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彼女からの意外な発言と、二人きりでの静かな会話。



 そうしてしばらくの間、僕も如月さんは二人で静かに空を見上げていたけど、不意に彼女がその視線を下げた。


 どこを見ているのだろうと、僕も同じ方向に視線を向けると、彼女の視線の先には校門が見えた。


 つい先程までは学校から帰宅する生徒で溢れかえっていたが、今はその姿は見えない。


 きっと部活動のある生徒や用事があって帰れない生徒たち以外は、既に帰路についているのだろう。


 如月さんはそれを確認すると、フェンスに立て掛けていた自分の鞄を手に取って身体を屋上の出入り口の扉の方へと向けた。


「如月さん、帰るの?」


「うん」


 僕が尋ねると、彼女は短くそう答えた。どうやら、今日の彼女と入れる時間はこれで終わりらしい。


 僕は名残惜しさを感じながらも、「そっか」と短い返事をした。すると彼女はスタスタと扉に向かって歩き出した。


 そして扉のドアノブに手を掛けようとしたところで、ピタリと動きを止め、こちらを振り向いた。


「……」


「……?」


 如月さんは振り向いて僕のことを見つめたまま、何も言わずにジッと立っていた。


 どうかしたのだろうかと僕は思い、そのまま如月さんの動向を見守っていると、しばらくしたところで彼女が首を傾げながら僕に尋ねてきた。


「ねぇ、帰らないの?」


「え?」


「だから、まだ帰らないの?」


 如月さんは僕の目をジッと見つめながら、もう一度同じ質問を繰り返した。


「いや、帰るけど……」


 そんな如月さんに、僕は戸惑いながらもそう答える。けど、帰るのは如月さんよりも遅くして、タイミングをずらして帰ろうとは思っていた。


 だからこそ、如月さんがこの屋上から出ていくのを待っていたのだけど、彼女は僕を見たまま一向に動こうとしなかった。


「……」


「……あの、如月さん?」


「何?」


「えっと、その……どうしたの?」


「別に」


「え。あ、そう……」


 僕は何が何だか分からないまま、とりあえずそう答える。そしてそのまま沈黙が訪れた。


 えっと、これ、どういう状況なんだろう……? 僕は困惑しながら、目の前にいる如月さんのことを見る。相変わらず彼女は無表情で、何を考えているのかよく分からない。


 しかし、そんなことを考えていると、不意に如月さんが口を開いた。


「ねぇ。早くして」


「……え?」


 僕は一瞬、何を言われたのか理解できず、間抜けな声を出してしまった。そんな僕を見て、如月さんは無表情のまま、首を傾げた。


「帰るんでしょ? だったら、一緒に帰ろ?」


「え、あ、うん……って、えぇ!?」


 僕は如月さんの言葉を理解した瞬間、思わず大きな声を上げてしまった。まさか、彼女の方からそんなことを言ってくるとは夢にも思っていなかったからだ。


「な、何で!? どうして!?」


「ダメなの?」


「だ、ダメじゃないけど……その、いいの?」


「いいから言ってる」


 そう言うと如月さんはドアノブに手を掛けて扉を開けた。そして僕を見つめながら待っている。どうやら本当にこのまま一緒に帰るつもりらしい。いや、何でこんなことになったんだ……?


 如月さんの行動の意図が全く理解出来ない僕は混乱したまま、とにかく彼女に付いていくことにした。ここで一人で悩んでいても仕方がないと思ったのだ。そして僕は急いで自分の荷物を持つと、如月さんの後を追って、屋上から出て行った。


 それから二人で階段を下りていった後、僕は如月さんと肩を並べて廊下を歩いていく。僕たちの間に会話はなく、ただ黙々と歩みを進めていた。


 チラリと横目で如月さんの様子を確認する。彼女はいつも通りの無表情を浮かべたまま、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。彼女は今の状況を一体、どう思っているのか。


 やっぱり、どういうつもりで僕と帰っているのかがさっぱり分からない。一体、彼女は何を考えているのだろうか。……まぁ、彼女の考えることが分からないのは、今に始まったことじゃないけどさ。


 そんなことを考えながら歩いていると、昇降口へと辿り着いた。僕と如月さんはそこで上履きから靴に履き替えて校舎を出た。そして、無言のまま、学校の敷地内を出て帰り道を歩き始めた。


 しかし、お互いに無言の時間が続くばかりで、何も話が始まらない。如月さんはただただ歩き続けるだけで、僕は会話を挟もうとするも、出来ずに戸惑っているばかり。


 それでも僕は何とか話題を切り出そうと、頭の中で必死に考える。何か、何でもいい。話をしなければ。こんな女の子と、それも好きな人と二人で帰るだなんて、初めてのことなんだから。


 このまま無言で帰って終わるだなんて、そんな寂しい結果で終わらせたくない! そう思った僕は、思い切って彼女に話し掛けることにした。


「あ、あのさ!」


「ん」


 僕が声を掛けると、如月さんはこちらに顔を向けて短く返事をしてくれた。そんな彼女に対して、僕は慌てて言葉を続ける。


「き、今日は良い天気だねっ!」


「……曇ってるよ?」


「そうだったね!!」


 僕はそう叫ぶように返事をすると、ガックリと項垂れた。焦り過ぎて天気デッキが暴発してしまったようだ。違う! 会話カード『良い天気』が勝手にっ!


「変なの」


「うぐッ……!」


 如月さんから淡々とそう言われてしまい、僕の心にグサリと突き刺さる。確かに自分でも変だと思うけどさ……! いやでも、いきなり会話が弾むような話が出来るわけもないじゃないか! それに、そもそもの話、僕が如月さんにどんな話をして良いのかすら分からないんだから!!


「それで、どうしたの?」


 頭を抱える僕を他所に、如月さんは何事も無かったかのように僕に尋ねてくる。いや、彼女にとっては本当に何でもないことなのかもしれないけど……。


 僕は心の中で溜め息を吐くと、改めて如月さんの顔を見る。彼女はいつもと変わらない無表情だった。


「あ、いや……その、如月さんってさ、普段、どんなことしてるのかなぁって思って」


「どんなことって?」


「えっと、ほら、例えば……趣味とかさ」


「……本を読むこと」


 そう言って如月さんは自分の鞄を軽く持ち上げてみせた。その中に本が入っていることを伝えたいのだろうか。確かに、如月さんって休み時間になると必ず本を読んでいるからなぁ。……けど、何の本を読んでいるんだろう。ちょっと気になるかも。


「ちなみに……どんな本を読んだりしてるのかな?」


 僕は興味半分でそう尋ねた。すると、如月さんは鞄を開けて中からわざわざ本を取り出して見せてくれた。表紙にはネズミを乗せて飛ぶ鳥の絵が描かれている。今時のデフォルメされたイラストとかではなく、リアルタッチな絵で描かれていた。そしてタイトルには『冒険者たち』と書かれている。


「今はこれを読んでる」


「えっと……小説、でいいのかな?」


「小説」


「そ、そうなんだ……」


 僕はそう言ってから頭を掻いた。僕も読書はするけれど、そのほとんどがライトノベルとかそんなジャンルである。如月さんが読んでいるような小難しい内容のものは読まない。だから、この本が面白いのかどうか、僕には分からなかった。


「如月さんは、こういう本が……好きなの?」


「好き」


 僕の問い掛けに、如月さんはハッキリと答えた。その表情はいつもと変わらない無感情なものだったが、心なしかいつもより嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「……面白かったり、する?」


「面白い……というよりも、素敵な作品。優しい物語」


「そっか……如月さんがそう言うなら、きっとそうなんだろうね」


 僕はそう言うと、もう一度、如月さんが手に持っている本を見る。如月さんがここまで言うのだから、本当に良いお話なのだろう。


「僕もその……今度、読んでみようかな」


「オススメ」


 僕の言葉に如月さんはそう言って小さく頷いた。そしてまた無表情のまま、僕の顔を見つめてきた。僕はその視線を受けて、思わずドキッとしてしまう。


「お、教えてくれて、ありがとう……如月さん」


「うん」


 如月さんは頷くと、本を鞄にしまってから再び視線を前に向けた。どうやら、もう話は終わりのようだ。……もうちょっと、話していたかったんだけどなぁ。僕は残念に思いながらも、それ以上は何も言えずに口を閉じた。


 それからしばらくの間、僕と如月さんはまた無言のまま、帰り道を歩き続けた。その間、ずっと何を話せばいいのか考えていたのだが、結局、何も思い浮かばなかった。



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