翌日の朝、俺とフォルティナが修道院の部屋から出て朝食を済ませると、ルキウスがニヤニヤしながら出迎えてきた。
「よう、勇者殿。昨夜はお楽しみでしたな」
「うるさい!」
「ルキウスさん! はしたないですよ!」
俺と彼女は顔を真っ赤にして目線を逸らす。昨日の事は恥ずかしくて思い出したくないし、誰にも話したくないからな。
「はは、二人ともうぶで可愛いじゃない? あ、もしかしてアイツヘタレだったかな?」
「失礼な! 彼は昨晩――」
「これ以上辞めろ、フォルティナ。喋ったら君も恥ずかしいだろ!」
ルキウスの挑発に乗ったフォルティナが顔を真っ赤にして怒ったので、慌てて制止するとルキウスが「朝っぱらからお元気な事」と更にからかってきた。
あぁ、もう面倒だ。これから忙しくなるっていう時に。
「今日はからかいに来たのか? これから司祭様と国作りの話し合いをしたいんだが」
「ルキウスさん。私、もう逃げません。この力を“あなた”と一緒に使うって決めたから」
「そうだな。からかうのはやめにして。そのことで話がある」
彼女の覚悟を聞いた彼は、目の光が鋭くなって手元の書類を俺たちに渡してきた。
「これを見てくれ。昨日急ピッチでフォルティナが貼った修道院周辺の地図。ラインベルクの騎士団が優先的に有能そうな人員をピックアップしたものだ」
「よく、こんな膨大な人員と結界をピックアップしてきたな。十ページもあるな」
「まぁ、彼女に救われた市民や騎士が積極的に名乗り出て協力してれたからな」
「そ、それでは、私たちがゆっくりしてしまったのは申し訳ないです!」
ルキウスの話を聞いた彼女は、頭を抱えてへたり込んでしまったが、俺が「俺たちは昨日までずっと戦ってきたから、気に病む必要なんてない」と励ますと表情が和らいだ。
「勇者殿の言っている通りだ。市民を救った対価として一晩ゆっくりできたから良いじゃないか? ま、後悔するよりも、次の計画を考えてくれ」
「ルキウスは、ドカッと修道院の木製の椅子に座って机に資料を広げる。
「この地図を見る限り、修道院から東に仮設のキャンプを設置していて人で溢れかえっている。キャンプの男たちは大工の指示で既に瓦礫の撤去の仕事や壊れた建物の修復、女性は皆の分の料理を作って、老人は子供たちの世話をしている」
ルキウスが、地図を指さして俺たちに説明する。その姿は真剣そのもので、さっきまでのお茶らけた雰囲気はなかった。
「この川沿い、ここに“仮設市場”を作る予定だ。物資と人が集まる場所だから、治安維持の兵士を配置する必要がある」
「じゃあ、俺が担当しよう。ここを中心に巡回ルートを組んでみる」
俺が地図の端を押さえながら言うと、彼女も立ち上がる。
「私は、診療所の手配をお願いします。衛生管理も必要です」
フォルティナが迷いなく指を置く。
「それも大事だが、君は女神様の結界をもう少し広げてくれないか? 市民の数が多すぎてすぐにパンクしそうだ」
「分かりました。ですが、女神様の魔法が仕える他の使者の手配は出来ますか? 私一人だけでは結界を広げるのに時間と手間がかかります」
「そっちの修道女は?」
「全員が使えるわけではないです。……それに、全員が協力してくれるとは到底思えません」
「フォルティナ様、私たちも手伝わせてください」
修道女達が、彼女の前に現れて懇願する。だが、彼女はすぐに返答はしなかった。その理由を知っている俺はすぐに彼女を庇う様に立って修道女の方をみる。
「先に彼女に危害を加えないと確約する証明を出せ。俺や司祭様のいない所で何をするかたまったもんじゃないからな」
俺の一言で修道女達が黙り込むが、ひとりの修道女は真っすぐ俺の目をみる。よく見ると、初めて見る女性だ。
「おいおい。過去に何かあったか分からないけど、今はそうは言ってられないだろ。ここは割り切れ」
「ルキウスさん。以前、兵士達の中に内通者がいましたよね。それで司祭様や周りを危険に晒しました。その時は私達で何とかしましたが、今回は多くの市民を守り切るのは難しいです」
ルキウスはフォルティナを諌めようとするが、彼女の言葉で押し黙った。だが、目の前の修道女は怯まない。
「私は司祭様や他の修道女からお聞きしました。女神様に選ばれた貴方が、私達を心から信用されないのは無理ありません」
修道女は、すっと足を踏み出してフォルティナの前にひざをつく。
修道女の目に涙が溜まっていて、それを見た彼女が優しく微笑んだ。
薄い褐色肌で白髪の修道女はフォルティナよりも一回り小さい。だが、修道女の真っ赤な瞳にこもった覚悟は、俺達よりも大きく感じた。
「ですが、もう一度チャンスを下さい。気に入らなければ、代表として私の首を跳ねても構いません。これが、私の覚悟です」
フォルティナは迷わず歩み寄って、修道女の目の前でしゃがみ込んだ。
その笑顔……綺麗すぎて、なんか見てるこっちが照れちまう。
まったく、ほんと女神様って感じだよ、君は。
「なぁ、この子もそう言ってるから、信じてくれても良いんじないか?もしもの時は、俺がフォルティナを守るから」
「分かりました。貴方の気持ちに心を打たれました。私の方からもお願いします」
「フォルティナ様!」
「その代わり、彼の監視下に入ってもらいます。……出てきて下さい。貴方の番ですよ」
「彼?」
フォルティナが合図をすると、予想外の奴が召喚されてフォルティナの方へとひざまずく。
こいつは……。まさか!!
「な、何で死の扇動卿アハトがここに!?」
俺が叫ぶと、空気が凍りついた。何故、フォルティナが魔王討伐で倒したはずの奴が彼女の前に現れてひざまずくのかが理解出来なかった。
あの戦いで、奴は確かに――確かに俺たちの手で倒したはずだ。
フォルティナの女神様の魔法が奴の心臓を貫いて、動かなくなったのをこの目で見た。
じゃあ、なんで……?
理解が追いつかない。
いや、追いつくのが怖いだけか。