「どういうことだ?」
不安だらけの気持ちで、オレはルキウスに問い掛けた。
ルキウスは返事の代わりに、無言で剣を抜いた。
そして次の瞬間、俺の足元めがけて斬り込んできた。
「ちぃっ…」
とっさに基礎防守魔法を強化し、オレも剣を抜いて吹き流す。
斬りかかる。受ける。すぐに切り返す。だが、ルキウスもまた、俺の剣をさらりと受け流す。
一手ごとに、剣が火花を散らし、距離がじわじわ詰まっていく。
「相変わらず、察しが悪いな」
ルキウスの剣が、俺の防御を叩くように打ち込まれる。
重い。
格戦のための打撃が剣を通して腕に衝撃を伝え、しびれそうになる。
だが、その重さの裏に、わずかな震えがあった。
……お前も、本当は、こんな命令に従いたくねぇんだな。
すかさずカウンターで斬り返すが、奴は軽やかにかわしながら間合いを詰めてくる。
すれ違う部分でルキウスの気持ちが読めた。
剣の重さだけじゃない――そこには迷いがあった。
「……お前、本当に迷ってるんだな」
だが、ルキウスは答えない。
むしろ、黙って俺の力を試すように斬りつけてくる。
クソっ!心を切り替えろ!
ルキウスの剣を受けながら、俺の頭には別の不安がよぎっていた。
女神の力――そして、それを背負うフォルティナの精神は大丈夫か?
あんな形で見捨てられて、耐えきれるほど彼女は強くない。
彼女の事を考えるだけでも、冷や汗が頭から流れ始める。
「お前の頭の中、フォルティナでいっぱいだな?少し手を緩めるか?」
俺の意図を察したのか、ルキウスは俺を煽っている訳ではなく、普段の会話のテンションで話しかける。
「ルキウス、何を考えてる?」
「さぁね」
ルキウスの攻撃が緩まり、王にバレない用に手を抜き始めた。相変わらず、手を抜くのがうまいな。
パァァァン!!
轟音が響いた。大理石の床が砕け、衝撃波に巻き込まれた親衛隊の兜が宙を舞う。
……女神の自動防御魔法か。いや、違う。これは――明らかに「怒り」だ。
俺の鼓膜が震える。
吹き飛んだ兜が、ベルヘイルズの頬をかすめる――次の瞬間、血の池が広がった。
だが、死体がない。あるのは、散乱する武具と鎧の残骸だけ。
まるで、何かに「消された」ように。辺りは騒然となって全員の動きが止まった。
「あぁ……。そんな、女神様」
フォルティナは理解できない惨状に眺めて怯えている。
彼女……いや、女神様の魔導書による自動防御魔法が発動した。一体、どんな女神様の魔法なんだ?
死体どころか髪の毛一つもねぇじゃねぇかよ!
毎回違う魔法が発動するから、俺でも把握しきれない。……こんな時、他の仲間がいれば分かったかもしれない。
「な、何が起きた!」
「わ、私の身柄を確保しょうとした親衛隊の方々が、いきなり跡形もなく消し飛んです!」
フォルティナが唇を震わせながら答える。周囲も何が起きたのか分からず、全員目が泳いでいる。
当たり前だ。長く冒険をしている俺も彼女自身も、彼女の自動防御魔法の原理が全くわからない。
「な、吾輩自慢の親衛隊が、かすり傷一つつけずにほぼ全滅だとぉお!」
ベルヘイルズは、頬に出来た深い傷を脂汗まみれの手で抑えながら吠える。
「わ、私は分かりません! ……女神様のお力です」
「ば、馬鹿な……女神様の力、だと?」
ベルヘイルズ王の顔が青ざめる。
だが、すぐに震える声で叫んだ。
「ふ、ふざけるな! そんなわけがない!! き、きききき……きっと、魔王の邪悪な力に違いない!! さっさと女神様の魔導書とブローチを確保しろ!!我が娘こそが正当なる後継者だ!!」
しどろもどろになってパニックになっているフォルティナの言葉に、ベルヘイルズは腰が引けて失禁する。
「お、王が失禁した……?」
「ほ、本当に、女神様のお力なのか?だったら……ベルヘイルズ王の女神様の力は?」
「いや、魔王の力かそれ以上だ」
魔法特務部隊や騎士団の動揺が隠せず、フォルティナから離れている。
「ええい! 処刑が無理なら捕獲しろ!」
奴は失禁した正装のズボンをマントで隠して叫び散らかすと、奴らの部隊の動きが再び活発になる。
……まずいな。このままでは、敵も味方も全滅しかねない。仕方ない、俺の相棒を呼ぼうか!
「フリードを呼び出すぞ! フォルティナは俺の方へ集まれ!」
俺の呼びかけに、全員が集まろうとするも、敵に阻まれ思うように動かない。だが、悠長に待っていられない!
「出でよ、フリード!」
俺の声に応じて、召喚陣が光る。
吹雪のように飛び出したブリードが咆哮を上げた瞬間――
俺は、いつものあの感覚を思い出す。
こいつは、俺の命を何度も救ってくれた。
どんな絶望でも、どんな裏切りでも、こいつだけは俺を見捨てなかった。
「頼む、ブリード。今度も俺たちで、守り抜こう」
俺が呪文を唱えると、召喚魔法陣が出現しブリザードドラゴンが謁見室から飛び出し、辺り一帯に氷を作り出す。
彼女は必死に氷と敵を交わしながら集まる。頼む! 皆、間に合ってくれ!!
「な、何をする気だ!」
奴の叫び声を無視して、俺はフリードに氷の結界を作るように命令する。
女神様の自動防御魔法の仕組みはわからないが、疫病や腐食、老化といった一部の女神様の力はフリードのブレスで食い止める、又は進行を遅らせる事が出来る。
俺とフォルティナ、フリード、そして現状味方のルキウスを守るには結界を作るしかない!
フリードが必死になって氷の結界を作っているうちに、フォルティナと幾つかの敵が結界内に入り込む。
「お、おい! 結界の中に入れてくれ!」
「し、死にたくない! 俺には生まれたばかりの娘が!」
「ベルヘイルズ王! 女神様の助けを! 助けを!」
「寝言を言うな! 殺れぇ!! 女神の異端者どもを斬り伏せろ!!」
ブリードの結界に入れず外にいる王の部隊が血相変えて結界を叩いている。
この兵士たち、ただの敵じゃない。……こいつらも、犠牲者だ。
「フォルティナ、下がってろ!」
俺は叫び、剣を構える。
どちらにしろ、今はやるしかない。
「ウ……ゲボっ……だ、誰か……」
「おい! 魔法特務部隊のひとりが苦しみ出したぞ! 誰か助けろ」
「何の魔法で、何の疫病なのか分からん!」
そのうちの一人が咳き込んで苦しみ始め、更にパニック状態になって謁見室から逃げ出すものもで始めた。
「わりぃな! 僕も女神様に怒られて惨たらしく死にたくないんでね」
「ルキウス!」
ルキウスをはじめとする一部の部隊が混乱に乗じて自動防御魔法から逃げる為に幻影魔法を使った。
「ま、待て」
ルキウス達の幻影魔法が解かれると、既にいなくなっていた。
「ベルヘイルズ王、ここは退避するのがよろしいかと」
「ぐ……残りの親衛隊は吾輩と家族を王宮へ避難させろ!他は奴の氷の結界を壊して撤退しろ!形勢を立て直す」
側近に促された王は、狼狽しながらも部下と共に逃げ始める。残された部隊を置いて逃げる王に、血管が浮き出る程に怒りが湧いてくる。
氷の結界の中で、白銀の霧が揺れる。 剣がぶつかり、火花を散らす。
氷結した床を踏みしめるたびに、刃の音が鈍く響く。
俺たちも、敵も、誰ひとり余裕なんてなかった。
冷たく、静かで、そして必死な戦いが始まった。