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例えそれが本当のことだったとしても、僕にとっては受け入れがたい事実でもある。



 そして連れて来られたのは以前にも利用したことのある職員室の応接スペース。周りにいる他の先生方の視線がかなり突き刺さる中、僕はソファーに座って俯いていた。


 何で連れて来られたのかも分からず、僕なりにいろいろと考えてみたけれど、それでも答えが出ることはなかった。だから僕は意を決して、目の前で足を組んで座っている釜谷先生に向かって声を掛けた。


「あ、あの、僕をここに連れてきた理由は何ですか……?」


 僕が恐る恐るでそう尋ねると、釜谷先生はニヤリと笑みを浮かべた。


「そんなの決まっているじゃない」


「な、何がですか?」


「もちろん、立花ちゃんと如月ちゃんについての話よ」


 釜谷先生は右手の人差し指をピンと立ててそう言った。そして僕はその言葉に首を傾げる。


「僕と、如月さんの話……ですか?」


「ええ、そうよ」


「そ、それって……どういうことですか……?」


 僕は何となく嫌な気配を感じながらも、そんな質問をする。すると釜谷先生は浮かべていた笑みを消して、少し真剣みのある表情になって話し始めた。


「立花ちゃん、アタシが生徒指導を担当していることは知っているわよね?」


「え? あ、はい……」


 唐突な質問だったけど、とりあえず僕は頷いて答えた。それに対して釜谷先生は満足気に頷くと言った。


「よろしい。それで話を戻すけど……あんたたちがこの連休で羽目を外して問題を起こしていないかどうか、生徒指導の立場から確認する必要があるのよね」


 僕は釜谷先生からの言葉を受け、目を丸くしてしまう。そして、僕は慌てて口を開いた。


「えっ、でも、如月さんと僕は何もしていませんよ!?」


 僕は思わず大きな声を出してしまった。しかし、釜谷先生は動じることなく、冷静な口調で言葉を返してきた。


「そうじゃないわ。正確に言うなら、問題を起こす可能性が高いから、素行調査も兼ねて話を聞きたいってことなのよ」


「き、聞き込み調査ってことですか?」


 僕の言葉に釜谷先生は大きく頷いた。


「そういうこと。ただでさえ、あんたたち二人はアタシのクラスの中……いえ、学年の中でも取り分け問題児なんだから、こうして確認をしておかないとね」


「ぼ、僕たちが問題児……?」


 まさかそんなことを言われるとは思っておらず、僕は呆然としながら呟いてしまった。すると釜谷先生は呆れたような表情を浮かべながら言う。


「あら、自覚が無いのかしら?」


「い、いや、そんなことは……」


 僕は口籠もりつつ視線を逸らす。すると釜谷先生はそんな僕を見て、小さく溜め息を吐いた。そして、やれやれと言わんばかりに首を横に振ると、そのまま話を続けた。


「はぁ……いい、立花ちゃん? あんたは自分が思っている以上に問題を抱えているの。そしてそれは如月ちゃんも同じよ。だから、アタシがクラスを受け持つことになった以上、あんたら二人を放って置く訳にはいかないの。分かるかしら?」


「……」


 僕は反論できずに黙り込んでしまう。しかし、だからと言って納得出来るかどうかは別だ。僕は何とか言い返そうと言葉を探す。


「で、でも、僕は本当に何もしていないですよ! それに如月さんも、きっとそうだと思います!」


 僕は必死に弁明しようと試みた。だが、釜谷先生は首を横に振ってそれを否定する。


「違うわよ。立花ちゃんの場合はそれが問題なのよ」


「ど、どこがですか?」


 僕が思わず食い気味に聞き返すと、釜谷先生は再び呆れた表情を浮かべた。


「じゃあ、質問よ。あんた、自分のクラスにいる生徒の名前。分かる範囲で言ってみなさい」


「え? 名前、ですか?」


「そうよ。ほら、早くしなさい」


 僕はいきなりのことに戸惑いつつも、言われた通りに考えてみる。


「えっと……まずは如月さん、ですよね」


 僕がそう言うと、釜谷先生は静かに頷き、先を促すように視線を向けてきた。なので僕は言葉を続ける。


「次に……弥生さんですかね」


「そうね。他には?」


「……他、ですか?」


 僕はそこで言葉に詰まってしまう。すると釜谷先生が溜め息を零しながら言った。


「はぁ……まぁいいわ。とにかく、これで分かったでしょ? 立花ちゃん、あんたは他の人との接点が少ないのよ」


「うっ……」


 図星を突かれて僕は思わず呻いてしまう。確かに思い返してみれば、僕は自分から誰かに話し掛けたりとか、そういったことをほとんどしたことがなかった。


「最近になって如月ちゃんと付き合い始めたり、まさか弥生ちゃんと関わり合いになっているとは思っていなかったけど、それが無かったらあんた、完全にクラスの中で孤立して、浮いていたかもしれないわね」


「うぐっ……」


 釜谷先生の言葉が僕の胸に深く突き刺さる。正直、自分でも薄々気付いていたことではあったけれど、改めて人から指摘されると結構堪えるものがあった。


「さて、ここまで言えばもう分かるわよね? あんたがどれだけヤバいのか」


「ま、まあ、なんとなくですけど……でも、先生。いくら何でも、そんな言い方は酷いですよ……」


「あら、本当のことでしょう?」


 釜谷先生は悪びれた様子もなくそう言ってきた。


「そ、そうかもしれませんけど……」


 僕は否定出来ずに歯切れの悪い返事をしてしまう。すると釜谷先生はニヤリと笑みを浮かべて言った。


「ならやっぱり立花ちゃんはヤバイ奴ってことになるわね」


「ぐぬっ……!」


 僕は何も言えずに口を噤んでしまう。それを見て釜谷先生は楽しそうに笑った後、表情を戻して話を続ける。


「まっ、そんなことは置いといて、立花ちゃんの問題点については今言った通りだけど、如月ちゃんも似たようなものなのよね」


 釜谷先生はそう口にしながら顔に手を当てて、困った様子で首を左右に振った。僕がそうした先生の動作に首を傾げると、釜谷先生は苦笑いを浮かべる。


「立花ちゃんの場合は人の輪に入れないことが問題だけど、あの子の場合は人の輪に入ろうとしないからねぇ。そこが厄介なところなのよ」


「まぁ……それは、確かにそうですね」


 僕は釜谷先生の言葉に同意を示す。如月さんが僕以外の誰かと喋っているところをほとんど見たことがないし、それどころか如月さんは休み時間になるといつも一人で本を読んでいる。


 そして、放課後になるとすぐに教室を出て行ってしまうのだ。だから、如月さんに友達と呼べるような相手はいないと思う。もしかしたら僕が知らないだけで、如月さんにも仲の良い友人がいるのかもしれないが、少なくとも僕には分からない。


 そんなことを考えていると、釜谷先生は真剣な表情になって僕に問い掛けてきた。


「アタシとしてはね、本当に心配なのよ。あんたたちがろくに社会的適応も出来ないまま大人になってしまうんじゃないかって。だからこそ、アタシがこうやって話を聞いて、問題になりそうな兆候があったら事前に対処しようとしているわけ」


「はぁ……」


 先生の言葉を聞いて僕は曖昧に頷くことしかできなかった。というのも、僕も如月さんもまだ高校二年生になったばかりだから、そこまで心配することはないんじゃないかなと思ったからだ。でも、先生はそう考えていないらしい。


「でもね、そうやって対策をしてもどうにもならないことだってあるのよ。人間関係というのは」


「えっ、そうなんですか?」


 僕は驚いて聞き返してしまった。


「そうよ。人間関係ってのはね、授業の問題みたいに決まった答えがあるわけじゃないの。人によって捉え方が違うし、感情によって揺れ動くから、その時その時の状況によっていくらでも変化するものなのよ」


「なるほど……」


「まさに複雑怪奇と言っていいわね。アタシからすれば別に学校の勉強が出来なくたって、こうした人との交わりを学ぶことの方が大事だと思うわ。勉強ばかり出来て成績優秀だったとしても、ろくな将来を歩まなかった生徒だって何人も見てきたからね」


 そう語る釜谷先生の表情は少し寂しげであった。恐らく、過去に何かあったのだろう。僕はそのことについて聞こうかとも思ったが、何となく踏み込めない雰囲気だったので止めておいた。




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