俺たちは、多くの犠牲を払った。
俺たちは魔王を討伐した。
仲間を失った。命を賭けた。
この国を守るために、全てを差し出した。
それも、この国で平穏に暮らすためだった。そう、信じていた。
「よくぞ戻った、勇者ヴィクトール。貴殿らの功績を称え――」
そこで、王の口が止まった。
一瞬の沈黙。全てが静止する。
そして次に発せられたのは、信じがたい言葉だった。
「先代の王が約束した永住権と貴族特権は、無効、追放とする」
その瞬間、謁見の間が凍りついた。
この一言で俺達と遠くでパレードから戻ってきた民衆が、絶句していた。
「どういうつもりだ、ベルヘイルズ」
「口を慎め、勇者ヴィクトール。これからの時代は、純粋な女神の血を引く我らが作り上げておこう」
ベルヘイルズ王の冷淡な言葉に、俺は怒りを抑えながら問い詰める。だが、奴は意に返さない。
「そもそも、去年亡くなった父上がいけないのだよ。純粋である我らが時代を引っ張っていかなければいけないものを、異端者を受け入れて聖地を汚しただけに過ぎん」
「……ふざけるな」
俺は奥歯を噛みしめた。
こいつらは何も知らない。俺たちがどれだけの血を流して、どれだけの仲間を失ってきたか。
ふざけるな……ムンゾの勇者のアンディの腕が、誰のために吹き飛んだと思ってる!
笑って“これで子供たちが飢えなくて済む”って言った修道女たちが、あのときどれだけ震えてたか……。
先代の王が言っていた。
“この国に貢献する者は、出自を問わず、家族として迎えよう”と。
その言葉を信じて、俺は剣を取り、仲間を鼓舞し、命を懸けた。
それが、この仕打ちか。
「貴様らの命じゃ足りねえくらい、俺たちは先代の王の約束の為に差し出したんだよ……それを、“いらない”で終わらせるのか!」
それを、たった一言で踏みにじるつもりか――?
俺の背に隠れていた、若き修道女フォルティナが、静かに声を上げた。
か細い声。けれど、確かな意志を宿していた。
「落ち着いて下さい。訳を話してくれませんか?それが、女神様のお告げですか?」
俺の背中に隠れている修道女フォルティナは、冷静を保ちながら奴に尋ねる。彼女の銀髪がさらさらと揺れ、紅い瞳が肥え太った王を射抜くように見つめてくる。
司祭服の裾から覗く小さな膝と、華奢な体躯が、彼女の年齢を錯覚させる。一瞬、声をかけるのをためらうほど、神秘的な美しさだった。
俺が孤児で修道院で過ごしていた時にフォルティナは、女神様を呼ぶ儀式で女神様の力を授かった。それによって、彼女が周りから尊敬される一方で偏見や恐れを抱いて何回も酷い目にあった。
それでも、彼女はひたむきに女神様にお祈りして戒律を守って俺や人々を何度も救ってきた。俺はそのひたむきなところが好きだからこそ、彼女を魔王討伐の旅に連れて行って俺たちを受け入れてくれる永住権を手に入れたかった。
あの修道院の小さな部屋で寄り添って眠った夜のぬくもりだけは、忘れられなかった。どんなに辛い目にあっても、ふたりの思い出を糧に乗り切った。
だが、王は笑った。
「おや、修道女にしては素直な問いだ。ならば聞こう。お前たちの“女神様”は、本当にこの国を愛しているのかね?」
フォルティナの顔が、わずかに曇った。
他の仲間も、各々の理由で受け入れてくれる居場所が欲しくて冒険し命を落とした。
だが、ベルヘイルズの野郎はそれが気に食わないのか、フォルティナの方を睨みつける。その目は、嫉妬と憎悪で濁っていた。
俺たちが流した血を、犠牲を、あざ笑うようなその顔に、俺は奥歯を噛み締めるしかなかった。
「ふん。女神様のお告げで女神様の力を与えて貰った程度で、図に乗るなよ。純血でもない 貴様が女神様のご加護を受けたのは何かの間違いだ。女神様の血筋を持っ我が娘こそが正当な後継者だ」
「そ、そんな事はありません!」
彼女はおどおどしながらも、奴の嫉妬と憎悪に満ちたいちゃもんに反論する。
「まぁいい。吾輩も寛大だ。貴公らの態度次第では、先代の王の約束を守ってやろう。貴様らが魔王を討伐してくれたお陰で、我らの領土の拡大出来たしな。今の我々には国民の支持が欲しい」
「フォルティナ。奴の話は飲まなくて良いからな」
嫌な予感をした俺は、小さな声で彼女に忠告する。すると彼女は俺の手を握るが、その手は温かくて震えていた。
「女神様から受け取ったとされるブローチと魔導書を返還するのならば、先代の約束を守っても良いだろう。元々、女神様の血筋を受け継ぐ我らのものだよ。お前のような危ない混血の小娘が持っていても危なっかしい」
「お断りさせて頂きます」
「なぜだ?」
「女神様から授かった大切なものです。このブローチが無ければ女神様の力が制御できませんし、何よりも女神様の声が聞こえなくなります」
奴の下劣な取引に、フォルティナは即座に断る。当たり前だ、こんな無茶苦茶な取引だ。
……奴め、最初から女神様の魔導書とブローチが目的だったか!
「ならば、貴様らは反逆者だ」
「今すぐ捕えろ! すべての権利を剥奪し、処刑せよ! 奴らは魔王を討伐したばかりで数も体力も疲弊している!」
王の怒号と共に、鎧の擦れる音が響いた。
王の部隊が剣を抜き、詠唱を開始する。
だが、誰も動かない。
彼らの目には迷いがあった。
……本当に、俺たちを討つ気か?
沈黙を破ったのは、銀髪の騎士だった。
「ルキウス! お前か!」
「……剣を抜け、ヴィクトール」
ルキウスが静かに言った。
「……お前、本気でやるつもりか?」
「王の命令だからな」
ルキウスはそう言いながら、わずかに口角を上げた。
「ただし、僕が“どこまで本気か”は、お前次第だ。」
「どういうことだ?」
「ま、本気でお前を倒す気はない。力を抜いたって良いんだぜ」
ルキウスは周りに聞こえない声で言った。