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気まぐれな彼女との会話、そして彼女が好きなものについて。



 休憩を挟んでから少しして、僕と如月さんは黙々と山道を歩いていた。坂道で体力は削られはするけど、先程みたいに休まなければいけないほどに疲れることはなかった。


 そしてこういった場合、普通なら会話の一つぐらいあっていいものの、相手は如月さんだし、僕はそもそもそんなに会話が得意な方じゃない。お互いに会話らしい会話をすることは無く、ひたすら歩き続ける。


 しかし、沈黙が続く中、気まずい雰囲気だけにはならなかった。それはきっと彼女が無言であっても嫌な空気にならないからだと思う。それが彼女にとって普通だからだし、彼女もその方が気が楽なのかもしれない。


 とはいっても、僕としては如月さんと話したくない訳ではない。むしろ、こんな如月さんと二人きりという絶好のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。普段は出来ない会話とか、そんなことをしてみたいという欲求はある。


 ……とはいえ、何を話していいか分からず、話題に困っているというのが正直なところである。こういう時って、どうすればいいの?


 それとなく切っ掛けを作りたいところなんだけど、僕にはそんな技量も度量も無い。釜谷先生みたいに人生経験豊富なら、俗に言うウィットに飛んだ話題を振ることが出来るんだろうけど、生憎、僕はそんな芸当が出来るような人間ではない。


 なので、僕は無難なところから攻めようかと考える。まずは当たり障りのないことから聞いてみようと思って、僕は前を歩く如月さんへと声を掛ける。


「あ、あのさ……」


「何?」


 意を決して声を掛けたものの、そう聞き返してきた彼女に思わず萎縮してしまう僕。だけど、ここで臆していては何も始まらないと思い直し、何とか勇気を振り絞った。


「き、今日は、良い天気で良かったね」


 僕が使える会話の山札、通称天気デッキから切り出したのは、当たり障りの無い天気の話だった。会話に困った時はとりあえず天気の話をしておけばいいと思っている僕にとって、この話は鉄板中の鉄板とも言えるだろう。


「そうだね」


「……」


「……」


 ……どうしよう。会話が続きません。如月さんもそれから何も返してこないし、僕も続けて何かを言える訳でもなく、二人の間に流れるのは沈黙のみ。


 このままではいけないと、僕は山札から次の一手を繰り出すことにした。今度は……そう、今の状況を利用させて貰おう。


「あ、あの、如月さんってさ、山を登るのが好きなの?」


「何で?」


「いや、だって……如月さんから行きたいって言ってたし、それに……登山用の服装とか、リュックサックとか、そういうの持って来てるし……」


 僕の言葉に如月さんは自分の恰好を見下ろすように視線を落とした後、僕の方へと顔を向けてきた。


「……そう見える?」


「う、うん……そう見えるけど、違うかな……?」


 僕がそう問い掛けるも、彼女は黙ってしまった。そうした沈黙の空気が流れる中、僕はもしかして違ったのではと思い始める。


 もしかしたら失礼なことを言ってしまったのかもしれない。そう思って慌てて謝ろうとした時、彼女が口を開いた。


「別に、嫌いじゃない」


「え?」


「山は好き」


 そう言う如月さんの口調はいつもと変わらぬ淡々とした感じに聞こえたけど、僕にはどこか、その声は弾んでるように感じられた。気のせいかもしれないけど、何となくそう思った。


「そ、そうなんだ」


「うん」


「ちなみにだけど……山のどこが好きだったり、するのかな?」


 僕は恐る恐るといった調子で聞いてみる。すると、如月さんは少しだけ考える素振りを見せた後、ゆっくりと答えてくれた。


「……頂上からの景色が好き、かな」


「そ、そうなんだ」


 頂上からの景色……高い場所から見下ろす広大な景色が好きなのかな? そういえば、学校でもよく屋上で外の景色を眺めているから、そうなのかもしれない。まぁ、あくまで僕の推測でしかないんだけど……。


「それと、静かなところ。静かだと、落ち着く」


「あぁ、なるほど……」


 確かに騒がしいのが嫌いな如月さんにとっては、喧騒とは程遠い場所の方が居心地が良いのかもしれない。それに如月さんの場合、人混みの中よりも、誰も居ない場所で静かに過ごす方が好きなんだろうと思う。


「そっか……確かに、ここなら静かで落ち着けそうだね」


 僕がそう言うと、彼女はこくりと頷いた。


「あと、川とか海とか……そういうところも好き」


「へ、へぇ……それはまた、どうして?」


「泳いでいる魚とか、水の流れを見たり、流れる音を聞いていると、心が安らぐから」


 如月さんは表情を変えずに、淡々とした口調でそう言った。意外と話が続いていることに僕は驚きつつも、彼女の話に相槌を打つことにする。


 それにしても、泳ぐ魚を見ることが好きだなんて、何だか意外だ。てっきり本を読むことの方が好きなのだと思っていただけに、ちょっと意外な一面を垣間見た気がした。


 ……いや、そもそもこうして山を登っている姿も、意外な一面の一つなんだけれどもね。クラスのみんなだって、如月さんがこうしている姿なんて、思い浮かべることなんて出来ないだろうから。


 でも、それなら僕が提案をした水族館に行くという案に乗ってくれても良かったのでは……なんて思ったけども、あの提案を断られた理由は遠いからという理由だったことを思い出す。


 確かに電車やバスを利用して行くと、それなりに時間は掛かるだろうし、お金だって掛かってしまう。それがきっと、如月さんが水族館を行くのを嫌がった理由なのだろう。きっと、水族館を訪れること自体は嫌いじゃないのかもしれない。


 そんな風に僕は思いつつ、もし次に如月さんと出掛ける機会があるのなら、彼女が語った内容を基にして提案をしてみようと思った。


 とりあえず、如月さんが好むものは自然が多い場所、静かな場所、高い景色を眺めることが出来る場所、それから……動物がいる場所、も入るのかな?


 今度は動物園とか、近所のペットショップを提案してみるのも悪くないかもしれない。そんなことを考えつつ、僕たちはひたすら山道を歩くのだった。


 そしてやがて、僕たちは無事に山頂に辿り着くことが出来た。といっても、別に険しい山道を越えて辿り着いたとかそういう訳ではない。単純に山道の終わりまで到着したというだけの話である。ただそれだけのことなんだけど、それでも達成感のようなものはあった。


 山頂は少し開けた広場になっていて、展望台とかそういうものは無いけど、柵が敷かれた見晴らし台や寿山と標高の書かれた石碑などが置いてあるだけで、他には何もない。


 本当にただの休憩所のような場所だ。だけど、そこには僕たち以外の人の姿は無かった。どうやら穴場スポットのようだ。僕はそこで一旦立ち止まり、深呼吸をして呼吸を整える。ここまで結構歩いたから、身体には疲労が溜まっている。おそらく、明日は全身筋肉痛で動けないかもしれない。


 そして僕はちらりと如月さんへと視線を向ける。彼女は特に疲れている様子は無く、涼しい顔をして僕を見ていた。


 その眼差しは、何を考えているのか分からないような、無機質なものだったけど、まるで人形のように感情が読み取れない彼女の表情に、僕は思わず息を呑んでしまう。


 僕は如月さんに声を掛けようとしたところで、彼女が先に口を開いた。


「お疲れ様」


「あ、ありがとう……」


 労いの言葉をかけてくれた如月さんに対してお礼を言いながらも、僕は彼女を見て思うことがあった。それは―――今の如月さんは、いつもよりどこか楽し気な雰囲気を醸し出しているように見えたのだ。表情は相変わらず無表情のままだったけど、僕にはそれが何となく分かった。


 好きな場所だからなのか、やっぱりどこか彼女は浮ついているように感じられる。いつもの何を考えているか分からないミステリアスさではなく、それこそ年相応の少女らしい雰囲気を漂わせていた。


 僕はそんな彼女の姿に見惚れてしまう。今まで見たことが無い如月さんの新たな姿に、僕は思わず釘付けになっていた。


「どうしたの?」


「え?」


「私の顔に何か付いてる?」


「あ、いや、そうじゃなくて……えっと……」


 僕は咄嗟に言い訳を考えるけど、良い言葉が思い浮かばない。まさか如月さんの顔に見とれていましただなんて言えないし……。


 僕がどうしたものかと悩んでいると、如月さんは何も言わずにじっと僕の顔を見つめてくる。その視線に耐えられなくなって、僕は反射的に顔を背けてしまった。


 すると、如月さんは不思議そうに首を傾げた後、少し移動をしてまた僕を正面からじっと見つめてきた。いや、何で?


「……何?」


「な、何でもないよ……」


「……そう」


 僕は何とか誤魔化しながら、内心で安堵のため息を吐いた。だけど、如月さんは相変わらず僕のことをじっと見てくる。


 僕は何か話題を探そうと周囲を見回すと、見晴らし台が目に留まる。ちょうど今立っている場所からも、遠くを見渡せるようになっていたので、僕の方から彼女に話し掛けることにした。


「あ、あのさ、あそこに行ってみない?」


 僕が指を差す方向に視線を向けた如月さんは、こくりと頷いてくれた。そして彼女は僕を置いて歩き出してしまう。僕も慌てて彼女の後を追っていった。




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