「おいおい、倒したんじゃないのか?というか、本当にアハトなのか?」
「倒しきれませんでした」
ルキウスの困惑した質問に、彼女は淡々と答える。
「そこは私が説明したほうが早いかと思いますが、構いませんか?フォルティナ様」
アハトはひざまずく姿勢を崩さず、彼女に質問する。一見すると、アハトの顔の面影を残したただの貴族にしか見えない。魔族独特の魔力もなく、魔族の角も見られない。
「分かりました」
「では。ご説明させていただきます。結論から言えば、魔法返しで自分の魔法にかかってしまいフォルティナ様に惚れました。その証拠にこちらをご覧下さい」
アハトは人間姿を解除して、自分の首を差し向ける。
よく見ると、奴の首には黄色く光る首輪状の魔法がかけられていた。
「この通り、私の最終手段だった魔法が跳ね返された以上私も抗う事は出来ませんし、したいとも思えません。我ながら、凄い魔法で恐ろしい限りです」
「ふざけるな!こいつはまた裏切るかもしれんぞ!」
ルキウスが怒りに満ちて吠えるが、アハトは意を返さない。
「ルキウス、気持ちは分かるが、こいつの魔法を間近で見てきた俺が保証する。こいつはフォルティナに惚れた以上裏切ることは無い」
「おっしゃる通りですよ。勇者殿。私は敵として見ていた時より、あの瞬間の貴女は女神そのものでした。殺されると悟った瞬間、同時に心を奪われたのです。皮肉になるかと思いますが、感謝しています」
俺はルキウスを宥めるが、奴の穏やかな表情をみて怒りは収まらない。
「俺からしてもこんなの納得はいかないが、奴の魔法を跳ね返したフォルティナを信じている」
「それでも僕は反対だね。……あいつが引き入れた大魔族に、俺の旧友が食われた。そんな奴を見逃せるかよ」
「ですが、そうは言っていられない。そう言いましたよね。ルキウスさん」
「ぐ……」
ルキウスは拳を握りしめて怒りを鎮めようとする。
「それに、司祭様や女神様の前でしか良い顔を見せない彼女達を私が信用出来ないように、貴方もアハトを信用出来ない。そこに違いはありますか?」
彼女の冷淡な一言で、修道女の背筋が凍りつく。
「あぁ、もうわかった。だが、もしもの時があったらこっちで対応するから」
「分かりました。では、アハトは修道女の監視を」
「承知しました」
アハトは人間姿に戻って彼女に従う。その際に、ルキウスはアハトを睨みつけて見送る。
「……あの時の村で、まだ言い訳はないか?」 「ルキウス殿。その時のことなら、一度謝罪を。だが今は、女神様に忠誠を尽くす立場です。元々魔族も女神様から生まれた存在ですから」
「ふん」
「俺からも修道女たちに一言良いか?」
俺は一同を止める。先ほど前に出てきた小柄の修道女は納得しているが、昔から居る他の修道女の中には眉を潜めて何か言いたげだった。
「女神様に仕えている自分達が大魔族に監視されてるのが気に食わないのは分かる。だが、女神様に選ばれたフォルティナを妬んで、俺の名前を使って騙してベヒーモスの縄張りへ置いてきぼりをした事は許せない」
該当する修道女は下を俯いて唇を噛み、止められなかった修道女はひざまずき涙目になる。
「もしも納得の出来ないのなら、この修道院から出ていってベルヘイルズ王の国へ戻っても構わない。その代わり、修道院……いや、フォルティナから近付くな」
俺が剣を抜いた瞬間、修道女たちが震え上がった。アハトもそれに続いて剣の柄を握る。 ……あぁ、本当は、こんな真似はしたくなかったけどな。
小さな修道女を除いた全員が唇を震わせてフォルティナの後へ続いて結界を広げる手伝いに加わる事となった。
「最後に、貴方の名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
フォルティナの質問に対して、勇敢な小さな修道女はこう答えた。
「私の名はガザレリア地方のフィーナです。フォルティナ様と同様、女神様に仕える者です」
彼女の笑みはフォルティナと同様に可愛らしいものだった。