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口数の少ない彼女以上に、陽キャな女の子との会話は、僕にとって難しい件。



 昼休みを終え、五時限目も終えた後の休み時間。この次の授業さえ終われば放課後になるので、教室の中はどこか浮ついた雰囲気に包まれていた。


 そして僕はというと、押し寄せてくる眠気を堪えつつ、ボーッとした感じでスマホの画面を眺めていた。


 表示されているのはもちろん、昼休みに如月さんと撮影したツーショット写真。


 それを見た瞬間にあの時のことを思い出してしまい、自然と頬が緩んでしまうのを感じた。


 ダメだと思っていてもニヤニヤしてしまう。それほどまでにあの出来事が嬉しくてたまらないのだろう。


 だってそうだろう? あんな可愛い女の子と一緒に写真を撮るなんて、一生無いと思っていたんだから。それがまさか、こんな形で実現するなんて夢にも思わなかった。


 もちろん、如月さんの指示通りにこの写真は待ち受けに設定してある。少し恥ずかしい感じはするけれども、それが彼女の望むことなのだから、仕方ない。


 うん、そう。これは仕方ないんだ。そう自分に言い聞かせる。そうしないと、何だか自分が変態のように思えてしまうからだ。


 それにしても、本当に如月さんは不思議な人だ。クールで物静かで、近寄り難いイメージがあるけど、本当はもっと違うんじゃないかと思うことがある。


 如月さんと深く関わるようになってから数日しか経っていないけど、何となくそんな印象を抱いてしまうのは、僕の気のせいだろうか?


 そんな事を考えながら画面を眺めていると、突然誰かに肩を叩かれたのでそちらを向く。


「やっ、元気してるー?」


 すると、そこには一人の女子生徒が立っていた。彼女は今朝も会話を交わした、えっと……そう、モブ子さんだ。


 絶対に名前は違うだろうけど、結局あの後に調べれなかったから、未だに名前が分からないままだ。


「あ、その、えっと……」


 僕は突然の事に動揺してしまい、上手く言葉が出てこない。それを見ていた彼女はクスリと笑うと、僕に向かって話し掛けてきた。


「あははっ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」


「あ、はい、ごめんなさい……」


「いやいや、だから謝らなくていいし」


 僕が謝ると、彼女は右手を横に振ってそう言った。それから彼女は笑顔を見せたまま、口を開く。


「それよりさ、何かあったん?」


「へっ?」


「いやさー、なんか随分と嬉しそうな顔してたからさ。何か良いことでもあったのかなって思ってねー」


 どうやら僕は無意識にニヤけてしまっていたらしい。僕は慌てて表情を引き締めると、小さく咳払いをして誤魔化すことにした。


「い、いえ、何でもない、ですよ!」


 しかし、そんな誤魔化し方は通用しなかったようで、彼女はニヤリと笑みを浮かべると、更に追及してくる。


「ふーん? ほんとにぃー?」


 そう言いながら、モブ子さんはグイグイと顔を近づけてくる。そのせいか彼女との距離が近くなり、香水なのか、仄かに甘い香りが漂ってきた気がした。


 如月さんとはまた違った感じな彼女に対し、僕はドギマギしてしまう。そんな僕の様子に気付いているのかいないのか、彼女はそのまま僕に話し掛けてきた。


「ねぇねぇ、それってさぁ、何の写真?」


「えっ!? あ、そ、それは……」


 僕は言葉を詰まらせながら、どう答えようかと頭を悩ませる。しかし、そんな僕を気にすることなく、彼女は僕のスマホを覗き込んで来た。


「おっ! もしかして、如月さんとのツーショット写真!? マジじゃん!!」


「ちょ、ちょっと!?」


 僕が止めるよりも先に、彼女は僕のスマホを奪い取ってしまった。そして彼女は画面をこちらに見せてきた。


「ほら、やっぱり如月さんだったっしょ!?」


「あっ、ちょっ!?」


「いやー、けど意外だなー。如月さんって、こういうのあんまり好きじゃなさそうなのに、こんなポーズ取るとか、意外とノリが良いんだね」


 ニヤニヤしながらモブ子さんは、僕のスマホに表示された写真を眺めている。僕はそれを、黙って見ていることしか出来なかった。


「ねーねー、未来みく。何してんの?」


「どしたん? 立花と何話してたん?」


 そして、そうこうしているうちに、僕とモブ子さんのやり取りを嗅ぎ付けてか、彼女の友人と思われる人物が数人、こちらに向かってやって来た。


「あー、えっとね、これ見てよ」


 そう言ってモブ子さんは彼女達にもスマホの画面を見せる。すると、それを見た彼女達が驚いたような声を上げた。


「うわっ、何これ!? めっちゃ良い写真じゃん!!」


「え? これ、如月さんだよね? うわー、マジかぁ」


「えー、でも、如月さんて、こういう事するタイプだったっけ?」


「だよねー。私、もっとツンケンした人だと思ってたんだけど」


「私もー」


 モブ子さんを含めた三人は、僕のスマホを見ながらそう盛り上がっていた。そしてそのスマホを提供している僕といえば、何も出来ずにただ呆然としていた。


 そんな僕に気が付いたのか、それとも単に飽きただけなのか、モブ子さんがこちらを向いて声を掛けてきた。


「あれ? どうしたの、立花くん?」


「えっ? いや……別に……」


 正直言って、この状況についていけていないし、あまりこういうタイプの女の子と会話することが無かったから、上手い返し方が思い付かない。なので、とりあえず適当にはぐらかすことにする。


 すると、それを聞いたモブ子さんは不思議そうに首を傾げていたものの、再び視線をスマホに移した。


「けど、やっぱ二人って付き合ってんだねー。最初は聞いた時、マジかなんて思ったけど、これ見てたらすっごくお似合いだと思うわー」


「うんうん、確かに。これはこれでアリかもねー」


「だね、ってか、普通に羨ましいわ。このツーショット写真の感じ、初々しさはあるけど、どう見てもカップルって感じだもん」


 三人は楽しそうに笑いながら、口々に感想を言い合っている。それを聞いて僕は少し恥ずかしくなった。そしてその会話を聞いていると、何だか段々と顔が熱くなってきた。


「んー? どったの、立花くん? 顔赤いよー?」


「へっ? い、いや、これはその……」


 僕の様子に目敏く気付いたモブ子さんが、ニヤニヤしながら声を掛けてくる。それに対して僕は慌てて誤魔化そうとするが、上手く言葉が出てこなかった。


「てか、未来さ。そろそろスマホ、立花に返したら?」


「あっ、そだね。ごめんごめん、返すね」


 モブ子さんはそう言って、僕にスマホを返してくれた。僕はそれを受け取ると、小さく会釈した。


「けどさー、この時期で彼氏彼女いるとか、マジ羨ましいよね。アタシも早く彼氏欲しいなー」


「わかるー。今度の連休とかどっか遊びに行きたいしねー」


「ねー。あ、そういえばさ、この前、新しく出来たショッピングモールあるじゃん? あそこの映画館、オープンしたんだって。そこ行ってみようよ」


「あ、それいいねー。じゃあ、今度みんなで行こっか?」


「いいね、賛成!」


 モブ子さんたちは三人で盛り上がりながら、どこかに出掛ける計画を立て始めた。僕はそんな三人の様子を、ボーッと眺めていた。


「ねえ、立花くんも如月さんとどっか遊びに行くん?」


 すると、モブ子さんは突然こちらに顔を向けて話し掛けてきた。僕はそれに驚きながらも、首を横に振る。


「へっ? いや、特にそんな予定は無いですけど……」


「そうなんだー。せっかく付き合ってんだったら、どこか遊びに行けば良いのに」


 モブ子さんの言葉に他の二人がうんうんと頷く。


「そうだよー。せっかくの青春なんだし、楽しまなきゃ損だよ!」


「は、ははは……そうですね……はい」


 僕は苦笑いを浮かべつつ、何とか返事をする。そしてそのタイミングでチャイムの音が鳴り響いた。六限目の授業が始まる合図だ。


「あ、ヤバっ! もう授業始まっちゃうじゃん!」


「うわ、ほんとだ! 戻ろ戻ろ!」


 モブ子さんの友人二人はそう言って自分の席へ戻っていく。そしてそれはモブ子さんも同様だった。彼女は一度こちらを振り返ると―――


「じゃ、頑張ってね」


 と、そう言って小さく手を振ってきた。僕もそれに応えるように小さく手を振ると、彼女も笑顔で手を振り返してきた。それから彼女は踵を返して自席へと戻っていった。


 嵐みたいな人だったな。そう思いながら僕は心の中で溜め息を吐く。まさかあんな風に声を掛けられるとは思わなかった。


 けど、如月さんとどこかに遊びに行く、か……。それも悪くないかもしれない。けど、誘ったところで彼女が乗ってくれるかどうか分からない。


 何せ、僕はただの彼氏役なのだから。如月さんも連休中は一人でのんびりと過ごしたいかもしれないし。まあ、そもそも僕が彼女をデートに誘うこと自体おこがましいことなのかもしれないけれど。


 そんなことを思いながらも、頭の片隅ではそれを実行したいという気持ちがあったりする。しかし、それが出来るかどうかはまた別の話だ。


 そんな風に考えつつ、僕は六限目の授業に集中するように頭を切り替えるのだった。


 あっ、そういえば……モブ子さんの名前、未来っていうんだ。覚えておこう。





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