公園を後にしてから少し経つけど、まだ如月さんとは別れることなく、一緒に歩き続けている。
「……」
「……」
僕達の間に会話はない。そもそもの話、如月さんから話し掛けてくることがまず無いので、必然的に僕が話を振らなければ会話は生まれない。
けど、何を話したものかと考えても、僕の会話における引き出しは多くない。
なので、僕が現状で気になっている疑問について、如月さんへ問い掛けることを決心して、彼女に向けて話を振った。
「あ、あのさ、如月さん」
「何?」
「えっとさ、その……如月さんってそういえばさ、どの辺りに住んでるの?」
僕は思い切って、彼女に質問をぶつけてみた。すると、如月さんは少し考える素振りを見せてから、ポツリと呟くように答える。
「私の家?」
「う、うん」
「……あっち」
そう言って彼女が指を差したのは、僕の家がある方向とは全く違う方角だった。
おそらくだけど、僕の家からだと相当な距離が離れている。だとすれば、もう間も無く如月さんとはお別れをすることになってしまう。
そのことについては寂しく思うけれども、仕方ないことだと割り切るしかなかった。
また、以前のように家まで送ろうかなんて提案だって今は出来ない。一度断られているからこそ、また同じ轍を踏むわけにもいかないからだ。
だからこそ、僕はいずれ来てしまうお別れの時間まで、少しでも彼女と話がしたいと思った。
「そ、そうなんだ。結構遠い感じなんだね……」
「うん」
「……」
「……」
しかし、僕が話題を振っても、彼女は短く答えるばかりで、会話はすぐに切れてしまう。そして、また僕も無言になる。結局、また沈黙が訪れてしまった。
僕が何か話すネタが無いものかと悩んでいると、ふと思い出したことがあった。
それは今朝にあった話。ホームルームで釜谷先生が伝えたはずだったのを、僕が全く聞いていなかった内容について。
これに関しては如月さんも決して無関係ではないから、話題としてはちょうどいいだろう。
……というよりも、真っ先に思い付いて話していてもおかしくはない話題なんだけど、何でこれが出てこなかったんだろう。
僕は自分の記憶力のなさを嘆きつつ、如月さんに話し掛けた。
「あ、そう言えばさ、如月さん。今朝の……ホームルームでの話、覚えてる?」
「……?」
如月さんは僕の言葉を聞いて、首を傾げて見せた。僕はそんな如月さんに向けて言葉を続ける。
「ほら、朝に先生が言っていたやつだよ」
「……ああ、あれ」
如月さんはようやく理解したのか、コクリと頷いてみせた。僕はそんな彼女の様子にホッと胸を撫で下ろしつつ、言葉を続けた。
「今度、校外学習があるみたいだからさ、それで班決めをするって話」
「うん」
如月さんは小さく頷きながら、相槌を打ってくれた。僕はそれに安堵しつつ、話を続ける。
「四人で一組を作るって話だったけど……如月さんはどうするとか、考えていたりする?」
「……」
僕の質問に、如月さんは考え込むような仕草を見せた。しかし、すぐに結論が出たらしく、彼女は僕に向かって口を開いた。
「別に……興味無い」
「……そっか」
「そもそも、行きたくない。休みたい」
如月さんの心底嫌そうな顔をしながらの返答に、僕は苦笑しながらも納得した。彼女の性格を考えれば、何となく予想出来た答えだったからだ。
とは言えせっかくの機会だし、出来れば参加して欲しいとは思う。何故なら、せっかくの高校生活なのだし、思い出作りくらいはしたっていいだろう。
それに学校行事である以上はよほどの理由が無い限りは強制参加だろうし、何より僕らのクラスの担任はあの釜谷先生だ。多分、どんな手を使ってでも全員参加をさせようと奔走すると予想される。
そうなれば、如月さんも参加しなければいけないのは明白な事実。僕はどうにかして彼女を説得出来ないかと考えてみる。
「まぁ、でも……せっかくの機会なんだし、行ってみてもいいんじゃないかなって思うんだ? それに、もしかしたら楽しいことがあるかもしれないから……」
「ない」
僕の言葉に、如月さんは即答する。取り付く島もないというのはこういうことを言うのだろう。僕は苦笑しつつも、さらに食い下がる。
「い、いや、そんなことは無いと思うよ。それに、意外と行った先で良い出会いがあったり、良い経験が出来たりするかもだよ?」
「ない」
「そ、そんなこと言わずに、参加してみようよ。ね?」
「嫌」
「……」
僕の言葉に対して、如月さんはただ一言だけ呟いた。僕はそんな彼女の様子に、どうしたものかと頭を悩ませる。
ふと如月さんに視線を向ければ、彼女は不機嫌そうな表情をしていた。マズい。このままだと、またこの間の休みの日みたく、気まずい感じで別れることになってしまう。
それは避けたいところだったので、僕は必死に思考を働かせて、何とか如月さんを納得させる方法を考える。けど、何も思いつかない。口下手な僕では、彼女という鉄壁の牙城を崩すことは難しそうだった。
そんなことを考えている間にも、時間は過ぎていく。このままではいけない。僕はそう判断して、咄嗟に如月さんへと向き直った。
「ぼ、僕は、その……! き、如月さんと同じ班で行動したいなって思っているんだ!」
勢いに任せて言ってしまったが、今更後には引けなかった。このまま勢いで押し通すしかない。
「だから、えっと……参加して、僕と、同じ班になって、欲しいかなって……」
言ってしまってから、僕は自分がとんでもないことを口にしてしまったことに気付いた。そして同時に後悔の念に駆られる。いくら何でもこれはないだろう。
如月さんもいきなりこんなことを言われて、はいそうですかと言えるわけがない。むしろ、ドン引きされるに決まっているじゃないか。どうしてあんなことを言ってしまったのかと、自分の迂闊さに頭を抱えたくなる。
いや、それ以前にこんなこと言われたところで、最初から参加に否定的な如月さんからすれば、迷惑以外の何物でもないんじゃないか? そう思うと、途端に不安になってきた。
僕は恐る恐るで如月さんの様子を窺う。するとそこには……無表情で自分の前髪をいじっている彼女の姿があった。どうやら怒ってはいないらしい。良かった。ひとまず安心出来たことに胸を撫で下ろす。
しかし、だからと言って先程の発言が許された訳ではないはずだ。その証拠に、如月さんからは何の反応も無いのだから。
僕は意を決して、もう一度彼女に話し掛けることにした。
「……如月さん?」
「……何?」
僕の呼び掛けに、如月さんはいつも通りの口調で答えた。相変わらずの素っ気無さだけど、今はその方がありがたいと思った。
「その……さっきの話なんだけど……」
「……」
僕がおずおずと話し掛けると、如月さんは無言で頷いた。僕はその反応を見て、内心でホッと息を吐く。とりあえずは話を聞いてくれるようだ。僕は一呼吸置くと、そのまま言葉を続ける。
「それで、どうかな……?」
僕はそう言いながら、チラリと如月さんの様子を盗み見る。彼女は先程と同じように、前髪をいじりながら、無言のままでいた。
やっぱり駄目なのだろうか。そう思いながら、僕は如月さんが口を開くのを待つ。そして、しばらくすると、彼女はポツリと呟くように口を開いた。
「……考えとく」
如月さんの口から発せられた言葉は、肯定とも否定とも取れないものだった。そして彼女は僕を置いて先へ進み出した。僕はその言葉に、少しだけホッとした。
しかし、まだ油断は禁物だ。彼女が本当に参加してくれるとは限らないのだ。僕はそれを肝に銘じつつ、彼女を少し後ろを歩いていく。
すると、突然如月さんは立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。僕は何事かと思い、その場で立ち止まる。
「如月さん?」
「私、こっち」
如月さんはそう言うと、曲がり角を指差した。どうやら彼女とここでお別れのようだ。
「あ、そうなんだ。じゃあ、またね」
「うん、また」
僕はそう言って手を振りながら、如月さんと別れた。僕は如月さんの背中が見えなくなるまで見送った後、再び自分の家に向かって歩き出す。
それにしても……まさか如月さんと一緒に帰ることになるなんて思わなかったな。しかも、途中で一緒に買い食いまでしてしまった。
「何だか、夢みたいだな」
僕はそう呟きながら、小さく笑った。今まで女の子と二人で歩いたり、帰ることなんて無かっただけに、未だに現実感が湧いてこない。
きっと、この日の思い出は一生忘れることは無いだろう。そんなことを考えながら、僕はゆっくりと自宅への帰路についたのだった。