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第3話 ブリザードドラゴンと疫病

「さ、寒い……」

「く……。やっぱりベルヘイルズ王に女神様の力なんてなかったんだ」


 氷の結界内で凍えている兵士の誰かがそう呟くと、他の兵士達も「そもそも王の血筋が怪しい」という話が広がり始める。そこに「実は俺も聞いたことがある」と他の兵士が加勢する。


「いや、それよりもこの状況どうする? 結界内は寒いし、外は……。ヒィ!!」


 結界内にいる部隊は、鳥肌を立てて震えながらも話し合っている。


 結界は強力な氷の盾だが、完璧ではない。

 疫病を“完全に”防げる保証はなかった。

 少しの綻びが、命取りになるかもしれない。


「俺たち、ただの駒として切り捨てられたんじゃないか?」

「魔王討伐で頑張った勇者たちが、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ?」


 ひとりの兵士の一言で一瞬沈黙が走る。


「……なあ、俺たち、これからどうする?」

「くそ……。王に忠誠を尽くしてきたのに、これかよ……」


 彼らの中で奴に対する不信感が段々と積もり始めていき、俺たちから離れ始める。


「ゲホゲホ……!! ゲホッ! ウェ……」


 さっき咳き込んだ魔法特務部隊の隊員が、地面に崩れ落ちる。

 腕が黒ずみ、皮膚の下に黒い斑点が広がっていく。


「おい……あれ、魔族の疫病じゃないのか!?」

「いや、こんなの見たことがない……皮膚の下で血管が破裂してるぞ……!」


 一方結界の外では、さっき咳き込んだ魔法特務部隊の隊員を媒介に感染した隊員が数名苦しんで倒れている。よくみると腕が黒ずみ、指が痙攣し始める。


「あれ? こいつ、さっきまで普通だったのに、急に咳をし始めた……」

「う、腕が……動かない!? ちょっと待って、これって――」

「誰が感染してるか分からない……全員、距離を取れ!」


 結界に入れなかった部隊はパニック状態でバタバタと倒れ始めていき、それをみた結界内の部隊を更に精神的に追い詰める。


「……勇者殿、助けてくれるか?」

「ど、どうしましょう。か、彼らを助けるべきでは?」

「待て、フォルティナ。気持ちはわかるが、俺達はお尋ね者だ。助けてもまた俺達に危害を加える危険がある」


 おどおどしている彼女を、俺は制止する。こういう優しさが彼女の魅力なんだが、危なっかしい。女神様のお力がないと騙されてしまいそうで心配だ。……まぁ、騙そうとした奴は 大抵酷い目に合うんだけど。こいつらみたいに。


「待て。いや、待ってくれ! 俺達は王から見捨てられた身だ! 助けてくれ!」


 ひとりが俺に膝を突いて助けを乞うと、兵士達も真似して一斉に俺に頼み込む。ただひとりを除いて。


「こ、この通りだ……。寒くて死にそうだ。王の命令で仕方なく従ってたが、君たちに恩義がある」

「我々に交戦の意思は無い。逃がしてくれ」


 「頼む、俺の分も薬を……!」

「ふざけんな、お前もう手遅れだ! こっちはまだ軽いんだ!」


 ――ドカッ!


 一人の兵士が、感染者の顔を蹴りつけた。

 その瞬間、結界内の全員が凍りつく。



 結界内に侵入した奴の部隊の人達は、武器を地面に放り投げて火を灯す魔法で暖を取っている。すると、フォルティナは、俺の袖を掴み顔を見る。その目は、曇りもなく純粋な瞳だった。

 だが、俺は一仕事を終えたフリードの頭を撫でながら警戒を解かない。


「ヴィクトール。本当に彼らは戦意を失ってます。助けても良いと思いますが」

「まぁ。確かにそうだが、こいつら助けた後で俺達に危害を加えるかもしれないだろ」


 俺の冷徹な一言に、フォルティナは怯むが言い返す。


「そ、そんな事はないと信じたいです」

「いいや、魔王との戦争のどさくさで同盟国を占領したやつらだ。信用できん」

「ですが、このまま氷の結界の中にいるのも限界です。それに、貴方の寒さ対策の防具も魔王との戦闘でボロボロになってますよね」


 フォルティナに指摘されて、自分の防具を確認すると、防具の隙間から見える肌は震えていて、鳥肌が立っている。……背に腹は代えられないな。あぁ、こんな時にあいつがいたらすぐに防具を修理出来たのに。


「く……そうだな。じゃあ、フォルティナは俺の背中に隠れてろ」

「はい」


 俺は、寒さで凍えている王の部隊へ向けて大声で叫ぶ。


「お前ら、本当に助かりたいんだな?」


「た、頼む……感染した俺達も」

「お前らふざけるな! 感染した兵士を見捨てて俺達だけでも助けてくれ!」

「う……くぅ。ふざけるな……」


 俺の問いかけに対して、感染した兵士としてない兵士が醜い言い争いをし始める。

 あぁ、見ていられない。


「王を信じたいって奴もいるかもな。でもな――“見捨てられた”って事実は、どう足掻いても変えられねぇんだよ」


 俺の冷静な一言で、兵士たちの内部対立がピタリとやんだ。


「そしてもう一つ、お前らの中に王の『秘密』を知っている奴がいるはずだ」

「秘密だと……!」


「ならば、本当に交戦の意思がなく秘密を話して俺達に従うのなら、氷の結界を解いて安全な場所まで避難させてやる!場合によっては感染者も助けてやろう」

「ほ、本当か!?」


 俺の提案に対して、兵士の大半は希望の光を見いだしている。


「お前たちの知っている地下通路や秘密の部屋、警備の薄い時間帯、王が必ず通る道、王の弱み……全部話せ」

「な……!? それは……!」


「不服か? なら、そのまま本体に戻って出来るだけ早く本体に戻れ」

「なっ!? そんなことしたら……!」

「そうすれば、捨て駒にされたお前たちの無念は晴らせるだろう?」

「ヴィクトール! それでは彼らは」


「フォルティナ。その気持ちの甘さにつけ込まれて何回も女神様のお力で村を滅ぼしたんだ?人間も魔族も関係なく」


 フォルティナは眉をひそめて俺に抗議するが、俺は心を鬼にして冷徹になる。


「そ、それは……」

「甘さが命取りになる。俺たちに情けをかけてくれる敵はいないだろ? 現にさっきまで俺達を殺そうとしただろ」

「分かりました。私も……もう同じ過ちは繰り返したくない」


 フォルティナが目を伏せると、魔導書のページが勝手に開き、冷気が一瞬漏れ出した。


「おい!お前ら、ここでさっさと決断しろ! お前らの隊長はどこだ?  そいつが降伏すればもう少しお前たちの言い分を聞いてやる」

「う……」

「仮に、もしも裏切るような真似をしたら、再び感染させて病原菌をばら撒く爆弾として王宮の本隊と貴族の所へ転送させるぞ?」


 俺の言葉に、生き残った王の部隊は顔を合わせて沈黙する。その間に、結界外の兵士の中には血の混じった咳を吐き出しながら、目の焦点が合わなくなる者が出てきた。


「分かった、もしもこの中でふたりに反逆する奴がいるなら真っ先に排除してくれても構わない。その際は協力するし、なんならベルヘイルズ王とこの国の現状と秘密を話す」

 隊長らしき男が代表として俺の前に出る。



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