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ホームルーム後に連れ去られる僕。



 そんなこんなで朝のHRが終わり、一時限目の授業が始まる―――その前にある、合間の時間。


 僕は朝のホームルームが終わると、如月さんに話し掛けようとして、席を立つ。


 すると―――


「はぁい、ちょっとお待ちなさいな」


 背後からそんな声が聞こえてきたかと思うと、僕は後ろから襟首を掴まれて、強制的に動きを止められる。


 そして恐る恐る振り向いてみると、そこにはホームルームが終わって用が済んだはずだった、担任の釜谷先生が立っていた。


 しかもその表情は笑顔ではあるものの、額に青筋を立てており、明らかに怒っていた。それを見た僕は冷や汗を流しながら震え上がるしかなかった。


 あ、これヤバいやつだ……。そう思った瞬間、釜谷先生は笑顔のままで口を開いた。


「ちょーっと良いかしら? 今からアタシと、お話しましょ?」


 釜谷先生のその口調からは有無を言わせない圧力を感じた。こうなってしまっては従うしかないと思った僕は、素直に首を縦に振って肯定の意を示す。


 それを見た釜谷先生はニッコリと笑うと、そのまま僕の首根っこを掴んだまま歩き出した。


「あ、あの、どこへ……?」


「もちろん、職員室よぉ」


「……ですよねー」


 そう、分かっていましたとも。むしろそれ以外だったらビックリですよ。それ以外に何かありますかね? いや無いね。


 というわけで、僕と釜谷先生は二人で教室を後にしたのだった。


 そして向かう先は当然のごとく職員室である。他の先生方に何事かと驚きに満ちた視線を受けるが、釜谷先生はお構いなしといった感じだった。


 釜谷先生はまるでファッションショーのモデルかのように、堂々と職員室内を闊歩していき、その後ろを引っ張られるようにして歩く僕の姿があった。


 すれ違う先生方が僕たちに視線を注いでくるが、特に何も言われることはなかった。恐らくではあるが、これが釜谷先生の日常茶飯事なのだろう。慣れとは恐ろしいものである。


 そうして辿り着いた場所は職員室の一角にある応接スペースだった。そこは普段はあまり使われておらず、たまに生徒が先生に相談したりする際に使う場所であり、今は誰もいなかった。そこで僕たちは向かい合うようにしてソファに腰掛ける。


「さて……じゃあ聞かせてもらおうかしら?」


 僕が座るなり、早速とばかりに質問を投げ掛けてくる釜谷先生。それに対して僕は背筋を伸ばしつつ答えることにした。


「えっと……何をですか?」


「そんなの決まっているでしょ。今朝の騒ぎの原因についてに決まっているじゃない」


「あ、あれは、その……」


「状況からして、立花ちゃんが騒ぎの中心なのは間違いないのでしょう? だから正直に話してちょうだい」


 そう言って詰め寄ってから、僕の胸を軽く突いてくる釜谷先生に対して、僕はどう答えたものかと考える。しかし、いくら考えても答えは出てこない。


 僕がそうして考えながら黙っていると、釜谷先生は溜め息を吐きながら自らのスキンヘッドを撫でるのだった。


「……まぁいいわ。答えにくいのなら、アタシが当ててあげましょうか」


 そう言うと、釜谷先生は携帯電話を取り出した。僕の持つスマホとは違い、年季を感じるガラケーであった。ところどころにデコレーションされているのが、釜谷先生らしいといえばらしいかもしれない。


「確か、この辺り……だったかしら?」


 そう呟きながら、ガラケーをとてつもないスピードで操作し始める釜谷先生。その動きはまるで機械のような速さだった。


 そして目的のものを見つけられたのか、釜谷先生は小さく「ビンゴ♪」と言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「これよ、これ。これが今朝の騒ぎの原因でしょう?」


 そう言いながら見せてきた画面を見ると、そこには掲示板のようなサイトが表示されていた。いわゆる、学校の裏サイトというやつだろうか? そこにはこんな書き込みがあった。


『ねぇ、知ってる? 二年のめっちゃ可愛い子、彼氏いるんだってさ』


『マジで?』


『そうそう! 相手は同じ学年の男子みたい!』


『それって本当? ガセネタじゃなくて?』


『マジだって! 友達から聞いた話なんだけどさ、サッカー部のやつが告白してフラれた後に、彼氏を紹介されたんだってよ!』


『うわぁ……それはキツいな……』


『でも、その彼氏って誰だろ? 誰か知ってる? 心当たりのある人いないかな?』


『いや、そこまでは知らないなぁ……』


『あっ、そういえば昨日にその子が誰かと手をつないでいるとこ、見た気がする! もしかしてそれが相手なのかな!?』


『へぇ~、そうなんだぁ~! なんか意外だね!』


 そうしたやり取りが、現在進行形で延々と続いているようだった。そして途中では僕や如月さんを特定するような書き込みも散見された。中には根も葉もない噂のようなものもあったが、大半は事実に基づいたものだった。


 それらの書き込みを見て、僕は愕然とした。まさかここまで広まっているなんて思いもしなかったからだ。だからこそ、今日は今朝からみんなに見られていたのだと理解した。


「随分な盛り上がりようね。この感じだと、学校中に広まっちゃってるわね。この有名人さん」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、僕をからかってくる釜谷先生に対し、僕はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。そんな僕を見た釜谷先生は呆れたように溜め息を吐くと、話を続ける。


「それにしてもアンタたち、いつの間に付き合ってたのよ? そんな兆候なんてあったかしら?」


「い、いや、その……ははは……」


 興味津々といった様子で問い掛けてくる釜谷先生に、僕は笑って誤魔化すことしかできない。


 確かに僕と彼女は恋人同士になったわけだが、それを公言するのは憚られる気がしたのだ。理由は単純明快だ。本当はただの偽装カップルでしかないのだから。


「何よ、煮え切らないわねぇ。ハッキリ言いなさいよ!」


「い、いや! 別に何もないですから! 気にしないでください!」


 必死になって誤魔化そうとする僕に、釜谷先生は不満げな表情を浮かべながら睨んでくる。その視線を受けて、僕は冷や汗を流しながら縮こまるしかなかった。


「まぁ、いいわ。深くは聞かないことにしてあげる」


「……え?」


 てっきり根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていたのだが、釜谷先生は意外にもあっさりと引き下がった。そのことに拍子抜けしていると、釜谷先生は僕の額を人差し指で軽く突いてきた。


「ただし、生徒指導の立場上、これだけは言っておくわよ。くれぐれもハメを外し過ぎないようにね? もし問題を起こしたら、その時は……分かっているわよね?」


 釜谷先生はニッコリと笑いながら、しかし目は全くと言っていいほど笑っていなかった。そんな釜谷先生の視線を受けた僕は、背筋が凍るような思いをするのだった。


「わ、分かってます。分かってますから! そんな先生の迷惑になるほどのことなんてしません……というか、出来ませんから!」


「ふーん? それなら良いのだけれど」


 冷や汗を流しながら必死に弁解すると、ようやく納得してくれたのか、釜谷先生は引いてくれた。その事に安堵しつつも、今後については要注意だなと思う僕だった。


「それはそうとして、この掲示板の書き込み、どうかしたいとかあるかしら? 何なら、アタシが掲示板ごと潰してあげても良いけど?」


 とんでもないことを言い出す釜谷先生に、僕は慌てて首を横に振る。


「そ、そんなことしなくていいです! 大丈夫ですから!」


「あら、そうなの? せっかくアタシの力を見せつけてあげようと思ったのに」


 残念そうに呟く釜谷先生だったが、本当に勘弁してほしいと思った。


「それじゃ話はこれでおしまい。さぁ、教室にお戻りなさい」


 そう言って立ち上がると、さっさと出ていけと言わんばかりに手を振る釜谷先生。どうやらこれ以上は話すつもりはないようだ。


 僕もそれに従うようにソファから立ち上がるのだった。そして職員室から出ようと歩き出そうとした時、釜谷先生が呼び止めてきた。


「あぁ、そうだ立花ちゃん」


「はい? 何ですか?」


「最後に一つだけ、忠告させてちょうだい」


「忠告……?」


「えぇ、そうよ」


 そう言うと、先生は真剣な顔つきになってこう言った。


「如月ちゃんには気を付けなさい。あの子、危ないから」


「えっと……どういう意味ですか?」


 先生の言葉の意味がよく分からず、僕は首を傾げてしまう。しかし、そんな僕の様子を見て、釜谷先生は困ったように溜め息を吐いたのだった。


「その様子だと気付いていないみたいね……」


 どこか呆れたような口調で言う釜谷先生の言葉に、僕はますます意味が分からなくなる。一体どういうことなのだろうか? そんなことを考えているうちに、予鈴が鳴り始めてしまった。


「ほら、遅刻するわよ。さっさと戻りなさいな」


 そう言ってしっしっと手で追い払う仕草を見せる釜谷先生。それを見た僕は、とりあえずこの場から立ち去ることにした。


「あ、あの、ありがとうございました!」


 僕がお礼を言うと、釜谷先生はヒラヒラと手を振って応えてくれた。それを見て、僕は今度こそ教室に戻るべく、足早に歩き出す。


(結局、先生は何が言いたかったんだろう……?)


 廊下を歩きながら考えるも、やはり答えは出ない。そもそも何をどう気を付けろというのかが分からないのである。それでも何かしらの意味はあるのだろうと思い直し、ひとまず考えることを止め、遅刻しないように急いで教室へと戻ることにするのだった。




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