー牛乳に口をつけると、少年はようやくひと心地ついたようだ。両手で握りしめた缶を見下ろしながら、口を開く。


「あんたたちのことは知ってる。『影使い』の塚本ハルと、その『影』の塚本影子」


「……まさかとは思うけど、君は……」


 おそるおそる問いかけたハルの予想と、少年の答えは一致していた。


「そう、僕は『影の王国』の『七人の喜劇王』の一席、『殺人狂時代』」


 悪い予感ほど当たるものだ。あちゃー、と額に手をやるハルと違い、影子は目を細めながら少年、『殺人狂時代』を見つめた。


「……てめえは、アタシらの敵か?」


 低い声音でそう尋ねると、『殺人狂時代』はまっすぐに影子を見つめ返して首を横に振った。


「違う」


 そこにウソが含まれている様子はなかった。『殺人狂時代』は何らかの理由でハルたちに助けを求めているのだ。


 影子もそこのところを理解したのか、飲み物に口をつけつつ、


「で、その『殺人狂時代』がアタシらに何の用だ?」


「言っただろ、『助けて』って」


「だから、何から助けろってんだよ?」


「もちろん、『影の王国』から」


「……はあ?」


 影子が間の抜けた声を上げる。おそらく、ハルはもっと間の抜けた顔をしていただろう。


 『影の王国』といえば、目下ハルたちとASSB……『対ノラカゲ支部』の『影の王国』対策本部が対峙している敵対組織である。


 その『影の王国』の構成員である『七人の喜劇王』のひとり、『殺人狂時代』がこんな外国人の子供だったのも驚きだが、その『殺人狂時代』が『影の王国』から助けてほしいと駆け込んできた。


 一体全体、どういう了見なのか?


 顔を見合わせて疑問符を浮かべるハルと影子を隣に、飲み物を飲みながら『殺人狂時代』が言った。


「察しが悪いな。つまりは『亡命』ってことだよ」


「ぼ、ぼうめい……?」


「そう。僕は……いや、双子の妹の『黄金狂時代』と僕は、『影の王国』から抜けようとしてるんだ。それをあんたたちに手助けしてもらいたい」


「亡命だなんて……そんなことなら、最初から『影の王国』になんて加わらなければよかったのに……」


 つい正論を振りかざしてしまったハルをとがめることなく、『殺人狂時代』は大人びた様子で淡々と告げた。


「僕らは戦場育ちでね、生まれた時からふたりっきりで世界中の戦場を渡って歩いてきた。僕は、百人を殺して英雄になりたかった。だから、『影の王国』で英雄になろうとした」


 ちゃぷちゃぷとコーヒー牛乳を揺らしながら、『殺人狂時代』は続ける。


「けど、妹の『黄金狂時代』は平和主義者だ。いつも争いをかなしんでいた。『影の王国』に入ったのだって、僕についてきたからだ。僕は英雄になりたかったけど、それよりも妹がかなしむ顔に耐えられなくなった。だから、ふたりで亡命しようとしたんだ」


「その妹さんは、今どこに?」


 ハルの問いかけに、『殺人狂時代』の顔が目に見えて曇った。


「……取り残されてしまった。僕だけが逃げ出してきたんだ。だから、妹を助けなきゃいけない。それであんたたちに助けを求めたんだ」


 かげりのある表情をハルに向けて、『殺人狂時代』は必死の思いが伝わるように再度言った。


「お願い。僕と妹を保護して」


「おっと、囚われのオヒメサマの奪還作戦か。いよいよ面白くなってきやがった!」


 真剣そのものの『殺人狂時代』を茶化すように影子が笑った。こころなしか『殺人狂時代』がむっとしている。


 それはそうだろう。文字通り、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。しかも愛する妹のいのちがかかっている。こんな風に茶々を入れられれば鼻白むのも仕方ない。


「まあまあ……もちろんだよ。ASSB頼めばきっと保護してくれる。今はひとりでも多くの『影使い』が必要なんだ」


 快諾したハルに、『殺人狂時代』の顔色が一気に明るくなった。


「本当!?」


「本当だよ。ASSBの逆柳さんにすぐに連絡する。君を保護して、妹さんを助ける手立てを探してくれるよ」


 ぽん、と肩を叩くと、『殺人狂時代』は子供らしい笑みを浮かべて、


「……ありがとう。よろしくお願いします」


 はにかんだような口調でハルにすべてを委ねた。


「それで、妹さんは今どこに?」


「『モダンタイムス』がどこかに隠してる。それがどこかはわからない。けど、今妹は『モダンタイムス』に囚われているはずだ」


 『モダンタイムス』……その名を聞いた途端、先日の苦い思い出が一気によみがえってきた。


 圧倒的敗北、失った友情……本当に、つい先日の出来事だ。


 それを改めて噛みしめながら、ハルは決意した。


 今度こそ取り返す、必ず。


「……ちょっと待っててね」


 固く胸に誓ったハルは、早速スマホを取り出し電話をかけた。


 きっちり3コールで出てきた相手に取り急ぎ要件を話すと、これから来いとのことだった。


 通話を切り、立ち上がったハルの制服の裾を、『殺人狂時代』はすがるようにつかんでいた。


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