突然、王女メラルがしゃがれた声で魔法を唱え始めると、パリっと徐々に国を覆っていた何かが崩れる音がした。
まるで、細長くて繊細なガラス細工がたたき割られたようだった。
「ま、まさか! なんてことを!」
フォルティナの顔が真っ青になっていき、へたり込む。この状況を見た俺は戦慄した。彼女がこうなるってことは、とんでもない事をこの王女がやらかしたのか!
「王族の血も女神の寵愛も偽物だった……ならば、私の命と引き換えに、この国そのものを否定してやる!」
「あなたの事を信じていましたが、ここまでされては容赦しません。」
「はは、だったらお前を道連れに――」
有無を言わさず、フォルティナが魂が爆発する魔法を唱えると、メラルの魂が抜かれ爆散して動かなくなった。
ここまでメラルが残酷な魔法を使うのは滅多にない。
「お、おい! あの王女は何をしたんだ?」
「ヴィクトール。あの王女は、この国の女神様の結界を解除してしまったのです」
彼女は静かに言い放つが、目には怒りを込めていた。抜け殻となったメラルの遺体が握っていた女神様のブローチを丁寧に剥がすように取り出す。
すると、結界がなくなった事で空に少しずつ明かりが灯り始める。
いや、これは明かりではない!
無数の多種多様のドラゴンが飛来していき、夜空の中に攻め込んで来た。
「な、何でドラゴンがこんなに!」
「おい、あいつら……この国の空で縄張り争いをしてるぞ!」
月明かりに照らされたドラゴン達が争いをし始めていき、国中に炎や水、氷、毒などのドラゴンの息吹が流星の様に降り注ぐ。
王宮の大食堂が炎に包まれ、豪奢な天蓋が崩れ落ち、図書館が氷のブレスで砕け、知の塔が静かに崩れた。
民衆も貴族も関係なく、建物が次々と破壊され逃げ惑っている。
だが、何故かフォルティナの近くにいる俺たちや民衆には流れ弾一つ飛んでこない。
「これは、どういう事だ? フォルティナ」
「この国は太古の歴史、ドラゴンの住処の一つだったのです。それを、私達の祖先が女神様に願い事をしてドラゴンから守る結界を作ってくれた。……それをあの王女が解除したのです」
淡々と答える彼女の言葉に、周囲が騒然とする中ベルヘイルズ王が彼女にすがってきた。
「頼む! この国を救ってくれ! 吾輩の娘が愚かな事をしてしまった事は謝る! だから――」
「お断りします。どうせ、魔王討伐の約束を反故にした時と同じ事をするんでしょう? この国の王も貴族も騎士団も、国民も」
「そんな! もうしない」
「あなたたちは、都合の良い時だけ私を神と仰ぐ。だから、私はあなたたちの神にはならない。でも……私を信じてくれる者だけは、必ず守ります」
「俺も同感だ。どうせこの事態が片付いたら、また刺客を仕向けて来るのは目に見えている。じゃ、俺たちは修道院に戻るから勝手にやってくれ」
フォルティナの淡々とした言葉に俺も乗っかり、身支度をする。
すると、戦いに敗れたドラゴンが貴族の家や城を目掛けて落ちていき、建物が破壊された衝撃波で地面が揺れる。
「ヴィクトール、本当によろしいのですか? こんな私でも」
「当たり前だ。女神の化身でも、孤児の少女でも、どちらでも構わない。俺は“お前の国”に生きたいだけだ」
「ふふ。それでは、ベルへイルズ王。もう、私たちは報酬の永住権も特権も金貨もいりません」
こうして、俺たちはベルへイルズ王に背を向けて周囲の人々を見る。奴は項垂れて何かを呟いいるが、これまでの事を思うと同情できない。
フォルティナは、みんなの方へ顔を向けて深呼吸して語りかける。
「貴族の出自も、魔物の血も、神の加護も関係ない。心から誰かを思える者だけが、堂々と生きられる場所を作りたいんです。ですが、ベルヘイルズ王をはじめとする裏切りが怖いです」
これを聞いたベルヘイルズ王の兵士や騎士団は視線を逸らす。
「私は貴方たちを信じたい。でも、これまで私が女神様の力を持つとわかった瞬間、人は敬い、同時に恐れました。次は何をされるか、もう予測がつきません」
彼女の言葉を聞いて、俺は目を瞑る。そうだ、ベルヘイルズもそうだが、これまで魔王討伐の旅をしてきた時から色んな人と出会った。
正直、全員を信じられる訳では無い。
「だから……私のことを理解してくれる人たちで、新しい国を作りたいんです」
フォルティナは、涙を堪えながら民衆に訴えかける様に手を伸ばして祈る仕草をする。
「それが、私の願いです」
少し沈黙が流れ、ドラゴン達の争いの音が鳴り響く。
「聞いたか……? “願い”だぞ。あの、誰にも祈られ続けてきた存在が。
今、自分の願いを口にしたんだ。そんなの……応えずにいられるかよ」
「ヴィクトール……?」
「いいか、お前が“作る”なら、俺は“支える”。世界中が敵でも、お前一人の味方にはなれる。もしも、純粋な気持ちで彼女の願い事を叶えてくれるなら、手伝ってくれないか?」
周囲にいた元兵士や市民がざわつきながらも、彼女の方へ視線を向ける。
「俺も……女神様じゃなくて、フォルティナ様についていきたい……」
「俺は、勇者と一緒に生き残った仲間を信じる」
人々が自然に頭を下げ、ひとりまたひとりと膝をつく。こうして、俺達の国造りがこれから始まるのであった。
誰かの後ろを歩く国じゃない。
誰かを信じて、自分の足で進む国を──俺たちはここから、作り上げていくんだ。