目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

彼女が見せる何気ない動作は、僕の精神を激しく狂わせる。



 昼食を食べ終えた後、僕は残った包装の袋やからの紙パックを纏める。この屋上にはゴミ箱は無いので、パンを買った時に入れて貰った袋に纏めて入れるしかない。


 そうして僕は如月さんの分も含めてゴミを片付けてから、僕はベンチに座ったままの状態で隣にいる彼女に話し掛ける。


「それで、如月さん。話って何かな?」


 僕がそう問い掛けると如月さんはゆっくりと顔を上げてこちらを見た。その表情は相変わらず感情が読み取りにくいものだったけれど、どことなく真剣な表情をしているような気がした。だから僕も真剣に話を聞くために姿勢を正すことにする。


 そして少しだけ間を置いてから、彼女が口を開いた。


「あれ」


「……あれ?」


「今朝のあれ……どういうこと?」


 そう言って首を傾げる如月さんに僕は「あー……」と声を間延びさせながら呟いた。


 如月さんが聞いてきたのは、今朝の喧騒についてのことだろう。僕がクラスのみんなに囲まれて、質問攻めにあっていたあれのことだ。


 彼女は途中から入ってきたからこそ、全貌について掴みかねているのだろう。結局、朝のあれ以降で如月さんとは話せていないし、他のクラスメイトから如月さんが聞くなんて姿も想像が出来ないしね。


 ……というよりも、どういうことって聞きたいのは、むしろ僕の方なんだけどね。何、あの朝の挨拶。如月さん、僕を殺すつもりなの? あんな唐突にやられたら、僕の心臓が持たないよ。


 しかも、本人は全く気にしていないみたいだしさ。まぁ確かに如月さんからしてみれば、ただの挨拶に過ぎないんだろうけどさ。それにしたってもう少しやり方を考えて欲しいところだよ。


「あれは、その……何て説明すればいいかな……」


 僕は頬を指で掻きながら、どう説明したものかと考える。すると、如月さんは何も言わずにジッと僕のことを見つめてきていた。その視線が余計にプレッシャーとなって、何だか居心地が悪い。


 とりあえず、僕は手っ取り早く説明をする為にも、今朝に釜谷先生に見せられた学校の裏サイトをスマホを取り出して表示させた。そしてその画面を彼女に向けて見せる。するとそれを見た彼女は首を傾げたまま言った。


「……何これ?」


「この学校にある裏サイトって言うんだけど……知ってる?」


「知らない」


「……そっか」


 如月さんの言葉に僕は短くそう返した。どうやら彼女はこういった類のものは知らないらしい。まぁ、僕も知ったのは本当に最近なんだけどね。


「ねぇ」


「うん?」


「これって、私のこと?」


 そう言いながら、如月さんはある項目を指差す。そこには『二年のめっちゃ可愛い子』という書き込みがあった。僕も今朝に見た書き込みである。それ以外にも彼女の特徴や行動と一致するような書き込みをみられる。


 そうした書き込みの数々を、如月さんは無言で眺めていた。しかし、やがてポツリと呟くように言った。


「ふーん……」


 それだけ言って再び黙る如月さん。その様子を見て、僕は彼女が何を考えているのか分からず困惑した表情を浮かべてしまう。しかし、すぐに彼女は再び口を開いた。


「まぁ、概ね想定通り」


「……え?」


 予想とは全く違う言葉に驚く僕だったが、彼女はそんな僕に構うことなく淡々と続けた。


「ここまでの伝達速度は予測していなかったけど、予想通りの展開になった」


「えっと……それってどういう……?」


 いまいち話が見えてこない僕に、如月さんは淡々としたいつもの感じでこう答えてくれた。


「つまり、私が思った通りに物事が動いたってこと」


「……?」


 ますます意味が分からなくなる僕。一体どういう意味なんだろう?  僕が頭を悩ませていると、それを見た如月さんは小さく息を吐いた後でこう言った。


「蓮くんを私の彼氏役にしたのは、他の男子から告白をされないことが目的。だけど、私が誰かと付き合っていると知られていなければ、意味がない」


「あっ……」


 そこまで言われてようやく理解することが出来た。どうやらこうして裏サイトや現実的に噂が広まったことは、如月さんにとって好都合のことだったらしい。


「そ、そうだったんだね。僕、てっきり……昨日みたいなことをまた何度もするのかと思って……」


「そんなことしない。圧倒的に非効率的だし、時間の無駄。疲れるだけ」


「あはは……確かに……」


「そういう意味では、昨日の人は最適な相手だった。口が軽そうな感じだったし、噂を広めてくれると思っていたから」


 なるほど、そういう意図があってあの彼は利用されたのか。そう考えるとあの男子生徒にも少し同情してしまう。彼が本気かどうかは分からないけど、如月さんに好意を持って告白をしたのは確かだから。


 ただ……だからと言って、彼に何かしようとは思わないけどね。だって僕には関係ないことだもの。


「私の想定だと、もう数人からは告白を受けると思っていたけど、この感じなら大丈夫そう」


 そう言うと、如月さんは僕にスマホを返してきた。僕がそれを受け取ると、彼女は真っ直ぐに僕の顔を見つめてきた。


「ありがとう、蓮くん。お陰で色々と助かったよ」


「え、いや、そんなありがとうだなんて……僕、特に何かをした訳じゃないし……」


「そんなことない。蓮くんが協力してくれたから、早く進んだから」


「いや、でも……」


「それにこれで安心して過ごせる。流石に恋人がいる相手に告白をする人なんていないだろうから」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。僕はその如月さんの言葉に何も返せず、ただ頭を掻いて苦笑するだけだった。


 そんな僕の様子に如月さんは首を傾げていた。けど、少しすればそれも元に戻っていた。


「でも、油断は出来ない」


 そして彼女はそう言った。それは僕も同意だ。まだ僕と如月さんが付き合ってるという噂が広がっただけで、それが事実だという証拠はないのだから。なので、僕達はまだしばらくは用心しないといけないだろう。


「そ、そうだね。まだまだ気を緩めちゃダメだね」


「ん」


 僕の言葉に対して如月さんが頷くと、如月さんは何を思ったのか僕に向けて左手を伸ばしてきた。そして手のひらを広げて何かを催促していた。突然のことに僕は困惑しながら問い掛ける。


「えっと……これは?」


「携帯」


「え?」


「携帯、貸して」


「あ、あぁ、そういうことか」


 僕が納得して自分のスマホを差し出すと、如月さんはそれを受け取って何やら操作を始めた。一体何をしているんだろう?


 僕が疑問に思っていると、彼女はしばらくしてから僕との距離を唐突に近づけてくる。それによって肩同士が触れ合い、思わずドキッとする僕。


 ちょっ、ち、近い! 近すぎるって!! 心の中でそう叫ぶも、実際には口に出せるわけもなく、心臓の音がバクバクと音を立てているのが分かるくらいだった。


「な、何を!?」


「静かにして」


 僕があまりの事態に離れようとすると、如月さんにそう言われた上に肩を掴まれてしまったので動くことが出来ない。僕は緊張しながらもそのまま固まっていた。


 すると彼女は僕のスマホを右手で持ち、それを空に向けて掲げた。それから何やら難しそうな顔をして画面を操作する。何をしているのだろうかと思った矢先に、僕のスマホからカシャッという軽快な音が鳴り響いた。


 その音を聞いて、僕はすぐに彼女が何をしたのか理解した。どうやら彼女がやったことは写真撮影だったようだ。おそらく今の音はカメラアプリの音だったのだろう。


 しかし、何故そんなことを? 僕がそう思っていると、如月さんは写真の出来栄えを確認していた。しかし、その表情はあまり優れなかったようで眉間にシワを寄せながら首を捻っていた。


「……上手く撮れない」


 そういう彼女の言葉を受けて、僕も写真を確認する。すると、スマホには見切れた僕と如月さんが映っている。どう見ても、失敗なのは明らかだった。


「もう一回」


「えっ? ……って、うわっ!?」


 如月さんはそう言うと、もう一度僕との距離を詰めてきた。そして先程と同様に写真撮影を試みる。しかし、今回も不慣れな操作から来るぎこちなさからか、やはり上手く撮ることは出来なかったようだ。


「……やっぱりダメ」


 そう言って如月さんはより難しい表情を浮かべている。どうやら写真を撮ること自体が苦手なようだった。僕も昔は全然出来なかったから、その気持ちは分からないでもない。


 そうして僕が如月さんを眺めていると、彼女は不意に顔を上げて僕のことを見つめてきた。その視線に気付いた僕が首を傾げると、如月さんはこんなことを言ってきたのだった。


「ねぇ、撮って」


「へ?」


 突然言われたその言葉に僕は間抜けな声を上げてしまう。しかし、そんな僕に構わず如月さんは言葉を続けた。


「私じゃ綺麗に撮れないから」


「……あっ、うん、分かった」


 僕はそう返事をしてから如月さんからスマホを返して貰う。そして僕はカメラの画面で如月さんは使っていなかった自撮りモードに切り替えてから彼女に声を掛けた。


「それじゃあ、撮るね」


「ん」


 如月さんの返事を聞きながら、僕は彼女に近付くと、腕を伸ばして画角を調整する。それから再び声を掛ける。


「もう少し近づいて貰えるかな?」


「こう?」


 如月さんはそう言いながら更に僕に近づいてきた。そのせいで密着度が増してしまう。それにより心臓がドキドキと激しく鼓動し始めるが、なんとか平静を装って口を開く。


「う、うん、そんな感じだよ」


 僕はそう言うと、改めてスマホを構え直してシャッターボタンを押そうとした。しかし、その時―――如月さんが思わぬ行動を取った。


 何と、彼女は……いつもと変わらない無表情のまま、両手でピースサインをしたのだ。そんな彼女の行動をスマホの画面越しで見て、僕は呆気に取られてしまい、表情がこわばってしまう。


 しかし、僕の指の動きは止めることは出来ずに、シャッターボタンを押してしまった。それと同時にカシャッという音が響く。


 画面に写った僕達の姿を確認した後、ゆっくりと如月さんの方に顔を向けると、そこには変わらず真顔のままで僕を見つめている彼女の姿があった。


 そんな彼女の姿を見た僕は、呆然としたまま呟くように声を発した。


「えっと……何してるの?」


 そう尋ねると、彼女は表情を変えずに淡々と答えた。


「別に」


 いやいやいやいや、そんな訳ないでしょ!? どう考えても変でしょ!! なんでポーズ取ったのさっ!? っていうか、何でよりにもよってダブルピースにしたんだよぉぉおおおお!!!???


 内心で叫び声を上げる僕だったが、如月さんは全く気にしていない様子だった。それどころか、何事も無かったかのように僕にスマホ見せろと無言で要求をしてきた。


 僕は言われるままに如月さんに自分のスマホを手渡す。すると彼女は写真の出来栄えを確認すると、また僕にスマホを返してきた。


「じゃあ、これ。よろしくね」


「えっ? よろしくって……何を?」


 僕は彼女の言葉の意味を理解出来ず、困惑した様子で尋ねる。それに対して如月さんは特に表情を変化させることなく、いつも通りの声音で答える。


「今の写真、待ち受け画面に設定しておいて」


「はい?」


「この方が、付き合っているって感じがするでしょ」


「いや、でも……」


「いいから」


 有無を言わさない口調の彼女の言葉に従うしかなかった。まぁ、確かにこの写真を見たら、誰もが付き合っていると思うだろう。


「じゃあ、引き続きよろしく。誰かから関係について聞かれたら、この写真を見せればいいから」


 それだけ言うと、彼女はベンチから立ち上がり、屋上から出て行ってしまった。取り残された僕は、ただ茫然とすることしか出来なかった。


 どうしよう……と、僕は考えるけれども、何も思い浮かばない。そもそもの話、僕は恋愛経験なんて皆無に等しいのだ。だから、こういう時どうすれば良いのか全く分からなかった。


 ……とりあえず、僕は先程撮った写真を眺めることにした。そこに写っている僕と如月さんがの姿を見ながら、僕はポツリと呟いた。


「……付き合うって、こんな感じなのかな?」


 それは、思わず口から出た言葉だった。だけど、その呟きは妙にしっくりくるような気がした。これが『恋人』という存在なのだろうか? そんなことを思いながら、僕はしばらくの間その場に佇んでいたのだった。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?