「そうですか……ありがとうございます……」
僕はお礼を言ってから、その場を離れようとした。しかし、その前に僕はふと疑問に思ったことを尋ねた。
「あ、あの……そういえば、どうして、ここに?」
「あん? 別に、俺がどこにいようが勝手だろ」
「まあ、そうですけど……」
「それより、さっさと降りろよ。そんな状態のままでいたら危ねえだろうが。落ちて怪我しても、知らねえぞ」
「あっ、はい、分かりました……」
僕はそう返事をしてから、梯子を下りる。そして降りたところで僕は給水塔を見上げた。
「あの人、如月さんの知り合いなのかな……」
名前も知っていたし、この場所で良く会っていたのだろうか。彼の口ぶりからして、普通の知り合い程度には感じられたけど、どこまでの関係なのかは分からない。
けど、如月さんの性格からして、おそらくはそこまでの関わり合いは無いと思われる。だって、彼女は人付き合いを嫌うから。彼のような厳ついタイプは、如月さんからすればよりそぐわないと思われたから。
僕はそう思いながら、別の場所へ移動しようと考えた。そして移動しようと、そのまま屋上から出ようとして―――
「おい」
扉のドアノブに手を掛けたところで、上から声を掛けられた。見上げるとそこには、給水塔の上で寝ているはずの赤髪の男子の姿があった。
「え、えっと……何でしょうか……?」
僕は少し困惑しながら、そう尋ねる。すると、赤髪の男子生徒は髪を掻きながら面倒くさそうに言った。
「あー……お前さ。如月を探してんだろ?」
「えっ、あ、はい」
「だったらよ。場所が分からないなら、携帯で連絡すりゃいいんじゃねえのか?」
「あっ……」
「連絡先、知らねえ訳じゃねえんだろ?」
言われてみて、確かにその通りだと思った。僕は彼の言葉に従って、自分のスマホを取り出すと、如月さんにどこにいるのかというメッセージを送る。
そして送信をした後にスマホをしまい、ホッと一息を吐く。それから、また僕は視線を彼に戻した。
「確かに、その……あなたの言う通りでした。全然、気が付かなかったです」
「ま、そういうことだ」
「すみません、ありがとうございます」
そう言ってから、僕は彼に向けて頭を下げた。すると、彼は僕から視線を逸らして横を向いた。
「止めろ、鬱陶しい。別に……大した事じゃねえよ」
「いえ、そんなことは……」
「つかよ、お前彼氏だったら、彼女の手綱ぐらいちゃんと握っておけよな。何でこんな学校の中ですれ違ってるんだよ」
「え? あ、あの、何でそれを……?」
突然の言葉に、僕は思わず聞き返してしまう。何で彼が僕と如月さんとの関係について口にしてくるのだろうと思ったのだ。すると、彼は怪訝そう表情を浮かべて、僕を見た。
「はあ? これでも一応、同じクラスなんだからよ。知らない訳が無いだろうが。あれだけ話題になってんだから、気付かない方が無理があるぜ」
「へ?」
「は?」
僕は間の抜けた声を漏らし、赤髪の不良少年は怪訝そうに眉を寄せて僕を睨んできた。
「あ、あの……今、なんと?」
「だから、同じクラスだって言ったんだよ。耳が悪いのか?」
僕は彼の言葉に衝撃を受けた。確かにどこかで見たことがあるような……なんて思ったけど、まさか同じクラスの生徒だったとは思いもしなかったからだ。
「えっと……そうだったんですか……?」
「ああ、そうだよ。というか、気付いていなかったのか?」
「は、はい……全く気付きませんでした……ごめんなさい……」
僕は素直に頭を下げて謝った。そして彼は心底呆れたような顔をして僕を見ていた。
「……お前、変なやつだな。一月も同じクラスにいて、相手の顔が分からなかったのかよ」
「す、すいません……」
僕は謝りながら頭を下げる。すると彼は大きな溜め息を吐いた。
「はぁ……もういいっての。頭上げろや」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
僕は恐る恐る顔を上げて、彼を見る。すると彼はもう興味を失ったかのように欠伸をしていた。
「ったく……まあいいや。じゃあ、俺は寝るからな。お前もさっさと彼女のとこ行ってやれ」
「あ、はい……ありがとうございました……」
僕はもう一度お礼を言うと、彼は手をひらひらさせて、早く行けというような仕草をした。僕はそれを見て、会釈をしてからその場を後にした。
足早に階段を下りていき、踊り場に辿り着いたところで僕はふと立ち止まる。
「そういえば、名前を聞くの忘れてたなぁ……」
今更になって、彼の名前を聞いていないことに気が付いた。まぁ、でも如月さんの方が優先すべきことなので、僕はすぐに思考を切り替えて、急いで階段を降りていった。
******
階段を下りて昇降口に辿り着いた僕は、上履きから靴に履き替えると校舎を飛び出し、そして外に出た。
そして向かう先はあの場所だ。僕と如月さんとの関係が始まったあの場所、校舎裏の非常階段である。
屋上を出た後に如月さんから返信があり、『今は校舎裏にいる』と書いてあったので、僕は駆け出すようにそこに向かっていく。
そして校舎裏に僕が到着すると、すぐに如月さんの姿を視界に捉えた。彼女は非常階段の階段部分に腰掛けて、膝を抱えて顔を伏せていた。僕はそんな彼女の元に駆け寄ると、声を掛けた。
「如月さん」
「ん……」
僕が如月さんに声を掛けると、彼女はそれに反応をして伏せていた顔をゆっくりと上げた。その顔は相変わらず無表情だったが、少し気怠げな様子に見えた。
「如月さん、大丈夫?」
「……うん」
小さく頷いてから答える彼女。その表情からは疲れが見て取れた。僕は彼女に近付き、隣に腰掛ける。
「どうしたの、何かあった?」
僕が尋ねると、彼女は首を横に振る。
「別に、何も無い」
「……そっか」
「ええ」
僕は彼女の返答を聞いて、とりあえず安心する。何があったのか心配だったけど、本当に何もないのなら良かった。
「くしゅんっ」
すると、如月さんは小さくくしゃみをした。
「……風邪でも引いた?」
「違う」
「もしかして、誰かに噂されてるとか?」
「多分、無い」
「そ、そう……」
如月さんの淡々とした返事を受けて、僕はそれ以上追及することを止めた。本人がそう言うのであれば、きっとそうなのだろう。
しかし、そうなると……どうして彼女はこんなに疲れているのだろうか。授業中や昨日に帰ってから何かがあったのか。僕はそれが気になった。
「如月さん、今日は何か嫌なことでもあったの?」
「別に、いつも通り」
「そう……それならいいんだけど」
「ただ、疲れただけ」
彼女は短くそれだけ言った。その言葉に嘘はないように思えた。そしてどうも今日の彼女はあまり話したがらないような雰囲気だったので、僕はそこで話を切り上げることにした。
「……分かったよ。でも、あんまり無理しないでね」
「うん」
彼女は頷いたが、やはり表情は変わらず無表情のままだった。僕はそんな彼女を見て、少し苦笑をする。